第9話 魔物召喚

 ゼロと姫達一行は共にスレムリック伯爵領を目指していた。姫の名前はカロリーナ・デブレンス・ヘッケン。騎士の名前はコーネリア・スレンサーと言った。厄介事に巻き込まれたくないと言っていたゼロ達が何故一緒に行く事になったのか。


 それは暗部の追及があれだけでは終わらないと分かったからだ。今回出向いて来たのは第一部隊だったが副長を失ったので隊長が出張ってると言う話だ。そうなると対象は姫達だけではなく当然ゼロ達もその対象とならざるを得ない。


 同じ狙われるのなら一緒にいた方が何かと都合の良い事もあるだろうと言うのがゼロの読みだった。それは姫に連なる縁者の事だ。スレムリック伯爵は姫の古くからの援護者で色々と庇ってくれていたらしい。そう言うバックがあるなら使うに限る。


 自分達は出来るだけ陰に隠れて国王や伯爵家に問題の解決をやってもらえばいい。どっちみちこう言う事は庶民が口を出す事ではないのだから。揉め事は上の方だけでやればいい。


俺達は知らない。と言うのがゼロのスタンスなんだがここまで介入してしまっては今更逃げるのも難しいかも知れない。ともかくはそのスレムリック伯爵という人物に会って今後の対策を考えるのが一番だろう。


 スレムリック伯爵領まであと1日と言う所まで来た。今の所追跡者はないようだ。完全には安心出来ないが今晩一晩過ごせば明日はスレムリック伯爵領に入る。そうなると相手もそう簡単には手を出せないだろう。


 今日が最後の野宿だ。テントの中にはカロリーナとミレが入って俺とコーネリアは見張りだ。と言っても交代で睡眠をとる。コーネリアはあまりこう言う事には慣れてない様で今でもまだ緊張している。


 それはそうだろう。いくら騎士と言ってもお城務めの騎士様だ。森林の中で、または弾の飛び交う戦場で地べたを這うような戦闘など経験した事はないだろう。所詮は綺麗事の戦いでしかない。


 その点ゼロは外人部隊に入った頃、泥を啜り、虫を食らって相手の喉笛を掻っ切る戦いをして来た。それが余裕を持って人を殺せるようになったのはいつ頃位からだろうか。


 ゼロが自分の能力に完全に目覚め、戦闘に特化して行ったのは外人部隊に入って1年が経ってからだ。その頃には彼の前に立ちはだかれる者は誰もいなかった。全ての戦士、傭兵を通して。そして彼は外人部隊を抜けてフリーの傭兵となった。


 通常フリーの傭兵になったからと言ってそう簡単に仕事の依頼がある訳ではない。しかしゼロは違った。彼の活躍と戦歴が軍部をして必要と判断させたからだ。


 彼の通った後に残るのは屍だけだと言われた。たった一人で小国一つを壊滅させた事もある。まさに生ける死神、生ける核兵器。それがゼロだった。よって人は彼を「戦場の死神」と呼ぶようになった。


 各国の諜報活動もゼロの為に多くのプロジェクトが頓挫した。その為各諜報機関はゼロの抹殺を計画した。その結果、崩壊したのはその諜報機関の方だった。それ以降ゼロは「アンタッチャブル・ソルジャー」と呼ばれ誰もゼロには手を出さなくなった。


 そして4年、今では誰もゼロの相手をする者がいなくなった。負ける戦争など誰もしたくない。公私共にゼロは戦闘の殿堂に入れられてしまった。ゼロに傭兵として戦闘依頼をする者も敵対する者もいなくなった。ゼロに取っては実に退屈な毎日だった。戦闘が戦いがゼロを避けて行った。


『こんな傭兵やってられるか。俺は故郷に帰る』


 そう言ってゼロは飛行機に乗って自分の祖国日本に帰った。そこで色々な事があったが最終的には国と喧嘩をして、日本を離れ今この世界にいる。


 この世界でゼロは何が出来るのか。それはゼロ自身にもわからない。しかし少しは違う人生と新しい冒険をしてみたいと思うゼロがここにいた。


 勿論ゼロには大事な目的も一つあった。


 最初の見張りはゼロがする事にした。コーネリアは最初の内は緊張していたが疲れもあって気が緩み寝入ってしまった。無理もない。こんな野宿などやった事がないのだろう。


 テントの周りにはいつもの様に8本の魔物除けの匂いの結界を配置してある。余程強力な魔物でなければ入っては来ないだろう。しかしその予測は外れた。テントの向こうで鎌首を持ち上げているのは全長30メートルはあろうかと言う大蛇だった。


「何でこんな物がここにいる」

「おい、コーネリア起きろ。そして姫さんを起こせ」


 ポカンとっした眼差しでその大蛇を見たコーネリアは気を動転させてしまった。何か訳のわからない事を口走っている。ゼロは一発コーネリアの頬を張り飛ばして正気に戻した。


「いいか、姫さんを逃がすんだ。いいいな」

「は、はい」


 コーネリアはテントに飛び込み姫を背中に背負って出て来た。ミレは勿論その前に撤退していた。流石だ。


「姫さん、あれは何だ」

「アナコンダ・グレーですね。一見蛇みたいですが強い魔物です」

「あんなものがこの自然界にいるのか」

「いますがこんな所に出てくる魔物ではありません」

「と言う事は誰かに召喚されたと言う事か」

「かも知れません。だとするとかなり強力な魔法でしょう」

「あいつの弱点は?」

「首を切り落とす事ですがあの高さですから。しかも毒の霧を吐きます」

「益々厄介だな」

「はい」


 この時ゼロはミレを呼んで、

「お前の感知能力で周囲を探ってくれ。この周囲に誰かいるはずだ。ただし無理はするな。危ないと思ったら直ぐに引き上てくれ」

「わかった」

「さてそれじゃ-蛇のかば焼きの時間にするか」


 この時蛇の後ろの森の中に二人の男がいた。一人は暗部の第一部隊の隊長だ。そしてもう一人は最初の副長に付いていた男で二度目の時は後方での連絡係だった。


「本当にあの男で間違いないんだな」

「はい、副長を倒したのはあの男です」

「何処にでもいる普通の低ランクの冒険者にしか見えないがな」

「それが食わせ物です。今回の副長を含めた4人が瞬殺されました」

「ほんとうか」

「はい」

「それは面白い。それでは俺の召喚したアナコンダ・グレーの餌になってもらおうか」


 この男の正体は召喚士だったようだ。それもかなり大物の魔物を召喚出来るようだ。その時ミレが帰って来た。


「二人いたよ。一人は前にいた奴。もう一人は初めて」

「そうか、ありがとう。もう休んでいいぞ」

「うん」


 ゼロは当たりを見回して適当な木の枝を拾い、葉枝を切り取りそれをしごいてちょっと歪な木刀の様な物を作った。


『拳で戦ってもいいんだがでかいしな。まぁ今回は木刀でぶん殴ってみるか』


 この男一体何を考えているのか、木刀で何が出来ると言うのだろう。姫と騎士はゼロの後方で震えていた。流石にこの魔物相手では騎士と言えども何も出来ないと悟ったのだろう。


「おいゼロ。何をする気だ。何を持ってる」

「いやなに、この木刀でな、あいつをぶん殴ってやろうと思って」

「冗談を言うな。そんな事出来る訳がなかろう」

「それじゃー行くぜ」


 そう言ってゼロは大蛇に向かって駆け出して行った。しかし相手は30メートルにも及ぶ大蛇だ。持ち上げた鎌首の高さだけでも優に7-8メートルはある。ゼロはこの高さを前にどうしようと言うのか。


 ゼロは大蛇に向かってジャンプをした。人間がジャンプをした所であそこまで届く訳がない。しかしゼロのジャンプはその一度では終わらなかった。ジグザグに何度もジャンプを繰り返してとうとう大蛇の首の所まで辿り着いた。


 これは迷宮ウサギの能力だ。空中に地場を作りそれを起点にジャンプを繰り返す。ゼロはこれをコピーしたのか。しかしこれは魔法による身体操作だ。魔力のないゼロに出来るはずがなかった。


 それを可能にしたのがゼロの持つ気力だった。膨大な気力が魔力を上回り空中に地場を作りその行動を可能にしたのだ。そしてゼロはその木刀で大蛇を切りつけた。スパッと切れて血が流れ出た。しかし木で作った木刀で何故切れる。


『やっぱこれじゃ短くて首を切り落とせないか。仕方ないあれをやるか』


 ゼロはその木刀に気を流していた。その気で木刀は真剣に勝るとも劣らない切れ味になっていたのだ。しかしそれではまだ足りないとゼロは更に木刀に気を流し続けた。そしてその木刀は白く輝き始めた。これこそゼロの最終奥義、「気功剣」だ。


『それじゃ斬撃は9メートルってとこでいいか』


 更に上に飛び上がったゼロは大蛇の首の後ろから剣を袈裟切りに切り落とした。その目に見えない刃は9メートルにも達して大蛇の首を一撃で切り落とした。大蛇は毒霧を吹き出す暇もなく退治されてしまった。


『ふん、終わったな』


「何なのだ、あれは」

「いやなに、蛇を切っただけだ」

「お主はバケモノか。そんな事が出来る者は騎士団にも誰もおらんぞ」


 森の中ではさっきの光景を唖然と見ている二人がいた。


「おい、あれは何だ。アナコンダ・グレーが倒されたぞ。そんな事が・・・信じられん」

「隊長、ここは一旦引きましょう」

「そ、そうだな。次こそ目にもの見せてやる」


 二人の暗殺者はその場を撤退した。しかしその時ゼロの意識センサーが隊長の体にロックオンされていたことは本人も気が付かなかった。


「ゼロ様、貴方は英雄様だったのですね」

「いや、そんなもんじゃない。ただのEランク冒険者だ」

「そんな事誰が信じますか」

「それはこの際どうでもいい事だ。先に行くぞ」

「はい」

「承知した」

「行く」


 こうして姫様一行はその足でスレムリック伯爵領に向けて出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る