第5話 迷宮探索
護衛団のリーダー、クエンズに教えてもらった宿屋に泊り、翌日ゼロは今度は本来の仕事であるクエストの依頼と迷宮の情報を求めて冒険者ギルドにやって来た。
「迷宮に入るには最低限Eランクが必要ですが、Eランクですと5階層までになります。それ以上は危険です。貴方の場合はそうではないのかも知れませんが」と受付嬢は言った。受付嬢はゼロが昨日、賞金首を捕まえた本人だと知っている。
『5階層までか、まぁ、入らないよりはましか。あとは状況次第と言う事だな』
その時一組の冒険者が入って来てその一人がツカツとゼロの元に来てゼロを身踏みしてこう言った。
「何だ何だ、またEランクの駆け出しが迷宮に挑もうと言うのか。危ないからやめとけ。お前らは雑草でも取ってりゃいいんだよ」
「それは随分な言い方だな。冒険者は冒険してなんぼだろう。先輩」
「何だてめぇ、ひよっこの癖に偉そうな事言ってんじゃねーぞ」
「冒険者と言うのは自由な職業だ。何処で何をするかは本人が決めればいい。ただしその責任は本人が持つ事になるが、違うかい先輩」
「てめぇ、なめた口きいてんじゃねーぞ。現実の厳しさを教えてやろうか、えぇ」
ゼロは魔力がないのでこの冒険者から見たら雑魚の雑魚に見えたのだろう。そしてその冒険者はゼロの胸倉を掴んで来た。
「いいのか先輩。ギルド内での暴力沙汰はご法度じゃなかったか。冒険者の資格をはく奪されても知らないぞ」
「てめぇ」
「おい、止めとけアドフ。そいつの言う通りだ。ここではまずい」
「ふん、覚えてろクソガキが」
そう言ってその冒険者と連れはギルドを出て行ったがどうもそれだけでは済みそうになかった。
『まぁ何処にでもああ言うのはいると言う事か。面倒な奴らだ』
それっきりゼロは彼らの事は忘れて、取りあえず張り出された依頼の中から薬草の採取を選んで受付に持って行った。
「コギル草の依頼ですね。指定は10束になります」
「わかった。でこの草はどの辺りに生えてるのかわかるか」
「それはですね、この町の東南にある「木部の森」と言われる所に発生しているのですが少し厄介な魔獣もたまに出てきますので注意が必要です」
「なるほどそれで報酬が良いのか。わかった。ありがとう」
『ここから東南と言えば確かここのアテリア迷宮もそっちの方角だったな。時間があれば少し迷宮にも寄ってみるか』
アテリア迷宮は「木部の森」からはそれ程遠くない所にあった。歩いて1時間位だ。「木部の森」に時々厄介な魔物が出ると言うのも、もしかすると迷宮が影響してるのかも知れないなとゼロは考えていた。
今は薬草採取に専念だとゼロが薬草を探しているとそのゼロの後を付けている数人の影があった。それはさっきギルドで難癖をつけていた冒険者達だった。彼らは別名「新人潰し」とも呼ばれていた。
「いたぜあのクソガキがよ。クロムエル」
「そうだな、ギルドから付けてきて正解だったな。何も知らずに呑気なガキだぜ」
ゼロを付けていたのはさっきギルドでゼロにいちゃもんを付けたアドフとその連れクロムエル、それにもう一人の仲間、グルキンだった。
「ここはよ、時々強い魔獣が出るので有名な所だ。ここで行方不明や死体になっていても誰もおかしいとは思うまいよ」
「そうだな」
やはり彼らはあのままで済まそうとは思ってなかったようだ。一方ゼロも既に誰かが後を付けている事はとうの昔に気が付いていた。
『あいつらあの時の二人か。それともう一人加わってるな。性懲りもなく。ほんと面倒な奴らだ。確か受付嬢がここには厄介な魔物が出るとか言ってたな、ならその魔獣に処分してもらう事にするか』
まさか相手も自分達と同じ事を考えてるなど露知らず冒険者達はその機会を狙っていた。
ゼロは平然と必要数の薬草の採取を終え帰ろうとしていた時にその冒険者達は姿を現した。ただし二人だった。
「よう、クソガキ、さっきは随分と生意気な態度をとってくれたな。お仕置きが必要な様だな」
「何だそれは。別に俺は誰に迷惑をかけた訳じゃない。お前達が勝手に騒いでるだけだろう」
「そ、その態度が気に入らねーって言ってるんだよ」
「あんたらが後輩から尊敬されたいのならあんたらのその態度に問題があるんじゃないのか。今のあんたらは単なるゴロツキにしか見えないんだがね」
「てめー俺達をゴロツキとぬかじゃーがったな。もう勘弁ならねー。ぶっ殺してやる」
「あんたらはそうして今まで多くの新人を殺してきたのか。冒険者の風上にもおけない屑だな」
「じゃかましい。ここは強い魔獣が出る事で有名なんだよ。お前がここで死んでも誰も疑わねんだよ」
「そうかい。それは結構な事だ。しかし魔獣は武器を使うのか。それはおかしいだろう」
「しゃらくせー、どっかに埋めてしまえば同じなんだよ」
そう言ってる隙に最後の仲間、グルキンが息を殺してゼロの後ろに回り、スルスルとゼロに近づき攻撃の間合いに入って来た。そこは流石にシーフと言うべきか。
グルキンが後ろから一突きしようとした刹那、ゼロは左足を後ろに引いて体を回転させその勢いを加速させて右の後ろ廻し蹴りをグルキンの側頭部に放った。
グルキンはそのまま吹っ飛び十数メートル離れた木に激突、首は異常な角度に曲がったまま二度と起き上がって来る事はなかった。
「どうだい、この方がより魔獣に襲われたように見えるだろう」
しかしその状況があまりにも速過ぎて正面の二人には認識する事が出来なかった。ただゼロが体を回転させたようだとわかったのはそれだけだった。
「では次はこんなのはどうだい」
ゼロは左側にいるクロムエルに近づき目に見えない蹴りを中段、つまり相手の腹に放った。その衝撃でクロムエルもまた十数メートルを吹っ飛び、口から血を流して彼もまた二度と起き上がって来る事はなかった。
アドフはまるで信じられないものを見るような目でゼロを見つめ、
「お、お前はEランクの冒険者じゃなかったのかよ」
「そうだがランクが必ずしも実力と同じとは限らないだろう」
「そんなバカな。いや、そう言えば昨日お尋ね者のイエローキラーが駆け出しの冒険者に顎を割られて捕縛されたと聞いたが、まさかあれはお前だったのか」
「そうだが、それがどうかしたか」
「そんな訳があるか、あのイエローキラーは元Bランクの冒険者だったんだぞ。それもトップの」
「Bランクか。それならソリエンのクリフトと同じか」
「何でお前がクリフトを知ってる。あいつらは元同じパーティだったはずだ」
「へークリフトとイエローキラーがな。しかし片方は地に落ちたか。お前と同じだな」
「まっ待ってくれ。俺が悪かった。もうこんな事はしないから助けてくれ」
「今までそう言ったやつをお前達は助けたか。そうじゃないだろう。なら自分もそうなると何故理解しない」
「待ってくれ、いや、お待ちください。どうか命だけは助けてください。お願いします。何でもしますから」
「屑は最後まで見苦しいものだな」
アドフは土下座して命乞いをし、涙を流しながら膝でゼロにすり寄って来た。そして目の前まで来た時に後ろに隠し持っていた短剣でいきなりゼロの足を切りつけて来た。
この距離とこの位置でなら隙をつけると思ったのだろう。しかしそんな事はゼロには既にお見通しの事だった。伊達に地上最強の傭兵と呼ばれている訳ではない。
本来戦闘時においてゼロには慈悲などと言う感情は一欠片も持ち合わせてはいなかった。だからこそ「戦場の死神」と言う二つ名がある。
ステップアウトしてその短剣をかわし上から踏んずけてアドフの手首を砕いた。そして蹲っているアドフの横っ腹を蹴り上げて空中に浮かせ後頭部に一撃を加えた。
アドフはそのまま半転して背中から落ちた。余りの痛さに体が痺れて動けない。その時何処から持ってきたのかゼロの右手の上には人間の頭の5倍もあるような石があった。その事にようやく気が付いたアドフは、
「それは何だ。その石で何をするつもりなんだ」
「これで頭を潰せば魔獣の仕業だと思われるだろう。違うか」
「よ、よせ。や、止めてくれ」
「卑怯なだまし討ちをする奴の言葉とも思えないがな」
ゼロが去った後には魔獣に殺されたような3人の死体があった。そしてその後冒険者達がその3人を発見した時には、骨と幾ばくかの肉片のみの死体が散らばっていた。きっと獣に食われたのだろうと結論つけられた。
その日薬草採取を終えたゼロはその足でアテリア迷宮に向かっていた。迷宮の入り口は地上に出た洞窟の様になっていた。入り口にはギルドの職員がいて迷宮に入る者のチェックをしていた。
「ゼロさんですね。貴方はEランクですから5階以下には行かないようにしてください。もし1日経っても帰還しない時は救援隊を出します。その費用は貴方もしくは所属するパーティの支払いとなりますのでお気を付けください」
そう言って係員はゼロの名前の上にチェックをして日時を書き込んだ。
「これが迷宮と言う物か。普通の洞窟もしくは鍾乳洞のようにも見えるが違う所は中に自然の草花や創造物がありおかしな生き物がいる点か。流石にこれは元の世界にはないな」
ゼロがおかしな生き物と言ったのはスライムの事だ。確かにおかしな生き物だ。それ一体では決して脅威になるような物ではない。しかし団体で襲って来られると厄介な敵なる。しかも叩いても切ってもなかなか死なない。体の中にある核を的確に潰さないと殺せないのだ。
スライムの攻撃は体当たりだ。体はプヨプヨしているが体当たりされると意外とダメージを受ける。中には酸を吹くスライムもいると言う。しかしそれでもゼロには何の障害にもならなかった。飛んで来たスライムに裏拳の一撃を与えるとそれだけで消し飛び消滅してしまった。
そんな事をしながらゼロは3階層までやってきた。
『この辺りから魔物が変わるとか聞いたのだが』
確かにこの3階層からはスライムに代わって別の魔物が出現する。中にはEランクには脅威になる魔物もいる。その一つが迷宮ラビットだ。森にいたバフラビットと違う所はこちらは空中を走る。
つまり空中に地場を作ってその上を走ると言う器量な事をする。だから攻撃も多彩になり討伐が難しい。それでもゼロに取っては羽虫の類に過ぎなかった。一応消滅した後で出て来た魔石は回収しておいた。
そして4階層に来た時、数人の走って来る足音を聞いた。
『他の冒険者達か。もう引き返すのか。それにしては急いでいるようだが何かあったか?』
「本当に役に立たない屑だ。あいつは」
「そう言うなってクリストファー。使い道は他にもあるだろう。今回みたいに」
「そうだな、荷物持ちと囮しか能がないがな」
「それでもいないよりはましだろう。それに分け前はほとんどいらないしな」
「それはそうだ。精々俺達の為に働いてもらうとするか」
「そうね、それがいいわ、クリストファー」
そう言って4人の冒険者達は引き上げて行った。彼ら全員の防具や装備品は全て金の掛った高価なものだった。恐らくランクの高い冒険者達なのだろう。しかしゼロは彼らの言っていた話の内容が少し気にかかった。
『また厄介事の匂いがするな』
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