サトの物語
第3話 夜
いつも通り、駅前でギターを弾くが、ひくぐらい誰も止まらない。
ギターを弾きながら、ひいちゃっている私。
なんて、心の中で駄洒落ながら、3、4曲歌って、ノッてきて、更に1、2曲歌うが、誰一人として止まらない。
場としては、凄くしけている。猛烈にしけている。一刻も早く他の場所に移動したいところだが、ギターだから、さすがにきつい。そして電車賃もない。
おっ。
「おーい! 聞いてけー」
「……」
こちらが手を振っているにもかかわらず、黙ってガードレールに『ヨッコラセ』と腰を下ろしたのは、松下さん。そして、下の名は知らない。
「あいかわらず無愛想ですね」
「今日も会社で嫌なことがあった」
「そ、そうですか」
「……」
「じゃあ、私の歌聴いてくれます?」
「俺の会社の愚痴は聞いてくれないのに?」
「な、なんで私が」
「ふっ、小娘が。自分の歌は聴いて欲しいのに、俺の会社の愚痴を聞かないなんて矛盾してるだろう。世の中はギブアンドテイクでできているんだ。学びなさい、社会を」
「……」
「俺が社会だ」
なんとなくだけど。
嫌な社会になったものだなと、思った。
「じゃあ、聞きますけど」
「上司がウザい」
「……」
聞いて損をした。
「社会には、上司が多すぎるね。上司にはその上司がいて。その上司にも上司がいて。果てしない。果てしない、上司ゲームだよ」
「……酔っ払ってます?」
「安心しろ、俺はシラフだ」
「逆に猛烈心配になります」
その情緒が。
「そうかな?」
「ヤバっ!」
自覚症状がまったくない。
これがイッちゃってる大人というやつか。
「ちなみに、松下さん。その話は前にも、その前にも、その前の前の前にもしてます」
「……」
無視。都合が悪くなったら、無視。なかなかだ。この人、なかなかの人間性だ。ときどき……いや、かなり頻繁に、なんでこんな変な人と仲良くなったのか自問自答したくなるときがある。
もし、あの夜にあんな出会いをしなかったら、二人の人生はきっと交わることなんてなかったんだろう。そう考えると、すごく不思議な気持ちになる。
いや、これが人の縁だと言うことなのだろう。家族、仲間、友達、恋人。人づきあいはしょせん、相性なんかじゃないのだ。嫌いな人とも好きな人とも交わっていく。
運命……と呼ぶには、あまりにおっさんだけれども。
「あっ……」
「どうした?」
「喋らないでください」
今、ちょっと歌詞とメロディーが降りてきた。
「いつまで?」
「できればずっと」
「酷っ!」
そんな松下さんの不平をガン無視。アイデアと言うのは、しゃぼん玉のようなものだと、私は思う。いや、それ自体は間違っているのかもしれない。でも、誰もがそうなんだと思う。
・・・
「……よし」
気づいて。あたりを見渡すと、駅の明かりは消えていた。人の気配はもうなく、終電も過ぎた。いつの間にか、こんな時間になってしまった。
「……」
「うわっ、びっくりした!」
そこには、松下さんが座っていた。
「……」
「な、なんで幽霊みたいに黙ってるんですか?」
「お、お前が黙ってろって言ったから、黙ってたんだろうが!」
「えっ! ずっとですか!?」
「……ええええええっ。俺は今、信じられない言葉を聞いている。だって、お前が言ったんじゃん」
いや、言ったけど。
「でも、もう帰ったかと思ってました」
「なんか、夢中になってたから。危ないだろう、こんな時間に一人は」
「……もしかして、心配してくれたんですか?」
「明日が有給じゃなかったら、絶対に帰っていた。いや、明日が金曜日、土曜日、日曜日の3連休じゃなかったら、絶対に帰っていた」
「……」
強がりばっか。
「そして、アルコール度数9%のレモン酎ハイのストロング缶がなくても帰ってた。そして、コンビニの豚しゃぶ。おでん。餃子。これが、絶品だった」
「い、いつの間に……」
空になっていた缶、プラスチック皿を眺めながら、もしかしたら、別に負担ではなかったのかもなんて思った。
「ほら、支度しろよ」
「えっ?」
「帰るぞ。さすがに、帰る」
「はい、さよなら」
「じゃなくて! サト、お前の家まで送る」
「えっ!」
「まさか……できた歌を弾いてくとか言わんだろうな!? それは、家でやれ! 家の中でエアでギター弾いて、小さめの鼻歌を歌え」
「……送ってくれるんですか?」
「さすがに、こんな時間の一人歩きは危険だろう。俺も、お前みたいな小娘を深夜の夜道一人で歩かせるほど人でなしじゃないぞ」
「……」
松下さん。
「……ふっ、俺っていいヤツだろ?」
「どっちかと言うと、松下さんに家を知られる方が危険かもしれませんけど」
「酷っ! 俺がおっさんだからか!? 俺がおっさんだから危険なのか!?」
「はいはい。そう言えば、今日は松下さんのおっさん理論を聞いてないから、その間に聞いたげますよ」
「誰が理論武装したおっさんだ!?」
「すいません、おっさんマニアでした」
「誰だそんな不名誉なあだ名の男は!?」
「松下さん」
「ぐっ……せめて、おっさん×マニアにしてくれ」
「HUNTRE×HUNTREみたいな感じにしてもカッコいいとはなりませんよ」
そんなことを言い合いながら。
二人して同じ道を歩いた。
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