第10話 スレムリック伯爵領

 ゼロ達はスレムリック伯爵領の町には入らず山越えをして直接スレムリック伯爵の住む伯爵邸に向かう事にした。幸い伯爵邸は町から離れた所にあったのでその方が都合が良かった。


 町ではまたどんな罠が仕掛けられているかわかないので一番安全で安心出来る所に向かうのが最良の策だろう。


 丘越えに伯爵邸が見えていたが表は何やら物々しい警戒ぶりだった。門の表も中も警備兵が警戒をしていた。特に中の警備兵の数は尋常ではなかった。


「姫様、あれは少しおかしくありませんか」

「そうですね。どうしたんでしょうね」

「それに姫様、あの兵少し変ですよ」

「何がです?」

「あの兵達が付けている紋章、スレムリック伯爵家のものではありません」

「ええっ、そう言えばそうですね。あれは確か」

「そうでうよ、サムリンス侯爵家のものです」


 ゼロにスレムリック伯爵家とサムリンス侯爵家の関係などゼロに分かろうはずもない。しかし都合の悪い事が起きている事だけは確かなようだ。


「なんだ、そのサムリンス侯爵家と言うのは」

「サムリンス侯爵と言うのは今回の騒動を起こした張本人です。お父様の遠縁に当たるのですが何かとお父様の施政に不満を抱いていたようです」

「それがここにいると言う事は」

「もしかするとスレムリック候はサムリンス兵に制圧されたのかも知れませんね」

「また面倒な事を」

「姫様どういたしましょう」

「まずはスレムリック候の安否の確認ですね。それからどうするかは・・・」


 人質の奪還作戦。これはゼロも外人部隊当時練習でも実践でもやらされた事がある。しかし普通こう言うものはチームでやるものだ。ゼロ一人では難しいかも知れない。敵を叩き潰すだけなら問題はないのだが。


「仕方がない、俺が潜り込んで調べてみよう」

「よろしいのですか」

「それしか他に手はないだろう。お前らでは目立ち過ぎる」

「わかりました。その間ミレちゃんは責任をもってお守りいたします」


 しかしゼロはミレを呼んである事を告げていた。


「もし俺が戻ってこなかったら逃げろ。こいつらに付き合う必要は何もない。いいな」

「わかった」

 これはゼロに叩き込まれたサバイバルの基本だった。


 こうしてゼロはスレムリック伯爵家に潜り込む事になった。丘を下り兵のいない場所に身を移しそこから中の様子を伺った。今の所中に異変はない様だ。つまりもう制圧された後だと言う事だろう。


 一応姫さんから聞いたスレムリック邸の図面を頭の中に描いて監禁されているであろう場所を推測してみた。邸の周りには鉄の柵が張り巡らされていたがこんなものはゼロには問題にはならなかった。柵を越えて中に入った。


 この家は二階建てだったので二階から侵入する事にした。二階へは迷宮ラビットの技を使い部屋の窓を開けてそこから入った。


 中の様子を感知したがこの二階には人はいない様だ。みんな一階に集められていると言う事だろう。当然と言えば当然だ。そこまで人員はさけないだろうから。


 一階には確か伯爵の執務室があった。多分その辺りか。後の使用人達はキッチンか広間と言う所だろう。問題は何人位の衛兵が中にいるかと言う事だが意外と少ない事にゼロは驚いた。


『成程そう言う事か、中に随分と戦闘力の高そうな奴がいるな。あいつらがいれば役に立たない衛兵など数ではないか』


 ゼロは伯爵が囚われている部屋から少し離れた所に陣取って瞑想を始めた。もう少し中の様子を詳しく知るためだ。


『ほう、面白い物を見つけた。流石は伯爵と言った所か。こんな所に隠し通路があるとはな』


 それは伯爵の執務室の裏に通じる隠し通路だった。これを辿れば裏から執務室に入る事が出来る。しかしいくら隠し通路でも近づけば見張りをしている奴らに気づかれるだろう。その程度は出来る奴らだとゼロも理解していた。


 だがそれは普通だったらの話だ。幸いにしてゼロには魔力がないので魔力感知に引っかかる事はない。その上ゼロは自分の気を消した。


 こうすれば相手の意識からゼロへの認識が完全に消されてしまう。これを「隠形の術」と言う。暗殺を行う時に使う術だ。


 ゼロは裏から執務室に入り伯爵の縄を解いて安全を確保してからそこで見張りをしている3人に声を掛けた。


「お前ら何処の誰だ」

「何だ貴様は。いや、どうしてここに。何処から入った」

「質問してるのは俺だ。答えろ」

「答える義務はない」

「だろうな」


 伯爵がその質問に答えた。

「そいつらは王都の暗部の者達だ。第二部隊で誘拐や略奪を専門にしている」

「へーそうかい。ありがとうよ伯爵さん」

「それより君は一体何者なんだ」

「頼まれたんだよ姫さんにな。あんたを助けてくれって」

「姫様がこちらに来ておられるのか。無事なのか」

「大丈夫だ」


 その返答にサムリンス軍に紛れていた暗部の兵は驚いた様に、

「なに姫だと。第一部隊の奴らは失敗したのか。この伯爵は万が一の為の保険だったが先に殺しておけば良かったか」


 これで大体の状況は掴めたとゼロは行動を開始した。

「それじゃ身元も分かった事だし大掃除でもするか」

「貴様、俺達相手に勝てるとでも思っているのか」

「勝てるさ。簡単だ」


 左端にいた男が短剣を持ってゼロに襲い掛かって来た。こっちも逆手剣だった。普通ならかわせるはずのない攻撃だったがゼロは相手の剣を捌いて懐に入り相手の手首に手を掛けて横顎に手刀を叩き込みそのまま投げた飛ばした。それも残った二人の所に。


 その予想外の攻撃に一人はまともに仲間の体をぶつけられ一緒に倒れてしまった。もう一人は態勢を立て直そうとした時には既にゼロが目の前にいて引き込まれ強烈な膝蹴りを食らった。前のめりになった所で首の後ろの脛骨にゼロは止めの肘打ちを見舞った。当然脛骨は砕け即死だった。


 倒れた二人は何とか立ち上がろうとしていたがそれは絶好の標的とばかりにゼロの蹴りによって二人の頭は粉砕されこちらも即死だ。


 ゼロは伯爵の安全を確保した上で、

「あんたは取りあえず安全な所に逃げてくれ。俺は残った奴らを片付ける」

「そうか、すまんが頼む」

 そう言って伯爵は隠し通路の方に消えて行った。


 ゼロは広間の方に向かった。そこには従業員達が捕らえられていたが暗部の者達はいなかった。サムリンスの兵隊達が見張りをしているだけだった。


 こっちは大事な人質ではないので普通の兵隊に任せたのだろう。そしてここの兵隊達は全員ゼロに瞬殺された。戦いに関してはゼロに躊躇はないし微塵の感傷もなかった。敵は倒す。ただそれだけだった。


 広間の従業員を解放した後、表の兵隊達の所に向かうと急に表が騒がしくなった。それはスレムリック伯爵家の兵隊たちが反撃に出たからだった。


 何処にこれだけの兵隊がいたのか。恐らくは逃げ延びた伯爵が呼び集めたのだろう。随分と手際の良い事をするとゼロは感心していた。


 スレムリック伯爵家の制圧が解除され安全が取り戻された後で姫達が迎え入れられた。


「姫様、この度はこの様な面目ない仕儀になり申し訳ありません」

「いいえ、貴方が無事であった事が何よりの幸せです」

「ところで姫様、この者は貴方様の護衛の者か何かですか」

「いいえ、この方は私達の英雄です」

「英雄ですか。道理であの暗部の者達を手玉に取れる訳ですな」


「おいおい、勝手に祭り上げるなよ。俺は一介の冒険者だ。それにこれ以上あんたらのお家騒動に首を突っ込むつもりはない。俺達はこれで帰らせてもらうぞ。後はあんたらで何とかしてくれ」

「もう私達を助けてはいただけないのですか」

「俺達には関係のない事だ。それにな国の大事はやっぱり国の中枢にいる者達で解決しないと国民に示しが付かんだろう。それが出来ない様ならどっちみち国は亡びる。国をどうするかはあんた達次第だ。まぁ頑張ってくれ。俺達はこれで行く」


「わかった。それは任せてもらいたい。それとは別に是非これだけは持って行ってくれ。せめてもの命を助けてもらった私の気持ちだ」

「それなら私の方も」

「いや姫。王都はまだ混乱の最中です。ここはわたくしめが」

「わかりました。それでは事が収まりましたら必ず貴方様をご招待させていただきますのでそれまでお待ちください」


「何だか知らんがこれは正式な依頼ではないので俺は何もいらん。どうしてもと言うのならもしアイテム・ボックスがあれば所望したい」

「それだけでいいのか」

「ああ、それだけでいい」

「本当に欲がないんだな」


 そしてゼロとミレは姫達に別れを告げてスレムリック伯爵領の町に向かった。


 ゼロ達の向かった町はクレゾインと言った。活気のある良い町だ。それだけスレムリック伯爵の領地政策が上手く行っている証拠だろう。


 そこでゼロは風呂の使える宿屋に宿泊した。最初にした事はミレを風呂に入れて体を洗う事だった。始めミレは無くなる無くなると訳の分からない事をわめいていたがゼロは構わずゴシゴシ洗った。すると垢が取れ汚れが取れたミレは結構な美人だった。


 それからゼロはミレを連れて洋服屋に行った。そこでミレに合う服を3着ほど見繕った。ミレにドレスや可愛い服はに合わないので動きやすくて丈夫な冒険者が着るような服にした。


 今までミレが着ていたボロボロの服を捨てようとしたらミレが嫌だと言った。いつかまた森に帰らなければならなくなった時にいると。こんな生活が長続きするはずがないと思っているのかも知れない。


 それから食事にしたがそれは屋台とかの簡単なものにした。まだミレにはレストラン等の普通の食事処は馴染まないだろうと思ったので。


 始めは見る物が珍しいのかミレもそれなりに楽しんでいたがそのうちに言葉少なになって来た。やはり心の何処かでここは自分のいる所ではないと思っていたのかも知れない。


「なぁミレ、森に行くか」とゼロが言うと「うん、行く」とミレが嬉しそうに言った。それでゼロ達は近くの森に行く事にした。


 この時ゼロは今まで自分が使っていたアイテム・ボックスをミレにやった。今回ゼロが貰ったアイテム・ボックスよりは収納量は少ないが、これがあればミレも必要な物は何も無くさず持ち運べるだろう。


 森に入ったゼロ達は周囲を調べて丁度いい所をキャンプ地に設定しそこにテントを張った。しばらくは森住まいだ。森に来るとミレは以前の様に生き生きとしていた。ここを起点に時々町に通うのもありかなとゼロは思った。


 次の日ゼロはミレを連れてまたクレゾインの町にやって来た。今回はミレの武器を探すためだ。ミレは今手製の弓を使ってるがあれでは限界がある。もっと性能の良い弓が必要だとゼロは思っていた。


 そこでゼロは武器屋を見て回ったがこれと言って良いものはなかった。ここが最後かなと思って入った店は、曲がりにも小奇麗とは言い難かったが武器自体はそれなりに良いものを揃えていた。ここの店主は体のがっちりした背の低い男だった。恐らくはこれがドワーフと呼ばれる人種なんだろうとゼロは思った。


 ミレに普通の弓は荷が重いのでもっと小さな元の世界で言えばボーガンの様な物はないかと探したがそれはここにもなかった。


 やはりだめかと諦めかけていた所こ、こには奥に加工用のカマドがある事に気が付いた。ここは武器を売るだけではなく中でも作っているんだろう。


 なら話が早い。武器は注文品でも作ってもらえるのかと聞くと作ると言った。そこでゼロは簡単な仕掛けのボーガンの図形を描いた。


 これを参考に作れるかと聞いたら店主は目を丸くしてこんな武器は初めてだが出来るだろうと言ってくれた。3日いると言うので3日後に取りに来る事にした。


 3日後ミレの弓はちゃんと出来上がっていた。台の上に乗せた弓の蔓を引き留め金に止める。そして矢をつがえて発射する。大きさと言い重さと言いこれならミレにも十分扱えるだろう。


 武器屋の店主は良ければこれを商品として販売してもいいだろうかと言い出した。別に困るものでもないしいいと了解した。売れた時には制作料を払うと言っていたがそれは特に期待してなかったのでもう一つ予備を作ってもらう事にした。


 さてこれで明日からミレの弓矢の特訓だ。

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