第7話 不思議な幼女

 ゼロはいつものようにこれと言った目的も持たずただ旅をしていた。街道を歩き時には森に入って魔獣を倒し餌にしたり魔石を集めたり、そんな事をしながら北に向かっていた。


 この先にはカルビアと言う町がある。そこはスレムリック伯爵が治める領地だ。ゼロはこの世界の貴族制度にはあまり詳しくなかったが、基本的には元の世界と似たような物らしい。俗に言われる「公候伯子男」だ。


 つまり公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と言う事になる。そこの領主は伯爵だから上から3番目、それなりの地位にある者と言う事だ。


 そんな事を考えながら街道を歩いていると突然森の方からリスが飛び出してきた。このリスは魔獣ではなく普通の動物だった。それでも小さくて敏捷なので捕まえるのは難しい。小さいと言っても地球のリスよりは若干大きかった。


 それを何処から射たのか一本の矢がそのリスを突き刺した。これは普通の矢ではない短い矢だ。ボーガン程度か、いやそれよりもまだ短かかった。しかも木の枝を削った手製だ。


 そう思ってそのリスと矢を見つめていると一人の少女、いやまだ幼女と言えるような子供が飛び出してきて、「それは僕の餌だ。触るな」と言った。


 服は重ね着をしているようだがみんな古くて継ぎはぎの多いボロいものだった。顔も黒いし髪の毛もボサボサだ。ゼロにはわかったがこれなら男の子と言われてもわからないだろう。


 そして手にはこれも自分で作ったのだろう手製の弓を持っていた。木の枝をしならせ何かの蔓を張って作った弓だ。しかしこんな粗末なものであの敏捷なリスを射抜くとはこの小さな体で余程の腕なんだろうと思われた。


「これはお前が射たのか」

「そうだけど、なに」

「そうツンツンするな、何も取りはしないさ。お前この辺の子か」

「だから何」


 ここは街道の真っただ中、近くには町も村もない。ならこの幼女は何処から来たのか。


 しかもようく見てみると足の土踏まずに当たる所には何かのなめし革の様な物を巻き付けてはいるがそれ以外は裸足だ。とても町や村で生活している様には見えない。


「お前、この森に住んでるのか」

「違う!」

「そうか、違うのか」


 恐らくこの幼女は住んでる所を知られたくないんだろう。その時もう一匹のリスが走り抜けようとしたのでゼロはズボンの太腿の外側に付けていた棒手裏剣を抜いてそのリスを刺し殺した。余りにも一瞬の事でその幼女も何が起こったのかわからなかった。


「これでお前の獲物が一匹、俺の獲物が一匹だ。どうだ飯にしないか」

「一緒に食べるの」

「そうだ。何処か食べられそうな所はないか」

「あるけど・・・」

「じゃー行こうか」


 幼女が連れて行ったのは少し森に入った所にある空き地だった。空き地と言っても芝生の様な短い雑草が生えた狭い空間だ。


 そして近くには小川があると言う。それなら話が早い。ゼロはそこでリスの血抜きをして解体した。隣を見ればその子も似たような事をしていた。かなり動物の解体には慣れている様子だ。


「上手いもんだな」

「生きて行かないといけないから」

「そうか生きて行くための知恵か。そう言うのをサバイバル・スキルと言うんだ。知ってるか」

「知らない」

「だろうな。でも何で肉を薄く叩きのばしてる」

「その方が食べやすい」

「焼かないのか」

「火を持ってない」


 そうかこれも生きて行くための知恵なんだろうとゼロは思った。こんな幼女が火種を持ってる訳がない。それでも食べて行くにはこれが安全な方法なんだろう。


「火の作り方教えてやろうか」

「作れるの」

「ああ、作れる」


 原始的な方法だが木をこすり合わせて火を起こすのはサバイバルの基本の一つでもある。ゼロも傭兵になった当初こう言うサバイバル技術を散々教え込まれた。


 まず火を起こすための板木とこする棒、それに燃えやすい軽い枯れ葉など。ただその火を起こす棒(火きり棒と言うが)を両手で揉んで板に圧を掛けて加熱するのは幼女の力では少し難しいだろう。


 そこでゼロは弓の様な物を作って火きり棒に蔦を絡ませ左右に動かせて火きり棒を回転させる物を作った。これで火きり棒を上から何かで押さえておけば幼女でも比較的簡単に火を起こせるだろう。


 ともかくそうして火を起こし解体したリスの肉を火にかけて串焼きの様な物を作った。幼女は目をキラキラさせてそれを眺めていた。


「お前にも出来るからやってみろ」

「出来るの」

「ああ、出来る」


 幼女も見様見真似で火を起こして薄く伸ばした肉をあぶり出した。

「これを振りかけて見ろ」

「何これ」

「塩のようなものだ。食べ物が美味くなる」


 それはクセミと言う植物の実を乾燥させて粉状の物にしたものだ。それには少し塩分が含まれるので調味料として使える。これもゼロの薬師としての知識だ。


「うまい」

「そうだろう。お前はいつもそんな食べ方をしてたのか」

「誰も教えてくれない」

「なるほどな」

「でも火はまずい。魔獣が来るし人間も来る」

「そうか、そ言う弊害もあるか。なら安全な所で使え」

「そうする」


 この幼女、今は7歳らしい(多分)。3年ほど前から一人で生活していると言っていた。森に住んで小動物を捕り、食料としまた近くの村に売りに行っては必要な物を得ていたとか。


 まさにサバイバルそのものの生活だ。服の重ね着もこれ以上服がないので失くさないようにみんな着ているんだとか。


 4歳児からこんな生活をしているのか。それを嘆きもせず生きて行けるとは余程の強い精神力を持ってるんだろうなとゼロは思った。


 ゼロもこう言う子供を多く見て来た。戦場ではごくありふれた孤児の姿だ。しかしこの世界でもこの様な子を見るとは思わなかった。


「どうだしばらく俺と一緒に旅をしてみないか。色々なサバイバルの方法を教えてやる」

「それで生きて行けるの」

「ああ、生きて行ける」

「なら行く」


 この幼女に取って一番の関心事は生きる事だった。地位や金、家族、家に贅沢な物、綺麗な服、旨い食べ物、そんなものは全て二の次。


 まずは今日を生きる事。この子にはそれしかなった。この子に比べれば俺の人生なんて恵まれたものだったんだなとゼロはふと遠い過去の自分を思い出した。


 ゼロはまず森に散在する薬草の知識を教えた。食べられるもの、食べられないもの、毒か毒でないか。この子はそう言う事に関する知識はかなり持っていた。


 無理もない一人で3年間も森で生活していたんだ。その知識なければ生きては行けなかっただろう。恐らくは試行錯誤の末に身に着けたんだろう。それも時には危ない目に合いながら。


 しかし薬草はまた別だ。これにはある程度の専門的な知識がいる。しかし7歳児の脳とは恐ろしい。何でも直ぐに吸収してしまう。ゼロは薬草の知識と共に読み書きも教えた。今後どんな生活をするかは知らないが知っていて損にはならないだろう。


「今日はここで野宿するか」

「ここで?洞穴がない。木の窪みがない」

「お前、そんなとこで寝てたのか」

「危ないから」

「確かにな。だが今日はテントで寝るぞ」

「テント、何それ」


 ゼロはアテリアで買った収納袋から折り畳み式のテントを取り出した。アテリアには迷宮があるので、そこから回収された収納袋も売られていた。


 これは魔道具の一種だ。だからゼロの様に魔力のない者でも使える。ただし結構高額だった。ゼロはこれに金貨30枚を使った。しかし旅には必需品だ。


 テントはゼロが図面を描いて鍛冶屋に作ってもらった。勿論元の世界の物を真似たものだ。旅行用の物だからそんなに大きなものではない。大人二人ではちょっときついかも知れないがゼロとこの幼女となら問題はなかった。


 幼女の名前はミレウと言う。ゼロは面倒なのでミレと呼んでいた。空地を探し、少し傾斜のある方がいい。そこにテントを張ってテントの周囲に雨水を流す溝を掘る。中には軽い羽毛で作った敷物があった。上に毛布を掛ければそれで寝られる。


「これがテント」

「そうだ。寝心地は洞穴よりもいいぞ」

「そう、で何してる」


「これは結界の様なものだ。この棒の上には小動物の糞を乾燥させて薬草と練り込んだ物を巻き付けてある。これは魔物が嫌う匂いを出すんだ。これをテントの周り8カ所に立てておくと小型の魔物除けになる。まぁ大型が来たら逃げるしかないがな」


 そして二人はこのテントで寝た。ゼロはいつもの様に寝ると言ってもその意識は周囲に放っていた。これもまた結界センサーだ。


 戦場では寝ている時が一番危ない。ミレは安心したのか疲れたのか久しぶりに熟睡していた。ミレもまた森で生活していたので普段は野生の勘を働かせて寝ていても意識だけは覚醒させていた。こう言う所はゼロに似ていた。


 この二人の凸凹コンビの旅はしばらく続いた。その間ミレは色々な事を学んだ。薬草は勿論の事、狩の仕方や生きて行くための生活の基本的な事など。


 そしてゼロはミレに少しづつ体の動かし方を教え始めた。格闘技とまではいかないがその前段階のものだった。


「ゼロ、誰かいる」

 ミレは勘の鋭い子だった。

「ほう、わかったか。確かにいるな」

「何あれ、怪我してるの」

「かも知れん。それに他にもいるな」

「いるね」


 それは森の外れの少し広場になった所だった。しかし周りは木々に囲まれているので外からは見え難い。その中の一本の太い木に体を寄せて大きく息をしている女性がいた。その前には甲冑を着た騎士風の女性。多分お付きの者か護衛だろう。


「姫様大丈夫ですか。もう少しの辛抱です。この森を超えればスレムリック伯爵領に着きます」

「そう、悪いわね、貴方にばかり苦労をかけて」

「苦労だなて言わないでください。私達は一心同体ですから」

「そうだったわね。いつも貴方は頼もしいわね」

「姫様!」

「とうとう来たようね」


 それはこの二人を追ってきた黒装束の男達だった。まるで元の世界の忍者の様な。リーダーと思しき者と3人の手下。そんな感じだった。


「もう逃げられませんよ姫様、我々と一緒に来ていただきましょうか」

「何を言う、この逆賊が。この姫様を思い通りに出来ると思ったか」

「思い通りにならなければここで死んでもらってもいいのですよ」

「貴様!」


 この様子を森の陰からゼロとミレが見ていた。あの者達の会話で大まかな事は理解出来たがさてどうするか。特にこれは厄介事の匂いがプンプンする。


「『君子危うきに近寄らず』だな」

「何それ」

「危ないものには近づくなと言う俺の国の諺だ」

「へー変なの」

「そうか、変か。まぁそうだな。でどうする。ミレは助けたいか」

「僕はどうでもいい。でも厄介な事はいや」

「だな」


『しかし面白い。俺が人の意見を聞くとはな。しかもこんな子供の。俺もこの世界に来て随分と変わったものだ』


 そうこうしてるとその二組の間で戦いが始まった。騎士風の女性は姫様を守って果敢に戦っているがやはり追跡者の方が一枚上手の様だ。


 特にリーダーと思しき男が。その男は右手にメリケンの様な物をはめ、その先端には三角錐の突起が出ていた。左手は短剣を逆手に握り、切りと拳の打撃の両方を上手くこなしていた。これは完全に暗殺者の動きだった。普通の騎士が相手をするにはかなり荷が重いだろう。


 さてどうするか。ゼロは近くにあった小石を4個掴んで黒装束達に向かって投石した。かって「返らずの森」でゴブリン相手にやったように。


 プロ野球の投手の速球の最高速度は150キロ位だろう。しかしこのゼロの投石は優に400キロを超える。こんなものが頭にでも当たれば即死は免れない。


 頭は狙わなかったが4人は投石を体に受けて骨折もしくは内臓破壊位にはなっていただろう。急に追跡者の4人が動けなったのを見て騎士は姫様を抱える様にしてその場から逃げ去った。


 追跡者達は何が起こったのか把握出来ずその場に佇むしかなかった。4人の内2人は命を落とした。


「本部に報告して補充員を送ってもらえ」

「はい、承知いたしました」

「今のは一体何だったんだ。姫にあんな伏兵がいるとは聞いてないぞ」


 流石はリーダーだけある。辛うじて投石を右腕で打ち払ったがその腕は痺れて動かなかった。回復までにはしばらくかかるだろう。


「行こうかミレ」

「あれでいいの」

「いいんじゃないか。知り合いじゃないし」

「そうだね」


 二人は関係ないとばかりにまた旅を続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る