第5話 恋ってなんですか?
歌詞を書いていると、いろいろと疑問が尽きない。そんなときに、あたりを見渡すと、なぜかいつも松下さんがいるので、それとなく質問をぶつけてしまう。
「恋ってなんだと思います?」
「キツっ!」
「な、なんですか!?」
「お前……その質問を30過ぎのおっさんに聞くか?」
「人生経験豊富だから、むしろおっさんに聞いて然るべきだと思いますけど」
「ふっ……『人生経験=年齢』ではないということだけは、若者に伝えたい」
「……それは、絶対に年長者から若者に伝えてはいけないことのように思いますけど」
主に、あなたの
「うーん……ちょっと考えさせてくれ」
「どうぞ」
「いや、考えることではないのかもしれないな」
「どっち!?」
数秒で完全に意見を翻すのをやめてもらえますか。
「……でも、恋っていったら女の子の主戦場的なところはあるけど、おっさんだって恋はするんだよ」
「まぁ、そうでしょうね」
「おっさんだって、恋、するんだよ」
「なんで二回言うんですか?」
どうでもいいけど、凄まじく気持ち悪かったですけど。
「……おっさんは可愛い曲、好きなんだよ。まあ、可愛い代表で言ったら、西野マナだけど、俺はかなり西野マナを聞いている。ほぼ、全曲口ずさんで歌える。帰り道ではかなり全力で熱唱している」
「へぇ……意外ですね」
「意外? じゃあ、君はこう言いたいわけだね。どの面下げて、おっさんが西野カナを聞いているのだと、そう言いたいわけだね?」
「……べ、別にそこまでは」
ス、スイッチ入ったー!
「おっさんだって、会いたくて会いたくて震える夜もある。これだけは覚えておけ。おっさんだって、取り扱い説明書を書いて欲しい」
「そ、そうですか」
深くは聞くまい。
「中学時代だったらYURI。こーいしちゃんたんだーおそらく、きづいちゃーてんのー♪」
「……」
別に歌わなくてもいいのに。
イメージが壊れるから。
「高校の頃なんて、海島あいの『未来への扉』。歌詞にトレースしてさ、占い見て好きな子の血液型調べてさ、二人の未来を重ねて見ちゃったりなんかして」
「……」
やばいやばいやばい。
なんか遠い目をし始めた。
「二人の未来を……重ねて見たりしてさ……」
「……」
だから、その遠い目をやめろ。
「当時、ハリーポッターが流行っててさ、で俺の好きだった子のあだ名が『ハリー』だったから、本を読みながらその子のことを考えてたりして」
「……へぇ」
なんか、この人のそんな感じなのは想像つかないな。
「その時は高校三年生で、受験勉強なんかそっちのけで友達に、その子について三千文字ぐらいの長文メール送ったりして」
「……ちなみに告白はしたんですか」
「いや、それがさ。そもそも彼氏がいてさ。告白する前にフラれたってやつかな」
「……」
な、なんでそんなに懐かしそうに……めっちゃ悲惨じゃないですか。
「……サト、恋、しろよ」
「……」
「恋はいいぞ?」
「……」
今の話に、一ミリもいいエピソードがなかったような気がしたんですけど。
「ちなみに恋したことあんのお前?」
「……いえ。そう言えば、ないですね」
「ええっ、お前28歳でしょ!? そんな、歳になって恋の一つもしたことないのか」
「そんな歳の訳ないでしょ。さりげなく、法律を恐れないでくださいよ。なんか……恋とかってちょっとだけ無縁だったんですよ」
「無縁て……その顔面で?」
「が、顔面て……」
「褒めてんだぞ」
「もうちょっと言いかた考えてくださいよ」
そんな風に不満を訴えながら、自分のこれまでを振り返る。なんにでも貧乏を理由にするのはよくないと思うけど、なんせ貧乏だったから。
確かに、成長は遅い方だったし、やっと背が伸びてきたときは中二くらいだった。その時には、ほとんどみんな携帯電話もってて、もってない唯一の生徒である私は、イジメられこそしなかったものの、親しい子もいなかったから。
「……まぁ、恋っていうのはしようと思ってするもんじゃないからな」
「そうなんですか?」
「……多分」
「なんですかそれは」
「結構……人を好きなことってわかんなかったりするんだよ。慣れない感情がなんだかわからなくて戸惑って、辛くて、手につかなくて」
「……」
「その子の仕草に一喜一憂して、笑ってたらずっと見てたくて、見れなかったら気分が沈んで。でさ、その時にはあんまり気づかないんだ」
「……」
「ああ、これが恋だったんだなって気づくのは終わったときなんだな……いつでも。『私、今恋してます!』って人はいるけど、俺はいつも終わってから気づくんだよな。それまでは必死で、それどころじゃないから」
「……」
「だから、恋はした方がいい」
「……」
「はい、終わり。おっさんの恋なんてもんはだいたいそんなもんだ。つまんない話だっただろ?」
「……素敵じゃないですか」
「はぁ? 必死で、情けなくて、キモくって、そんな要素なかっただろう」
「素敵です」
「……まあ、そう言うことにしておこうか。じゃあ一曲頼むよ、お嬢さん」
「はい」
この想いが届くように、松下さんにラブソングを歌った。
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