第11話 就職


 圧倒的な好条件が目の前にあって、目の前のおっさんのツテに、つい、飛びついてしまった。


 イタリア料理店『ローマの休日』のウェイターさん。今までのネジ選別も、黙々と作業できるという点で悪くはなかったが、ここの方が立地的にはいい。まかないも食べさせてもらえるかもしれない。


 いい。


 すごく、いい。


「あの、サトちゃん……って呼んでいいのかな?」


 ダンディおじさんであり、イタリア料理店の店長である岳さんが、即席で書いた履歴書を眺めている。


「はい! なんとでも呼んで頂いて結構です!」


「呼び捨てでいいよ。呼び捨てで」


「松下さん……シーッ」


 永遠に黙っててください。


「お、お前。俺の紹介のおかげでここに立っていると言う事実を抱えて生きていけよ」


 と私の口元にある人差し指を、バシッと弾いてくる、器がペットボトルのフタほどのおっさん。


「まぁ、松下の紹介という点では確実にマイナス査定ではあるけど、若くて可愛いし、圧倒的に採用したい気持ちではある」


「ほ、本当ですか!?」


 意外と再就職は難しいと思っていた。正直、中卒だから真面目とはみなされない。だから、世間に認められるには先生の推薦が必要だったりする。


「でも、珍しいね。一人暮らしで、携帯ももってないなんて。家に固定電話もないの?」


「……はい」


 やはり、ここでも携帯電話問題が浮上する。これぐらいの年齢で、しかも中卒でもってないなんて『嘘』だと思われても正直不思議なことではない。


 母親は携帯電話をもってたので、ずっとそれでことが済んでたのだが、固定電話もないとなると、そもそも身分証明も怪しくなってしまうのだろう。


「うーん……困ったな。やっぱり連絡取りたいときはあるし」


「……」


 やっぱり、少し難しそうだ。と言うより、指摘されていることは、これから同じように就活したとしても浮上してくる問題だ。


 中学生のときでさえ、学生手帳と言う『身分証明書』があっかたが、今はもうなにもない。こんなやり取りが、これから何回も続くかと思うと、かなり不安になってくる。


「あー、もう。古い携帯ならあげてもいい」


 その時、松下さんがそんなことを言い出した。


「……いや、気持ちはありがたいですけど、そもそも携帯会社と契約しないと」


「すればいいじゃんか」


「銀行口座、ないんですよ」


 母親の口座しかなかったから、今まで働いてたネジ工場では現金で受け取ってた。大家さんにも現金振り込みだったし、それでなんとか生きていけると思ってたけど。


「……」


 どうも、岳さんの顔色が曇り始めた。そりゃそうだ。口座もない、携帯もない、親もいない。そんな状態で、社会に出ようなんて。


「……別に、家まで近いんだからいいんじゃないか?」


 と、さりげなく助け舟を出してくれる松下さん。


「まぁ……な」


「ちょっと意味わかんないところあるけど、基本的には悪い子じゃないよ。なにより、おっさんに優しい」


「環境に優しいみたいに言うんじゃねぇよ」


「岳。世界はさ、環境問題なんかより、まず、おっさん問題に取り組んだ方がいい」


「……それ、外で独りで言っててもらってもいいかな。俺たち面接してるから」


「サト、世界はさ、環境問題なんかより、まず、おっさん問題に取り組んだ方がいい」


「あの、店長さんと私は全く同意見だったんで、外で独りで言っててもらってもいいですか?」


「世間は、おっさんに対して厳しすぎる。いや、厳しいだけだったらまだいい。おっさんに対して、悪意が過ぎる」


 私たちのお願いなど、頑として聞かずに、意味不明の話を始める、おっさん。


「そんなことないですよ。私みたいに若くても、就職しようと思ったら今みたいに大変なんですから」


「では、問題です。岳、二択だとして答えてくれ。一人は、身分がしっかりしてるおっさん。年齢は三十代半ば。リストラされて、次の就職先が決まるまでの繋ぎとして雇ってもらいたいおっさん」


「それ、ほぼお前の未来予想図じゃん」


 また、始まったと、苦笑いを浮かべるダンディおっさん。おそらく、これが松下さんの平常運転なんだろう。


「もう一人は、身分がいまいちしっかりしてなくて、携帯電話も持ってない。見た目は可愛いくて性格もまあ真面目ではありそう。目下、経済状況は逼迫してて、結構頑張って働いてくれそう。さぁ、選ぶならどっち」


「……後者」


「ふっ……ほらね。聞いたか、サト。結局は身分保証なんかなんの役にも立たないんだよ。同族のおっさんですら、選ぶのは可愛い女子なんだよ。彼は頑張ったよ。頑張って生きてきたよ。結果、リストラされたけど、女子よりも恐らくいろいろと経験しているよ。なのに、採用されるのは若い女子。これが、世間というやつなんだ。ひたすらに、おっさんが世間に通用しないという現実を証明しただけなんだよ」


「……」


「……おっさんの証明だよ」


「松下さん、頼むから外に出てってもらっていいですか?」


 そんな、私の指摘を無視して、遠い目をして外を眺めるおっさんマニア。


 そんなことは、完全に置いておいて。


「まぁ、採用だね」


 岳さんはニッコリと答えた。


「ほ、本当ですか!?」


「確かに松下の言う通り、おっさん雇うよりマシだし」


「……」
















 松下さんのおかげで(?)就職が決まった。

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