第8話 王家の暗部

 ゼロとミレはいつもの様に旅を続けていた。街道を行く事もあるがその半分は森に入り魔物を狩ったり必要な事をミレに教えていた。ミレの吸収力は異常だった。本当に直ぐ覚える。そして直ぐに使いこなせるようになった。


 そんな時ゼロはミレにこんな事を言った。

「ミレ、ようく覚えておけ。もし俺に何かあって人質になったとしても決して自分の命を賭けて助けようとはするな。そんな時は無視して逃げろ。俺もまた同じ事をする。大事なのは自分の命だ、他人の命じゃない」

「わかった。ミレもそうする」

「良い子だ」


 普通はこんな事は言わない。特に日本なら人命第一、人の命は地球よりも重いと教えられる。しかしそれは平和ボケした日本人の考え方だ。戦場ではそんな考え方など通用しない。死ぬか生きるかで選択出来るのは自分の命であって他人の命ではない。また自分の命があってこそ戦場の奪還も可能なのだ。


「またいるよ」

「そうだな。またいるな」


 ゼロとミレの意識に感知したのはこの前襲われていた二人の女性だった。あの時は何とか逃げおうせたがどうやら姫と言うのが怪我をして動けないようだ。


 ゼロが意識センサーで調べてみるとどうやら怪我をした所から毒が回っている様だ。悪くするとこれは死ぬ。恐らく毒のついた何かで切られたのだろう。


「あの人どうしたの」

「毒が体に回っているようだ」

「治るの」

「治療しないと無理だな」

「するの」

「どうしようか」

「毒なら仕方ないね」

「そうだな」


 ゼロとミレは諦めて森から出て二人の所に近づいた。

「何者だ。貴様らは」

「別に敵じゃないが放っておくとその子は死ぬぞ」

「な、なんだと」

「その足の傷の所から毒が入って炎症をおこしてる。このまま放っておくとその周りの細胞が死に心臓も止まるだろう」

「何なのだお前は」

「俺は薬師だ」


「薬師だと。なら貴様なら治せると言うのか」

「そうだな。治せるかも知れない」

「いい加減な事を言うな。今の状況でそんな事信じられるか」

「それはそっちの自由だ。いらなければ俺達は行く」


 そう言ってゼロとミレが引き返そうとした時、姫と呼ばれる女性が苦しい息の中で

「待ってください。私は貴方を信じます。もし可能なら治していただけますか」

「姫様、そんな」

「いいのです。このままではどっちにしても死ぬのを待つしかないでしょう。なら賭けてみましょう、この人達に」


 ゼロはこの時テントを開いて姫をそ中で休ませた。そして二種類の薬を取り出した。どちらもゼロが調合したものだ。一つは熱さまし、そしてもう一つは解毒剤だ。


 ただしこの毒に的確に効くかどうかはわからない。残念ながら病気や毒にポーションは効かない。ポーションはあくまで筋肉レベルの疲労回復と傷の治癒だ。体の中に入った毒にはやはり適切な薬がいる。


 それと同時に壊死に犯されている皮膚と細胞組織の洗浄を行い、ここには塗布薬を張り付けておいた。


 相当体力が弱っているのでそれ以外の複合症も気になる所だが今は体力と気力の勝負だ。生きようとする意志が強ければきっと戻って来るだろう。ミレは横について頭に乗せたタオルを交換していた。


「今晩が山か」

「それはどう言う意味だ」

「今晩持ち越せば治る可能性があると言う事だ」

「もし持ち越せなければ」

「その時は諦めるんだな」

「そんな・・・」


 翌朝、スズメの様な鳥が鳴き出した頃姫は目を開いた。顔色も大分いい様だ。これなら大丈夫だろう。とは言ってもまだ動けるような状態ではない。しばらくは静養が必要だろう。


「今滋養になる食べ物を作ってやる」

「すみません。この度は本当にお世話になりました。なんとお礼を言ったらいいか」

「気にするな。ミレの望みだ」

「ミレ?ああ、あのお嬢さんですか」

「こいつが助けて欲しいと言ったんだ」

「あんな小さな子が、なんて健気な」

「あいつは一晩中あんたについてタオルを交換していた」

「そうだったんですか。私の恩人ですね。皆さんの御恩は一生忘れません」

「いや、忘れてくれ」

「何故ですか」

「俺達はもうこれ以上厄介事に巻き込まれたくないんだ」


 それから3日が経ち、姫の体力も大分戻って来たのでここでゼロは姫に疲労回復のポーションを与えた。これは劇的に作用し姫は元の様に元気になった。


「ありがとうございました。私達はここでお別れしてこの先のスレムリック伯爵領に向かいます。今回の事は本当にありがとうございました」

「私からも礼を言わせてもらう。本当に助かった」

「ああ、じゃーな」


 その時梢が揺れてまた4人の黒装束の男達が表れた。せっかく終わったと思ったのにどうやら城から援軍を連れて引き返して来たようだ。


「姫、まだご健在でいらっしゃいましたか。もうお亡くなりになったと思っていたのですが」

「性懲りもなくまた貴様達か」

「今度こそ確実に冥土にお連れいたしましょう」


 そう言って4人は陣形を整えた。今回の部下は以前の部下達よりは少しは出来るようだ。


「なぁ、おっさん。俺がせっかく治した病人だ。邪魔するな」

「何だ貴様、医師か。貴様が治したのか」

「そうだ、あんな変な毒なんか使うな。面倒だから」

「いいだろう。なら貴様も一緒に葬ってやろう。そうすればもう治せる者もいなくなるだろう」

「本当にお前は単細胞だな。もうその腕の痛みを忘れたのか」

「何だと貴様、あの時のあれは貴様の仕業か」

「そうだ。お前は本当に学習能力がないな」


 黒装束の暗殺者達は一瞬緊張し新たな敵に対する陣形を取った。中央にリーダーその左側に二人。そしてもう一人は単独で姫を狙らえる位置取りをした。リーダーの左に二人を配したのは騎士が姫を助けに入るのを阻止する為だろう。


「ゼロ殿、これは私の仕事だ。貴殿は薬師。どうかお下がりください」

「大丈夫か、あれはそこそこに強いぞ」

「大丈夫でござる。私も伊達に近衛騎士団に属してはおりませぬ」

「じゃー頑張れ」


 そう言ってゼロは姫の方に近づいて行った。邪魔が入るとまずいと思ったのか、一人の暗殺者が短刀を腰だめにしてゼロにぶつかって来た。

「ゼロ様~」

 叫び声が響いて姫は顔面蒼白になっていた。きっとゼロが刺されたと思ったんだろう。


「やくざじゃないんだから腰だめドスっていい加減にしろよ」


 二人は接触した状態で止まっていた。そしてズルッとその暗殺者が崩れ落ちた。暗殺者の短刀はゼロの体の横を素通りしゼロの拳が相手の中段に打ち込まれていた。


 しかもそれは単なるパンチではなった。拳が接触した瞬間に浸透勁が相手を貫いていた。勿論即死だ。姫も騎士もまして暗殺者達も何が起こったのか全くわからなかった。


「こっちは片付いたからそっちは思いっきりやっていいぞ」

 とゼロが言うと

「この女は俺が相手をする。お前達はあの医者を片付けろ」

「御意」

 そしてリーダーの横にいた二人が今度はゼロに向かってきた。


「ほんと面倒な奴らだな」

「ゼロ様、大丈夫でしょうか」

「大丈夫だ。こいつら弱いし」

「弱いってあのー、彼らは王家の暗部、暗殺集団の手の者ですが」

「そうなのか。王家って大した者飼ってないんだな」

「えっ、ええっ!」


 彼らは暗殺集団だけあって長剣は振り回さず短剣で応対していた。一人は半月剣を二本、もう一人は短剣を二本握って。しかしそのどれもがゼロにはかすりもしなかった。二人はただただ翻弄されるだけっだった。


「お前ら本当に下手だな。俺が教えたソイテルの二双剣はもっと上手かったぞ。お前らは落第だ」


 そう言ってゼロは左右の拳を交差して打ち抜いた。それだけで二人の顔はまるで爆発したように弾け飛んでしまった。勿論これも勁を使った打撃だ。


「なぁ姫さん。あの騎士さんって強いのか」

「そうですね、騎士団の中では上位の部類に入りますが、あの男相手では苦戦するかも知れませんね」

「そうか、やっぱりな」


 その男は暗部の暗殺集団の第一部隊の副長をやっている。冒険者で言えばBランクに相当するらしい。と言う事はクリフトと同格と言う事か。それはちょっとあの騎士では荷が重いかなとゼロは思った。


「そいつの短剣には毒が塗ってあるから触れないようにしろよ」

「なにっ、そのような事は先に言わぬか」


 やはり毒が塗ってあると言われると攻める気迫が薄れてしまう。まぁ無理もないだろう。掠っただけで毒が体の中に入って来るのだ。慎重になって動きも鈍くなってしまうものだ。それが暗殺者の狙いでもある。


 短剣をかわそうととしたその一瞬に足を刈られて倒れてしまった。そこに強烈な踏み込みが来た。騎士は体を回転させて辛うじて避けていたが状況は極めて不利だ。


 暗殺者の強みは剣だけではなく体術に暗器も使えると言う所だろう。余程の力の差がない限り真っ当な剣術では勝負にならない。


 ゼロは二人の間に割って入って「代わろうか」と言った。

「ほー今度はお前が私の相手をしようと言うのか。随分と自信がありそうだな」

「お前の部下は弱いからな。もうみんな死んだぞ」

「な、なんだと」

 

 周りを見渡してみると確かに3人とも地面に横たわってピクリとも動かない。

「ほーこれ程の事が出来るとはな。お前は何者だ」

「ただのEランクの冒険者だ」

「Eランクだと。何の冗談だ」


 リーダーは短剣を振り上げたかと思うといきなり右の直蹴りを放ってきた。普通の蹴りならそれまでだがその足の先には刃が仕込まれてあった。受けようものなら突き刺さってしまう。それにも恐らく毒が仕込まれてあるのだろう。


 ゼロは腕をクロスさせた十字受けから相手の蹴り足を内に流し更に踏み込んで行った。普通なら下ろした足からその回転力を利用して後ろ廻し蹴り(もし知っていれば)につなぐなり、浅ければ逆足で次の蹴りを出せるのだろうがこの足を落とされた位置が非常に微妙でどちらにも動けない位置だった。


 彼が辛うじてやれたのは裏拳を打つ事だった。確かに拳にはトゲの付いたメリケンが嵌められていたが手甲や手首には何もない。


 ゼロはそれを押さえて自分の右手を内側から突き上げる様に掌底で相手の顎を突き上げた。そしてそのまま今度は地面に向かって叩き落したのだ。後頭部から落とされた相手はグッシャと言う頭蓋骨がひしゃげる音がした。これで即死だ。


『岩石落とし、綺麗に極まったな』

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