第10話 イタリア料理店


 入った店は、イタリア料理店だった。小洒落た内装で、結構賑わっている。アパートから駅までの道にあって、前々から存在は知ってたがこんなにお高いお店は入れるはずもなく。


 慣れた様子で、松下さんは進んで行きカウンターに座る。なんか、ちょっとだけ頼もしく見えるのは気のせいだろうか。


「松下さん、いらっしゃいませ。ご注文は?」


 綺麗なミィディアムカットの女性店員が、声をかけてメニューを開く。


「ランチ。この子のもね」


「えっ……お連れさんですか?」


「うん。まあね」


「……かしこまりました」


 女性店員は、ペコリとお辞儀をして去って行く。


「す、凄いですね」


「なにが?」


「こんな高そうなお店の常連さんなんですか?」


 実は、松下さんてお金持ちなのかしら。


「いや、さっき言ったじゃん。店長と知り合いなんだって……あっ、ほら。おーい、岳」


 そう言って声をかけたのは、いかにも出来るシェフっぽいシェフだった。


「松下、お前……なんかメチャクチャ若くて可愛い子連れて来たって聞いたけど」


「プライバシーの侵害甚だしいが、まぁお前の言いたいことはわかる。安心しろ、援助はしてるが交際はしてない」


「……俺が思うに、今の日本ではそれも駄目なんだと思うけど」


「いやいや。こいつが奢れって言ってきたんだから。仮に裁判になったら絶対に負けない自信がある」


「いや……お前は負けるよ。俺が裁判官だったら絶対にこの子を信じる」


「……おっさんに厳しい世の中になったもんだ」


 そんな手慣れた一連の会話が終わって、岳と呼ばれたダンディシェフは去って行った。


「松下さん、『知り合いの店』って本当だったんですね」


 こんなオシャレな店と松下さんが恐ろしいほどマッチしてなくて、お得意の意味不明な嘘かと思っていたが。


「……いいかい、お嬢ちゃん。おっさんにだって知り合いはいる。そして、残念ながらおっさんの知り合いはおっさんなんだ。どっちかと言うと、おっさんはおっさんと知り合いたくない。可愛い女の子と知り合いたい。そんな世の中の皮肉を体現した知り合いがあの男。既婚者であり、30歳過ぎでありながらイタリア料理店の店長。それが、塚崎岳」


「で、出た。松下さんのおっさんマニア」


「その用語を重ねるな! せめて、おっさん×マニアにしてくれ」


「だから、HUNTER×HUNTERにはなりませんて」


「うるせぇ」


「酷っ! 旗色が悪くなったらそれ言うのなんとかなりませんか!?」


「奢るんだから、俺を讃えろ。あんな、しがないシェフを褒めるんじゃなくて、俺をもっとヨイショしろ」


「嘘でもいいんですよね?」


「……今、その発言をしなかったらよかったけど、できれば嘘じゃない方がいい」


「じゃ、少しだけ考えさせてください」


「スッとだせよ」


 そんな不満を受け取りながら、松下さんのいいところを探す。


「……その淡いTシャツの色が好き」


「俺の分まで会計払わせるぞ」


「ジョーク! アメリカンジョークじゃないですかお客さーん!」


「アイムジャパニーズ!」


「……そんなに悪いおっさんではない」


「素直にカッコイイと言え」


「素直では出てきにくいワードの一位ではあります」


「……なんなんだお前は。褒めろと言っているのに、どちらかと言うと傷ついいるぞ」


「そんなこと言いながらも、実はあんまり怒ってないくらいには器量がある」


「結構マジでイライラしてるから、残念ながらそれは当てはまらないかもしれない」


「やっぱり、高級店だけあって料理出てくるの遅いですね」


「間を繋ぐんじゃない! 別に高級店ではないし、山手線ゲームくらいのノリで出すやつだぞ」


「自分のことをおっさんだと自称しているが、実は『おっさんではない』と心のどこかでは思っている」


「心理分析をしろと言ってない! 褒めろ讃えろと言っている」


「奢ってくれる!」


「今にも俺はお前に奢るのをやめようとしているよ」


「携帯電話をもってない理由を聞かない!」


「もっとなんかないのか!? 俺はまったく褒めることがない駄目人間なのか!?」


「でも、結構それは嬉しかったです」


「……ちょっと言ってる意味わかんない」


「わかんなかったっていいんです。私はそれで気持ちが軽くなったんです。だから……その……ありがとうございます」


「……」


「……」


「まあ、俺としてはお前の携帯電話の話はマジでどうでもよかった。『ふーん、変わってんな』くらいで。今も、別にそんなにもったいぶって言っているにもかかわらず、そんなに興味はない」


「……なくったっていいです」


「でも……この先、お前がそのことを話したくなったら。そのときには、話を聞くよ」


「……」


「そんだけ……」


「……ここ」


「ん?」


「もしかして従業員募集してます?」


「今の俺のいい話聞いてなかった!?」


「そんなことより、店長に言ってください! あの、ダンディシェフに言ってください! ここにいるよーって! 可愛い従業員がここにいるよーって!」


「どうでもいいけど、あんまり自分のことを可愛いとか言わない方がいいぞ。まあ、別に紹介するぐらいいいけど」


「松下さん……」


「なんだよ?」


「ありがとうございます」


「……どれだよ」


「全部」


「……」






















 松下さんは、どことなく照れた様子だった。

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