第11話 リッチ
ミレは森の中を縦横無尽に走りながら矢を討っていた。その矢は実に正確に標的を射抜いていた。元々弓に才能のあったミレだ。
性能の上がった弓で更にその腕を上げたのだろう。しかしその才能は普通の才能と言うには少し疑問があった。ゼロはもしかするとミレには魔法の才能があるのではないかと思っていた。しかし魔力のないゼロにはその判断はつかなかった。
そんな生活をしていた時一人の男が目の前に現れた。それはこの前撤退した暗部の第一部隊の隊長だった。ゼロにはその事は予めわかっていた。
何故ならゼロが思念センサーをこの隊長の体に付けたのだから。いつか来るとは思っていたがそれが今日になっただけの話だ。ここにはこの前一緒にいたその男の部下も来ていた。
隊長の名前はグロネールと言った。暗部第一部隊取り仕切るトップだ。ここは別名殺人部隊とも呼ばれる。
暗部にはこの他に第二部隊と第三部隊がある。第二部隊は拉致監禁を得意とするが第三部隊は情報収集と操作を専門とする部隊だ。
「ようやくお前に復讐の出来折る時が来たぞ」
「おいおい、公僕がそんな私怨で動いていいのか」
「お前を殺す事は敵の防波堤を崩す事にもつながるのでな」
「やれやれだな、俺はお前達の揉め事には関係ないんだがな」
「うるさい。今度こそ俺の最高の召喚魔法で葬ってやる」
「最高の召喚魔法ね、期待してるぜ」
グローネルは召喚魔法を発動させた。今回は禍々しい魔力が吹き上げていた。そして現れたのはドクロの魔物だった。
グローネルに取って最高の魔法、そして最強の魔物、それはリッチだった。リッチは死人で普通の物理攻撃が効かない。しかも魔法攻撃にも効かないものが多い。その上強力な魔法を使う。
これは正にソリエンのクリフトが言っていた魔法を使う魔物だ。魔力のないゼロには最悪の相手になる。
「このリッチの魔法は強いぞ。下手をすると俺の召喚魔法さえ奪われかねないくらいだ。お前を殺すにはうってつけの相手だ」
「そうかい、それはどうも」
ミレはこの様子を森の陰から体を強張らせながら見ていた。あれはこの前大蛇を召喚した魔法使いだ。あの大蛇は何とかゼロが倒したけど今度は魔法使いの魔物だ。
ミレもこのリッチがどれ程恐ろしい魔物かと言う事は良く知っている。流石にこの世界に生まれた者だけに。
「リッチよ、こいつを殺せ」
「久々に人の生き血が吸えるのかな」
「お前な、吸血鬼じゃないんだから人の血なんか吸うなよ」
「では行くぞ」
そう言うと急に周りの気温が下がりブレザードが吹き荒れた。周囲の木々は凍結し葉っぱは落ちて壊れてしまった。
ミレも体の半分が凍りかけていた。両手で体を抱きしめる事で何とか凍結は収まった。それにしても恐ろしい魔法だ。まともに食らったら確実に死ぬ。ならその正面に立っていたゼロはどうなのか。
「どう言う事だ。何故お前はそこに普通に立っておる」
「普通にって、そら足が二本あるから立つだろうが」
「そうではない。何故凍結しないのだ」
「あんなそよ風で凍結するかよ」
「なに、そよ風だと。信じられん」
「なら今度はこっちから行かせてもらうぜ」
ゼロは一応直進系の魔法を警戒してジグザグに踏み込んでリッチの前に出、そして拳をリッチの体に固定した。
「何をする気じゃ。こんなものでワシは倒せんぞ」
「そうかね、食らえ!」
接触した所から打ち出す打撃、これを「零勁」と言う。ゼロの「零勁」はただの「零勁」ではない。相手の本体の内部を破壊する打撃だ。それも気を十分に練って精神体であってもそれを破壊する。
ゼロの打撃はリッチの体を振動させ、まるで細胞そのものを、いや魔力そのものを根底から破壊した。これは気力と言う異質の力だったからこそ出来る技だった。
「こ、こんなバカな。ワシが負けるだと」
この言葉を最後にリッチは消えて行った。後に残ったのは暗部の隊長グローネルとその部下だけだった。
「何故だ、何故あのリッチが負ける。おかしいだろう」
「教えてやろうか、それはお前が俺に勝てないからだ」
要するにゼロに負ける魔物しか召喚出来ない魔法使いなど格下でしかないと言う事だ。そんな格下が召喚する魔物など所詮ゼロの敵ではないと言う事になる。
グローネル達は踵を返して逃げようとしたがゼロがそれを許すはずがない。瞬時に前に回り込み後ろ廻し蹴りで一人を吹っ飛ばした。モロに顔面に炸裂した蹴りは完全に相手の顔を潰していた。残りはグローネル一人だ。
「ま、待て。話し合おう。引いてくれたら金は幾らでも出す」
「お前は一介の宮使いだろう。何処にそんな金がある」
「いや、あるのだ。わしの金ではないが我々の援助者の金だ」
「王様か」
「いや、王ではない。王を倒そうとする者だ」
「誰だそいつは」
「それは言えない」
「そうか、ならお前はここで死ね」
「待て待て。言う、言うから待ってくれ」
答えの全てを聞いたゼロはグローネルに背を向けて考えていた。それを好機と捉えたグローネルは後ろから手に嵌めた半月状の刃の付いたメリケンの様な物で襲い掛かって来た。
しかしそれはとっくにゼロが予測していたものだった。体を半分回転させ右手で攻撃を外受けをしそのまま左手でカウンターの様に相手の顔面にパンチをぶち込んだ。顔面破裂で即死だった。
『これで敵の正体はわかったな』
「大丈夫だった? 僕体が凍った」
「そうか、それは悪かったな。飯にしようか」
「うん」
こちら王城では異変が起こっていた。まずは暗部の第一部隊が壊滅した事だった。この第一部隊と言うのは王の軍隊の中でも騎士団と双璧をなす程の強者のいる部隊だ。
それが壊滅するなど王都始まって以来の出来事だった。ただし暗部は極秘な部署のためそれが公表される事はなかった。
「王、暗部の第一部隊はグローネル始め全員が死んだ模様です」
「どうしてだ、誰かに殺されたのか」
「それはわかりませんが我々にとっては吉報かも知れません」
「そうだの、あ奴らは敵方の先鋒でもあったからの」
「はい、特にカロリーナ姫を狙っていたのは奴らでしたから」
「姫は無事に逃げ追うせたであろうかの」
「大丈夫でございます。密偵の報告によりますとスレムリック伯爵様に保護されたと聞き及んでおります」
「そうか、それは良かった。スレムリックなら心配ないであろう」
「御意」
こちらサムリンス侯爵家では
「なにグローネルがやられただと、何故だ。いや、奴ほどの者をやれる者がおるのか」
この問いに従者は何も答える事が出来なかった。ただカロリーナ姫を追撃中に倒された模様だと言う報告だけを受けていた。
「それはどう言う事だ。姫にそれ程の者がついておると申すのか」
「それは・・今仔細を探索中でございますれば」
しかもスレムリック家の制圧も失敗したと言う。これでは計画の土台から覆ってしまう。この報告にサムリンス侯爵は怒り心頭に発していた。
「申し訳ありません。向こうにも暗部の第二部隊の3名が出向いておったのですが」
「その3名でも手に負えなかったと言う事か」
「はい、申し訳ございません」
サムリンス侯爵はこうなれば計画を早めなければならいなと考えていた。そして部下にある計画を授けた。
「御意」
一方ゼロ達はそんな王家の騒動には関わりたくはないと思いつつも何故か足は王都に向いていた。
「ミレまた旅をするぞ。どうするついて来るか」
「ついて行かなくてもいいの」
「それはお前次第だ」
「なら行く」
「そうか」
ここから王都までは歩いて約3日の距離だ。ただし今回は少し急ぐので乗り合い馬車を利用する事にした。これで行けば約1日で着ける。
しかし王都に行ってどうするのか。特にこれと言った目的はなかったが一応情報だけでも収集しておくかと言う気持ちだった。
それは暗部の第一部隊の隊長、グローネルの話が本当だとしたらカロリーナ姫達にはちと部の悪い戦いになりそうだったからだ。それは王妃がサムリンス侯爵の手で監禁されていると言う話だった。
だから国王もうかつに手を出せずにいるのだろう。しかもそれを担当してるのが暗部の第二部隊となれば尚更だろう。
つまりそれだけ向こうには手練れがいると言う事になる。王都の騎士団でも難しいかも知れない。幸いにして第三部隊は今の所中立を保っているらしい。
馬車を乗り継いで夕闇が迫る頃ゼロ達は王都に着いた。宿は馬車の御者に聞いていたのでそこに宿泊する事にした。
情報収集は明日からにして今日はゆっくりと休む事にした。ミレも疲れている様だった。ただしミレが疲れているのは馬車と言う文明の利器に疲れているだけだった。
ゼロが最初に探しに行ったのはコーネリア商店だった。コーネリア商店はここ王都にも支店を出していると言う話だった。ただしそこにオーナーのシャブロンがいるとは限らないが。
正直ゼロもあまり関わり合いは持ちたくなかったが情報収集と言う意味では商店は結構いい情報源になる。
「ねぇ、何処に行くの」
「この近くに知り合いの店がある」
「知り合いの店?」
「そうだ」
「何か食べられる」
「かも知れんな」
「なら行く」
コーネリア商店は王都の商業地区の中心地にあった。しかも間口の広い大商店だ。ゼロは入り口を入って店員にシャブロンさんはいるかと聞いてみた。どちら様ですかと言う問いにゼロだと答えるとその店員は奥に飛んで行った。
「これはこれはゼロ様ではございませんか。お久し振りでございます」
「今日はこっちの店にいたのか」
「はい、最近はこちらの方が多くの取引がございますので月の内半分以上はこちらに来ております」
「しかし驚いたな、ここの店員は俺の名前を知っているのか」
「勿論でございます。貴方様のお名前は全店舗に通達しておりますので何処にでもお立ち寄りください」
「そうか、それは申し訳ないな」
シャブロンは隣にいるミレを見にとめて、
「所でこちらのお嬢様はゼロ様のお子様でございますか」
「いや、そうじゃないが分けあって一緒に旅をしている」
「そうでございますか。随分とお綺麗なお子様でございますね」
「それほどでもないだろう。こら、何故引っ張る」
「あはは、で今回はどの様なご用向きでございましょうか。あっ、ここでは何ですのでどうぞ中へお入りください」
ゼロはシャブロンについて奥の応接室に案内された。そこでゼロは最近の王都の様子やサムリンス侯爵の事などを聞いた。シャブロンによると最近の王都は何かしら落ちつかない様子だと言う。
ここ数週間何処の店とも商いが低下し、その分ポーションの販売だけが伸びているとの事だった。通常こう言う場合は何処かで戦争の起こる予兆でもあると言う。
それとサムリンス侯爵の評判はすこぶる悪かった。傲慢、金の亡者、権力志向、暴力的と何一ついい言葉が出てこない。
それでゼロがもしサムリンス侯爵が妾か性奴隷を囲うとしたらどの辺りだろうと聞いた。
シャブロンは少し考えていたがそれならサムリンス侯爵の別邸が山林地区にあるのでそこではないだろうかと言った。
ただしそこはいつも警戒が厳しく誰も簡単には中に入れないと言う事だった。
「当たりだな」
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