第6話 いじめられる魔力攪乱魔法

 ゼロは4階層から5階層に降りそこからどうするか考えていた。ゼロとしてはこのまま一気に50階層位まで降りても別に問題はなかったがそれではギルドがまた色々と詮索するだろう。


 そっちの方が面倒なので今回はランクに応じた所で切り上げる事にした。ランクを少し上げてからまた迷宮に挑戦したらいいだろうと考えていた。


 ゼロが引き上げようとした時奥から一人の男が出て来た。かなり疲れているようだ。しかも大きな荷物を背負って今にも倒れそうに見えた。ゼロが予測した通りゼロの少し手前で倒れてしまった。


『どうするかな。助けても何のメリットもないように思えるがここはまだ5階層だ。一般の冒険者もいる事だし一応は良心的な所を見せておくか』


 そう判断したゼロはその男の所に駆け寄り、

「あんた大丈夫か。魔物にでも襲われたのか」

「ああ、すみません。ちょっとした体力切れですから少し休めば治ります」

「少し休むと言ってもな、ここはまだ迷宮の中だからあんまりのんびりしてると魔物に襲われんとも限らんぞ」

「確かにそうですね。じゃー。よっこらしょっと」

 それでもしっかりとは立ち上がれなった。


「待て待て、ともかくこれを飲め。体力回復のポーションだ」

「えっ、いいんですかそんな高価なものを」

「目の前で死なれるよりはましだ。ともかく飲め」

「はい、ではいただきます」


 その男はポーションを飲んで少しましになった。何とか荷物を持って歩ける所までは回復した様だ。


「ありがとうございました。僕はアルサンドラと言います。Dランクの冒険者をやってます」

「Dランクはいいが一人で潜っていたのか。そんな大きな荷物を持って」

「いえ、僕は今「暁の翼」と言うパ-ティに参加してるんですが仲間は先に行きましたので僕が殿を受け持っていたんです」

「殿ね。そんな荷物を持ってか。それじゃー攻撃してくれって言ってるようなもんだろう。普通は先に行った者が荷物を持つんじゃないのか」


 少し言い淀んでから

「えっ、あっ、これは忘れものです。ですから僕が回収して来たんです」

「回収ね。ものはいい様だがまぁいい。どうだ歩けるか」

「はい、大丈夫です」


「そうか、それならここから出るか」

「いいんですか、貴方はこの先に行かれるんじゃ」

「俺はEランクだからここまでなんだ。ギルドがうるさいんで引き返そうと思ってた所だから一緒に行こうか」

「はい。あのーお名前は何と言うんですか」

「俺か、俺はゼロだ。よろしくな」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 途中でゼロがアルサンドラから聞いた話によると彼は相手の魔力を攪乱させる魔法が使えるそうだ。この世界の人間はみな魔力を持っていてその魔力供給で成り立っているとか。


 だからその力の源である魔力が攪乱すると魔法も体力も十分に機能しなくなる。ただ体力に関しては異論はあるが少なくとも身体強化や魔力付与の武器を使う者に関しては魔力がベースになるのでその魔力が攪乱したら当然効果は落ちるだろう。


 ただし戦いでこの魔法はまだちゃんと使った事がないと言う。どうしてかと聞くと魔法の固定化に問題があるので戦闘の最中だと役に立たないんだとか。しかしそれは所詮練習の問題だろう。


 今の時点ではその力が十分発揮出来ないのでパーティの中では荷物持ちに甘んじている様だ。試しにその時襲って来た迷宮ラビットを俺に注意を向けさせておいて彼の魔力攪乱魔法を使ってもらった。


 今回は時間的余裕があったのでしっかりかける事が出来た。するとラビットは空中に地場を築けずに地に落ちた。これはかなりの効果と言えるだろう。つまり後方支援の魔法としてなら十分効力を発揮すると言う事だ。後はそのパーティのリーダーの使い方の腕次第と言う事になる。


 それを荷物持ちや囮扱いでは宝の持ち腐れだろう。試しに俺自身にも掛けてもらったが俺には効果はなかった。元々俺には魔力がないのだから攪乱する物がない。当然と言えば当然だ。


 ゼロはおかしな男を拾ったものだと思ったが、だからこそその前に通り過ぎた冒険者達との関係が気になった。とは言え他人事に関わる気は毛頭ないゼロだった。


 迷宮の前でアルサンドラと別れた後ギルドに戻って採取した薬草のクエストの報告と迷宮で討伐した迷宮ラビットの魔石を買い取ってもらった。


「ゼロさん、本当に迷宮に行かれたんですね。これって5階層の魔物ですよね。大丈夫でしたか。今度からもう少し気を付けてくださいよ。この次迷宮に入る時はパーティを組む事をお勧めします。その方が安全ですから」

「わかった。考えとくよ」


 それからしばらくして久々に何もする事がなくゼロが町をうろついていると偶然にアルサンドラに出会った。


「あ、ゼロさん。おはようございます」

「アルサンドラ、今日は何処かに行くのかい」

「いえ、今日は休みなので僕も少しのんびりしようかと」

「そうか、じゃーちょっと付き合えよ。美味い串焼きの屋台があるそうだ」

「そうですか、ではご一緒します」


 二人して串焼きの屋台を覗き、旨そうに焼けた串を3本ずつ買って食べた。それは確かに美味かった。ゼロは日本の串焼きを思い出した。こう言うまったりとした時間も良いのかなと思っていた。


 そしてまたしばらく二人して町を散策していると今度は何処からか叫び声が聞こえた。これは正にテンプレだなと思いながらゼロがそっちの方角を眺めるとやはりひったくりだった。


 おばあさんの荷物がひったくられたようだ。当然中には貴重品も入っていたんだろう。俺とアルサンドラはひったくり3人組の前に出た。こっちのひったくりは何故か堂々としていた。


 それもそのはずだ。この世界には警察などと言う物がない。要するに力が全てを制する世界だと言っても過言ではない。だからひったくりや強盗もしかり、力で押し通ろうとする。こいつらもきっと身体強化か筋肉強化の魔法を掛けているんだろう。


「アルサンドラ、あいつらにお前の魔法を掛けろ」

「ええっ、人間にですか」

「掛けた事がないのか」

「ありません」

「人助けの為だ掛けろ」

「はい」


 その魔法を掛けられたひったくり達は魔法で強化した力が出せず、まるで子供の手を捻るようにあっさりと捕まえる事が出来た。


 なるほどこれは大した魔法だ。この利用法に気が付けばアルサンドラはもっと自信が持てるんだがな。


 どうやら彼は自分の為と言うよりも人の為、誰かを助けたいと言う思いの時にその力がより発揮されるようだ。魔法集中の時間も短かったし目標にも的確に掛けていた。それなら尚更心から信頼の出来る仲間が必要だろう。


 翌日ゼロは、たまには豪華な物でも食に行ってみるかと高級地区に足を運んだ。そこは普段行かないちょっと高級な宿泊付きのレストランだった。受付嬢が肉料理がお勧めだと言っていた。名前は「カルータン」と言った。


 中に入るとまだ少し時間が早いのかテーブル席は半分くらい空いていた。一人でテーブル一つ占領するのもどうかと思ったのでゼロはカウンター席についた。そこで果実風味の飲料水を頼み、ここのお勧めだと言うビーフシチューを注文した。


 基本的にゼロは酒は飲まない。飲めないと言う事ではないらしいが戦闘の邪魔になると言って飲まないらしい。コーヒーは好きなようだがこの世界にコーヒーはなかった。


 料理を待っていると二階から何人か降りて来た。ゼロが顔を向けるとあれは先日4階層ですれ違った冒険者達だ。時間的な状況から考えてアルサンドラが彼らの仲間である事は間違いないだろう。やはり高価な物を付けているだけあって宿屋も高級な所に泊っている。


 しかしおかしいなと思った。あのアルサンドラもパーティの一員だと言っていた。なら何故彼らの中にいない。しかもアルサンドラの服装や装備は見すぼらしいものだった。


 成程、要するに小間使い程度にしか扱われていないと言う事か。小間使い程度ならまだいいが囮となると最悪だ。およそパーティの一員としての扱いではない。


 ゼロはシチューを食べながらそれとなく彼らの会話に耳を傾けていた。そこで分かった事は、彼らは全員Bランクでもう直ぐAランクに上がれそうだと言う事だった。


 リーダーがクリストファーで剣士で前衛、ジャシングは脳筋で前衛、フェミスは後衛のヒーラー、エルシーノは後衛の魔法使い。それにこの前会ったアルサンドラが加わるらしい。ともかくこの状況を見てもアルサンドラは阻害されいじめの対象になっているのは確かなようだ。


『いじめは何も元の世界だけの専売特許ではないようだな』


 恐らくアルサンドラの魔法も始めの内はそれなりに有効だったんだろう。だからパーティを組めていた。しかしランクが上がり倒す相手が強くなってくるとお互いの連携にも余裕がなくなってくる。そうなるとアルサンドラの魔法操作ではどうしても間に合わなくなってしまうのかも知れない。


 しかしそこはそれをどう切り回して使うのかがリーダーの役目であり采配の才能だ。彼を適切な場所においてそれなりの時間与えてやればちゃんと魔法は有効なはずだ。それを自分の足元、自分の目先だけを見ようとするから周りが見えなくなってしまう。


 そうなると当然全体の状況も悪くなる。それなら使えないこいつは前衛に送って盾にするか囮にするかと言う短絡的な使い道しか見えなくなってしまう。それこそ悪循環の連鎖だろう。


「でどうするよ、アルサンドラの事だが。もうそろそろ首にしてもいいんじゃねーか。何の役にも立ってねー事だしよ」

「そうだな。俺もそう考えてたんだがそれなら最後に大きく役に立ってもらうと言うのはどうだ」

「つまりまた囮にするって事か」

「ああ、今度は大物相手にな。それなら死んでも問題ないだろう。俺達はやばくなったらあいつを残して逃げればいいんだし」

「それもそうだな。じゃーもう一回役に立ってもらうか」

「それがいいわね」

「私はどっちでもいいが実りのある結果にして欲しいものだね」


『なるほどな、どいつもこいつも屑と言う訳か』


 話の内容を聞いて反吐が出る思いがしたが所詮力のない奴はこんな扱いをされるんだろうと思った。彼らは悪い。それは間違いない。だがそのいじめの状況に甘んじている奴もまた罪だとゼロは思っている。


 そこから抜け出せないのではなくて抜け出す努力をしないから抜け出せないのだ。それは本人の責任でもあるとゼロは思ってる。


 戦場でそんな軟な精神では1秒と生きてはいけない。人はみな死の前では生きる為の努力をする。それが当たり前だ。その日常が戦場なのだ。


 そんな中で自分の弱さに甘んじて何もしない。それはバカのする事だ。そんな無能をゼロは数百、数千と葬って来た。それが戦場だ。


『まぁいい。ここは戦場ではないから俺はこの世界で今出来る事をやるか』


 この日ゼロは冒険者ギルドに来ていた。勿論薬草の依頼を探すためだ。この前迷宮ラビット20体分の魔石を買い取ってもらったので懐具合は寒くはない。


 以前に貰った賞金もまだ手付かずで持っている。しかしあれは必要な時の緊急用に使おうと考えていたのであの金を使う気はなかった。日常の生活はあくまで依頼や魔物の買取で賄っていた。


 それが普通の日常と言う物だろう。ゼロは最近この日常と言う物を楽しんでいた。ごく普通の生活。かってのゼロにはなかったものだ。


 今日はどの薬草を採取に行こうかと考えていた時に入り口のドアが大きく開いてドカドカと騒がしい音を立てて昨日の連中が入って来た。


 今回は何でも迷宮で30階層のラスボスを倒すんだと息巻いていた。言ってみればAランク昇格の為の口宣伝のようなものだろう。


 今回は十分な装備を揃えて万全の態勢で臨むんだとギルドの受付で吹聴していた。何しろ一応この町では最高ランクの冒険者グループだ。彼らの虚勢に異を唱える者はいない。


 そう言えば今日は珍しくアルサンドラも一緒にいる。彼にも最高の装備を整える様にと言っていた。彼らがアルサンドラに気を使うとは珍しい事もあるものだ。アルサンドラは何か複雑な表情をしていた。ラスボス討伐は準備を整えて3日後にやるようだ。


 彼らが出て行き、アルサンドラも少し遅れて出て行った。ゼロは少し気になったのでアルサンドラの後をついて行ってみると、どうやら道具や武器を扱う店に向かうようだ。


「アルサンドラ。武器でも買いに行くのかい」

「あ、ゼロさん。そうなんです。クリストファーに良い武器を仕入れておけと言われたんですが・・・」

「どうしたんだい」

「お恥ずかしい話ですが、そんな物を買える余裕など僕にはないんです。ですからきっと在り来たりな物しか買えないと思うんです」


「ん?パーティから資金援助とかないのか」

「ありません。今までそんなもの貰った事がないので」

「それはおかしいな。パーティでやる討伐だよな。普通ならメンバーを支援するだろう」

「そうなんですか、僕にはわかりません」


 なるほどそう言う事かとゼロは理解した。みんなの前であれだけ宣伝してメンバー全員にも最高の準備をするようにと言えば当然全員が最高の状態で臨むはずだ。それでも誰か不慮の死者が出たらこれは仕方のない事だったで済ませるつもりなんだろう。


「なぁ、アルサンドラ、君にももうわかってるんじゃないのか。彼らが君を排除しようとしている事を」

「そうかも知れませんがあそこを出たらどうして生活して行けばいいかわかりませんので」

「そう言う問題かね。排除だけならまだいいが今回は囮にして殺しにかかるかも知れないんだぞ。それでもついて行くのか」

「それは・・でも」


「いいかい、一つだけ言っておいてやるよ。弱さは罪だ」

「弱いと言う事は罪なんですか、どうしてですか」


「弱いと言う事は相手を増長させる。反省の機会を奪うんだよ。何をしても通る。許されるとね。そして益々人としての道を踏み外して行く。


 反対する者、意見する者がいなくなると言う事はそう言う事だ。弱くてもいい。何を言われても逆らわないと言う事は、相手に人としての真っ当な判断を狂わせ、自画自賛の境地に立たせ、人の痛みを感じない狂人の境地に立たせると言う事だ。その一役を君が買っているんだよ。それが罪でなくて何だ。


 それが嫌なら弱さを捨てて強くなれ。君にはそのポテンシャルがあるだろう。あの日おばあさんを助けようとした時の。俺が言いたい事はそれだけだ」


「そんな・・・」

「じゃーな。本当に頑張れよ」


 この後このアルサンドラがどうなったかは知らない。またクリストファー達のパーティがっどうなったかも知らない。それは俺には関係のない事だとゼロは翌日この町、アテリアを離れた。


 ただゼロに言わせれば背中を預けられない者など仲間とは呼ばないと言う事だ。そんなパーティは戦場では直ぐに死ぬ。だから仲間の事は仲間で解決するしかないのだ。


 日本の様なノホホントした世界には外敵がいない。敵はむしろ内側だ。だからいじめも起こりやすい。しかしここは違う。敵は外にもいる。


 いやむしろ外の敵、魔物の方が脅威なはずだ。そんなものの前で内輪もめや仲たがいをしていては命がいくらあっても足りない。だからこそ本当に背中を任せられる者とパーティを組む必要がある。それが出来なければ直ぐに別れた方がいい。戦場なら即死だ。


 もしアルサンドラが本気で自分と言うものの自覚と自立性に目覚めたならばあの状態から脱出する事が出来るだろう。彼にはそのポテンシャルがあるのだから。しかしそれが出来なければそれまでの人生だ。


 そしてゼロは更に北を目指して旅を始めた。

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