第13話 やりたいこと
会社での話。朝、8時にラジオ体操。朝礼で、1日の予定を同僚たちと確認。で、ルーティンワークに取りかかりながら、メールを見る。そんなことをやってたらトラブルの電話。
「はぁ」とため息をつきながら、立ち回りの調整業務。で、てんやわんや舞いながら、隣の上司に小言を言われながら昼休憩。夜のカツ丼を思い浮かべながら、サラダと納豆のみで過ごす。
午後になって、ルーティンワークをこなしながら、メールを見る。で、トラブルの電話。適当に躱そうとして直撃して、結果てんやわんや。『現状の問題だけを解決するだけじゃなく、改善をしろ』、なんて上司から言われながら、まぁまぁ頑張りながら定時になる。
で、ここはそれから2時間半後。駅前での話。
「不思議なもんだな……」
「なにがですか?」
とサトが言う。
「特に会社には感謝もしておらず、上司のためにはどちらかと言うと頑張りたくない。それでも、定時から2時間ほどは残業を頑張れてしまうんだな」
「……とりあえず、私の曲を聞いてくれるってことで、いいんですよね?」
戸惑いながらも、なんとかギターを弾こうとしてくる音楽少女。
「仕事はツラいぞ」
「は、はぁ……」
「いや、ツラくないのかもしれないな」
「どっちなんですか!?」
「10時間働いて、お前の曲をこれから聞くぐらいの余力があることに、今なんとなく『あんまりツラくないのかも』と思ってしまった」
「ひ、人の曲を苦痛みたいに……」
「だって、10時間だよ? 12時間以上やる時だってある。しかも、週5日。場合によっては6日かもしれない」
嫌だ嫌だ言っておいて、それだけの時間を過ごせる。別に好きでもない上司と、上司の上司と、同僚と。考えてみれば、会社の中で好きな奴なんていない。
「まずは、私の曲を聞いてもらってもいいですか?」
なんとか会話を取りやめてギターを弾きたいサトを阻止しながら、とにかく自分の言いたいことを差し込む。
「……やりたいことって、実はそんなに重要じゃないのかもしれないな」
「そうですか? 私は、やりたいことをずっとやってたいですけど」
「そりゃ、そういう奴もいるかもしれないけど、特殊だよ。だいたいは、夢ってやつをあきらめて生きていくんだから」
そうして世界は回っていく。子どものときに『夢を持て』と言われて、夢を持って、それをやり続ける人なんてほとんどいない。だいたいが他にやりたいことを見つけて、現実に叶うようなことで努力していく。俺から言わせると、それが『大人になる』ということなんだろう。
ちなみに、やりたいことをやらずに、大して頑張りもせずに仕事をこなしてしまえることは『おっさんになった』と言うことかもしれない。
「……夢をあきらめて生きていけるんですかね」
ぽつりと。ひとこと、信じられないようにサトがつぶやく。
「生きてけるんだよ、残念ながら」
そう答えながらも、もしかしたら、『こいつには無理かもしれないな』と思った。それは、きっと強いということではなく、弱いってことだ。
やりたいことをやらずに生活できるのは強いからだ。守るべきもの見つけ、自分の置かれてる環境の中で頑張り続けることができる。やりたいことをやるのでなく、やり続けられるように頑張っていく。
それは、自分にできなかったことだ。仕事がつらくて、やりたいことに逃げた。目の前にいるサトも同じだ。断言してもいい……夢を追うことでしか生きれない人は弱いし、悲しい。
こいつも、家庭環境なのか、自らそうしたのかはわからないが、夢というもののために自らを追い詰める。そんな生き方は全てを失うか、全てを得ることができるかのどちらかなのだろう。
「松下さんに夢ってあるんですか?」
「……ああ」
嘘をついてもよかった。実際、この歳になって夢があるなんて言ったことはない。家族にだって、親戚にだって、職場仲間にだって、友達にだって。唯一、岳だけは知っているがそれは高校のときからで、今の歳になってなにかを熱く語ったことはない。
それは、当たり前だ。この歳になって夢にすがって生きてるなんて。それを、そんな風に見透かされることなんて、もうそれは辛すぎた。
でも……なぜかこいつには嘘をつきたくなかった。
「そうなんですか」
「……お前には、いつか言うよ」
俺がこれ以上追えなくなったときに。お前がこれ以上歩けなくなったときに。
「応援します」
「いいよ」
「応援……させてくださいよ」
「……」
「一人はダメですよ。一人じゃ、もう寂しいじゃないですか」
「……お嬢さん、一曲頼むわ」
「はい」
そう頷いてサトはギターを弾きはじめる。
人は人それぞれで、いろんな生き方をしている。趣味に勤しんでいる人も、酒を楽しみに生きてる人も、愛する人のために日々を頑張る人もいる。
中には。やりたいことをやるために、立ち止まらないように誓って歩いてる人も。そんな、彼女に支えられて、なんとか進もうとしているおっさんだっている。
曲を聞きながら、『ああ、これは人生なんだな』って思った。
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