第16話 松下さんてカッコいい
「……松下さんってカッコいいよね」
!?
ガシャガシャーーン!
「す、すいません」
思わず片付けようとしていたフライパンを落としてしまった。
驚いたのは、もちろん、職場仲間のミディアムヘア美人、新内さんが言い放ったトンデモ発言だ。21歳の彼女はとても綺麗なお姉さんで、とても優しくて、なんだかもう最高のお姉さんなのだ。
そんな最高お姉さんから聞こえた幻聴。
「す、すいません。よく、聞こえませんでした」
そんなはずはない。そんなはずはないのだ。こんな綺麗なお姉さんが、そんな、はずは、ない。そん、なは、ずは、ない。ソンナハズハナイ。
「松下さんって、カッコイイよね」
「……ええ?」
幻聴ではない。
どうやら、幻聴ではなかったようだ。
「今度PS6発売されるんですってね。お客さん喜んでましたよ。確かに、パナソニックカッコいいですよね」
「……松下電機のことじゃないよ?」
「……」
ええ……違うの?
「……サトちゃんはそう思わない?」
「えっと……パッと出た印象だと、ちょっと私は違うイメージだったもんですから」
「どんな?」
「えっ……と……」
おっさん。
今は、それしか思い浮かばない。普段、おっさんのことを語り出したら止まらない。ノンストップオブおっさんだから。
「……」
しかし、そんなことは言えない。人の好みは、人それぞれで、誰しもが同じ価値観ではない。そんな私だって、決して松下さんがカッコよくないと言っているわけではない。
ルックスでいえば、そんなに悪い顔でもない。確かに、見る人が見れば、イケメンだと言う人もいるのかもしれない。
ただ、存在としては圧倒的にカッコ悪い。
「……優しいです」
絞り出した。麦一番搾り並みに、絞り出した。牛の乳搾りばりに、絞り出した。雑巾絞りのごとく、絞り出した。
「そうよね……カッコよくて、優しいのよね」
!?
「そ、そうですか」
誰だそいつは。いったい、誰なんだそのカッコいい、優しい男は。
「そう思わない?」
「……私は、ちょっとだけ別の印象を受けるようなー、気がしないでもー」
「どんな?」
「おっ……」
「お?」
い、言えない。
おっさんだなんて、とてもじゃないが。
「おっ……落ち着きます。松下さんって、なんか、いたら安心します」
それは、とっさに出た苦し紛れだが、言ってみて一番しっくりきた。
「そう。カッコよくて、優しくて、落ち着くのよね」
「……」
誰だその完璧超人は。
私が松下さんに思い描くことは、少しだけ違う。あの人は、カッコつけない。だいたいが本音で、ちょっとだけカッコつけて、それがちょっとカッコ悪い。優しくもない。だいたいが、不親切でぶっきらぼうで、ほんの少しだけ優しい。
ずっと一緒にいたいと言うよりは、気がつけば側にいてくれて、たまにまだ帰らないんだって思うこともあって、それでも一緒にいてくれる人。
……あれ? 私。
「サトちゃん?」
「新内さんは、松下さんのことが好きなんですか?」
「え、ええっ。そ、そんな好きなんてないわよ」
「ですよね」
そりゃそうだ。そんなはずはないんだ。松下さんは、おっさんで。おっさんの中のおっさんで。キングオブおっさんで。おっさんジャパンだ……そして、私のおっさんだ。
「まだ、そこまでの気持ちはなくて、なーんかいいなぁって言うか、もうちょっと仲良くなれたらなって言うか……」
「……」
それって、もう好きじゃん。
「……サトちゃん?」
「あっ、ごめんなさい。そうなんですね。松下さんそれ聞いたら喜ぶんじゃないですか?」
「言わないで!」
「えっ……そりゃ言いませんけど、言わないんですか?」
正直、言えば、もうイチコロだと思う。イチコロどころか、もうゴジュッコロぐらいしちゃいそうな気がする。
「……なんか、その……自信がないって言うか、イマイチ勇気が出ないって言うか」
「……」
人って不思議だ。こんなに綺麗で優しいお姉さんが、凄く奥手だったりする。そして、特別カッコよくない、優しくもない、無駄に落ち着きだけのあるおっさんを片想いだったりするのだから。
「でも、私はちょっとだけ嬉しいの。松下さんのよさをわかってくれる人って、今までいなかったから」
「……はい」
そう言われて、松下さんと言う人をもう一度思い浮かべてみる。私は少しだけ違う気がする。あの人がいい人だからとか、性格が悪いからとか、そう言うことじゃない。いや、ちょっとだけ性格は悪いようには感じるんだけど、そうじゃない。
松下さんは私の曲を聴いてくれて、私の側にいてくれて、私と一緒の道を歩いてくれた。不平不満を言いながら、ブツブツと文句を言いながら、たまに真面目なことを言いながら。
カッコいいからじゃなくて、優しいからじゃない。ましてや、落ち着くからでもない。きっと、松下さんが松下さんだから。私は私のままで、彼の前でいられる。
だから……
「サトちゃん、このことは内緒」
新内さんは、相変わらず綺麗な顔で、細い指を優しい唇に当てて。
「……はい」
私は、ほんの少しだけ、気持ちを内緒にした。
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