第7話 土曜日



 土曜日。サラリーマンのおっさんが一番嬉しい日。しかし、それはあくまで独身だからかもしれない。家族を持つものにとっては、『もしかしたらそうじゃないかも』なんて優越感に浸りながら、


「世の中で一番テンションが上がる日でしょうYO!」


           ・・・


「はぁ……」


 なんて、ラッパー的なことを口走ったとしても誰もツッコむことはない。それを、『自由』ととるのか『孤独』ととるかは微妙なところだ。しかし、かつて友達は言った。


『それ、微妙じゃなくて絶対的に孤独と取るべきだろ』と。


 朝、起きて歯を磨いて、うーっと背伸びしてコンビニおにぎりを食べる。


 で、朝からユーチューブ見ながら小説を書く。


 もう、10年になるだろうか。会社で働き始めて、『なんか違う』って思って。執筆がダラダラと続いている状態だ。


 基本的にテレビやラジオ、音楽なしでは書かない。実際にはない方がはかどると思うがどうにも集中力が続かない。そして、進まない小説をずっと書き続けるほどの苦痛は尋常じゃない。だから、テレビを見る。そして、全然進まない。自己嫌悪に陥る。明日から頑張ろうってなる。これぞ、猛烈な悪循環。


「……ふぅ」


 午前中も、特に進まずに終わってしまった。締め切りがあると言うのは案外ありがたいことだ。それは、どこかに求められていると言うことだから。誰にも求められてないのに、なにかをやり続けると言うのは結構つらい。


 ……あいつ、なにしてるかな?


 ふと、頭にサトが思い浮かんだ。さすがに、土曜日はリア充してるに違いないけど。どうせ、弾き語りなんて平日の夜なんかにしかやってなくて、休日には恋人とかとディズニーランドとかディズニーシーとか言ってるに違いないんだけど。


 まあ、どうでもいいけど。


「……っし、久々買い物でも行くか」


 と言っても、そもそも物欲も少なくなっている。服なんかもう長い間買ってないし、家電もだいたいは揃ってる。ゲームも、今はあんまりやらなくなったし。買うならLED電球と単四電池ぐらいなのかな。


 ユニクロで買った黒のチノパンに、味気ない淡い色の無地Tシャツを着て外に出る。昔は多少お洒落を気にしたりもしたが、今はそんな自分が思い出せないほど、なんにも気にしてない。


           ・・・


「あっ、松下さん」


「な、なんでここに?」


 もちろん、いつもの駅に行くような真似はしてない。たどり着いたのは、まあまあ都会の駅だ。


「土日は休みなんで、電車賃使ってここに来るんですよ。人がいっぱいいるんで」


「いや、毎日ここの方がいるだろ?」


「電車賃もったいないじゃないですか。往復で500円。毎日はキツイです。と言うわけで、お金ください」


「やらん!」


 なにが『と言うわけで』だ。


「せっかくだから、聞いてってください。この前、新曲作ったんですよ」


「……もう。俺、休日だぞ?」


 仕方なく、座る。相変わらず、周りには誰も立ち止まってない。


「いいじゃないですか。私だって休日なんだから」


「休日になんで同じことやってるんだよ?」


「ん? どゆことですか?」


「若者は、休日って言ったら友達とか恋人とかとディズニーランドとかディズニーシーとか行くだろ」


「……逆に聞きますけど、松下さんてそんなことしてました?」


「してない」


「なら、私も別にそんなことしませんよ」


「俺は部活やってたからな」


「へぇ。なにやってたんですか?」


「バドミントン」


「へぇ」


 相槌をうつが、特に掘り下げもなくそこで会話が終了し、サトはギターを弾き始める。それは、言ってみればいつもと同じ光景だった。


「……なあ」


「なんですか?」


「いつもここで、弾き語りしてるの?」


「まぁ、だいたいは。結局は、あんまり立ち止まってくれないんで、心が折れそうになるんですけど。その点では、今日松下さんが来てくれて嬉しかったです」


「……そうだよな。でも、偉いよ」


「ど、どうしたんですか? 松下さんが褒めてくれるなんて」


「……」


 やりたいことをやり続けるってことは実はすごく難しいんだと思う。特に才能があるかどうかもわからない世界に身を投じるのは、すごくもどかしい気持ちになる。


 今、サトにかけた言葉は本当は自分がかけて欲しかった言葉だ。『続ける』ということに意味はない。むしろ、『すがりついている』なんて世間からは思われることも多い。それでも、誰かにそのことを肯定してもらえるということは凄く心が軽くなる。


「松下さん?」


「いや、なんでもない」


 ここにいることで、この子の心が軽くなるのなら少しぐらいはいてもいい。それは、小説を書き続けいる自分がやって欲しかったことだったから。求められることで、少しでも前に進めるのなら自分はそれを求めてもいい。


「……やっぱり変な人ですね松下さんは。買い物はいいんですか?」


「いいんだよ。ただ、聴きながら携帯はイジるから」


「いつも通りじゃないですか」


「いつも通りがいいんだよ」


 今の時代、どこでも小説は書ける。少しでも前に進めるのなら、俺も休日に書き続ける。


「……なんだかよくわからないですけど、とりあえず弾きますね」


 そう口ずさむサトの歌を聴きながら。



















 心なしか快調に携帯で文字を打ち始めた。

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