第14話 仕事
「もういいです!」
プチっ。
実際にはそんな音は聞こえてはいないが、そんな音が聞こえそうなほどの勢いを感じた。
「……う゛ーーっ!」
唸っている。
入社2年目の女子社員、桐谷さんが唸っている。
「……」
本来ならば、『どうした?』なんて聞いて慰めてあげたいような気もするが、そういうキャラじゃない。
だから、時計の針を見て、11時も回った時点で、今日は食堂でサラダだけにしようか、それともラーメンだけは食べようかを考える。塩ラーメンなら、見送り……台湾ラーメンなら食べようか。でも、今日は『定時の日』だから帰りにカツ丼を食べるとしてーー
「松下さーん、聞いてくださいよ」
「……はい」
決して、『どうした?』なんて自発的に聞くキャラではないが、受動的に相談をされるタイプではある。
「加藤係長が聞いてないって! 私、あれだけ電話で話したし、説明したし、メールでも言ったんですけど」
「そ、そうなんだ」
そのとき、電話が鳴った。
「はい、生産管理部ですが」
「俺だけど! あの女、いったいなんなんだよ! 頭おかしいんじゃねぇのか!?」
加藤係長だ。
「ま、まぁまぁ」
「ちょっと、お前後で来いよ!」
「えっ……お、俺ですか?」
「他に誰がいる!?」
プチっ。
実際にはそんな音は聞こえてはいないが、そんな音が聞こえそうなほどの勢いを感じた。
「か、加藤係長でした?」
「……いや、違うよ」
とりあえず、嘘をついておく。
「私、言ったんですよ。ちゃんと言ったんです。メールもちゃんと送りましたし」
「……そうなんだ」
加藤係長は割と聞いてるようで聞いてなくて、なんならしらばっくれるタイプの人だ。一方で、桐谷さんは顔面は可愛いが、性格はキツめ。なかなかの空回りキャラとして、現場サイドの評判はいまいち。
「なんで自分勝手なんですか! 私、ちゃんと言ったのに!」
「まあ、一回落ち着いて」
「これが落ち着いてられますか!?」
「ご……まぁまぁ」
入社2年目のほぼ新人女子社員に思わず『ごめんなさい』と謝ってしまいそうになるのを、必死に堪える。
指導するとするなら、自分の正しさを押し付けがちなんじゃないかとは思うが、そもそもそれが正解かわからないのでなだめるに止める。
「はぁ……松下さんて、本当に落ち着いてますよね?」
「そんなことないよ」
「……それに比べて、私ってダメだ。いつも怒って、怒らせて」
ひとしきり落ち着いたのか、頭を抱えて落ち込み始める桐谷さん。
「まぁ、元気だしなよ。正直、タイプが違うだけで、やってることはそんなに変わらないんだから」
「……はい」
実際、2年目ではかなり気合を入れて頑張っている子だと思う。女性社員にはあまりいないタイプだから、現場サイドは戸惑ってるだろうけど。
「ちょっと現場行ってきます」
そう言って、事務所を出て、工場サイドへ行く。そこで案の定、休憩所でイライラしている加藤係長を発見した。
「なんなの!? あの女マジで生意気なんだけど」
「はは……」
「ねぇ、どんな教育してんの!? お前とか、中原GLとかどんな教育を施しているの!?」
「……のびのびとさせてます」
「ふざけんじゃねぇよ!」
かなりの大声で怒鳴る加藤係長だが、そろそろボルテージも最高潮だ。
「ほんと生意気だわ! 目上に対してのリスペクトがないわ! ほんと、マジであいつないわ!」
「でも、加藤係長に感謝してましたけどね」
「……えっ?」
「いや、この前の追加依頼。なんだかんだ引き受けてくれたって。私のミスなのに、現場説得してくれてやってくれたって」
「……」
「まぁ、空回ってるとこもありますけど、それだけ真面目ってことなんじゃないですかね。俺みたいな適当なやつよりも、加藤係長のが頑固だけど、まっすぐでカッコイイって」
言ってませんけど。
「……ま、まぁアイツに評価されたところで嬉しくもなんともないけど」
「桐谷さんも頭に血が上りやすいから。自分がやったことに対しては想いが強いんでしょうね。実際、メールも送ってるらしいし」
「えっ、メール?」
やっぱり、伝わってなかったか。現場サイドは結構メールをスルーする。
「ほら、これですよ。見てないですか?」
そう言ってノートパソコン開いてメールを見せる。
「……め、メールだけじゃダメだろ!」
「まぁ、キチンと伝えなきゃ意味ないでしょうけど。電話では伝えられてなかったってことですよね?」
とさりげなく『電話でも言われてたんだろ?』と言うなをアピール。
「あ、当たり前だ」
この辺が落とし所かな。
「許してあげてくださいよ。加藤係長だって、新人のときはカナリやんちゃだったって聞いてますよ?」
「ま、まぁな」
「じゃあ、俺そろそろ行きますんで。あっ、この追加お願いしますね」
とさりげなく自分の用件も置いてきて、喫煙所を出てきた。
事務所に戻ると、血相を変えて桐谷さんが近づいてきた。
「ま、松下さん。さっき、加藤係長から電話があって、『俺も悪いところがなくもなかった』って!」
「ああ、そう。桐谷さんも、ちょっと反省した方がいいかもしれんね」
落ち着いてくれば、少しは聞く耳も持てるってもんだ。
「……はい。すいません」
「いや、別に謝らなくていいけど」
「……松下さん、ありがとうございます」
「いや、別にお礼言わなくていいけど」
今日は、ストロング酎ハイが美味く飲めそうだ。
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