第3話 旅立ち

 ゼロは最初にこの世界に来た時に倒した魔獣を冒険者ギルドに買い取ってもらい、幾ばくかの金を得てギルドの紹介による宿屋に腰を落ち着けた。


 その後ゼロは職業欄に「薬師」と書いたので、それらしく薬草の採取をしていた。


 冒険者ギルドにある図鑑で薬草の種類や効能と発生場所を調べ、淡々とその依頼をこなしていた。


 それと同時にこの世界の文字についても勉強し既に習得していた。


 ゼロの左目は特殊な目で、見たものを瞬時に記憶し同時に脳が演算しその記憶を体験として体に移植出来ると言うものだった。


 つまり一度見たものはどんなものでも真似が出来ると言う事だ。しかも相手以上の完成度で。これが彼が「地上最強の傭兵」と言われる理由の一つでもある。


 ある日ゼロが薬草の採取を終えて冒険者ギルドの酒場で休憩しているとクリフトがやってきた。


「なぁ、ゼロ。お前最近は薬草ばかり採取しているそうだな」

「俺の職業は薬師だからな」


 ゼロは敢えて戦闘系の職業は選択肢しなかった。その方が何かと穏便に世の中を渡って行けると思ったからだ。


「そうか、それならいいんだが」

「何か言いたそうだな」

「いや、別に薬草を採取しているのならそれでいいんだ」

「つまりそれ以外の事はするなと言う事か」

「そう言う訳じゃないんだがお前の能力がな」

「魔力がないから危険な事はしない方がいいと」

「いや、お前が強いのはわかってる。何しろ俺に勝ったくらいだからな。しかし」


 クリフトは何となく言い辛そうにしていた。


「しかし何だ。そうか対人戦では強いかも知れないが魔物相手では危ないと言いたいんだな」

「そうだ。魔物は人間とは違う。強い魔物の中には魔法を使う魔物もいる」

「らしいな。俺は魔力がないから魔法は使えない。だから危ないと言う事か」


「そうだ。何故お前は武器を使わないんだ。使えないのか」

「そうじゃないが面倒なんだよ」

「面倒、そう言う問題じゃないだろう。命の問題だろう」

「そうだな、今度考えてみるか」


 そんな話をしている所にカリヤス達のパーティが帰って来たがかなりボロボロになっていた。


「どうしたんだカリヤス。ソイテルもソーシアも大丈夫なのか」

「何とか大丈夫です。ボーリング・ボアに出くわして逃げてきました」

「はい、あたしたちもう死にそうでした」


「ボーリング・ボアだと。そいつぁお前らではちょっと荷が重いな。ボーリング・ボアはDランクの魔物だからな」

「そうなんですよクリフトさん。もうちょっとでまた命を落とす所でした」

「良く逃げて来れたな。それもまた冒険者の必要条件の一つだ。ようく覚えておけ」

「はい」


 確かに無鉄砲じゃいくら命があっても足りない。しかしそれでいいのか。


 勝てないからと言っていつも逃げていては一生逃げる人生になってしまう。それは冒険者の目指す道ではないのではないかとゼロは思っていた。  


 しかし現実問題として彼らでは確かに強い魔物には勝てない。それは彼らが弱いからではない。強くなる修練が足りないからだとゼロは思った。


 前の世界にも強者と弱者はいた。そして弱者はいつも強者に虐げられていた。特に学校ではいじめと言う形で。


 しかしそれに甘んじているからいつまでもいじめられる事になる。いじめられたくなければそれに打ち勝つ努力をすべきだとゼロは思っている。


「なぁ、お前達、良ければ俺が強くなる修行を付けてやろうか」

「エッ、本当ですか。是非お願いします。俺達本当はみんなもっと強くなりたいんです。でもその方法がわからないんです」

「そうか、いいだろう。なら明日から開始だ。朝の7時に西門の外に来い」

「はい、わかりました」


 その日から彼らの地獄の特訓が始まった。


「あのー俺達は剣士とシーフと魔法使いなんですが何でこんな筋肉トレーニングをしてるんですか」

「馬鹿かお前らは。全ての基本は体力だ。体力のない奴は生き残れないと思っておけ。お前らがボーリング・ボアから逃げ切る事が出来たのも逃げられるだけの体力があったからだろう」

「それはそうですが」

「いいかどんなに優れた剣士やシーフや魔法使いでも魔力が切れたら全ての技術は使えなくなる。つまりそれらには限界があると言う事だ。なら基礎体力を向上させるのが一番の方法だろう。文句言わずに走れ」


 このようなトレーニングがクエストに出ない時は毎日朝から晩まで続けられた。


 宿に帰った時は息も絶え絶えでみんなベッドに倒れ込んで動く事さえ出来ない状態だった。


 それでも毎日続けている内にクエストで魔物を討伐する時に以前ほど魔力を使わずに倒せるようになっていた。その次にゼロは彼らに接近戦の格闘術を教え込んだ。


「あのーゼロさん。俺達は拳闘士ではないんですが」

「そうですよ、あたしなんて魔法使いですよ」


「馬鹿かお前らは。無手の格闘術と言う物は全ての武術の基礎だ。一旦身に着ければ応用はいくらでも利く。剣士だろうが短剣使いのシーフであろうがな。

 それとな戦いと言うものはいつも安全な所から攻撃出来るとは限らないんだぞ。魔法使いだって間合いを切られれば接近戦になる。

 近距離で使える魔法がなければ自分の身は自分で守るしかないだろう。もうゴブリンの教訓を忘れたのか」

「すみません。そうでした。頑張ります」

「あっ、あたしも」


 格闘術の基礎を叩きこまれた彼らはその後メキメキと上達してDランク冒険者になり、更にはCランクにも手が届きそうだと言う所まで来た。


「ようゼロ、随分と鍛えたじゃねーかあいつらを。もうすぐCランクになっちゃうぜ」

「彼らの努力と実力だよ」

「そうかね、ところで聞きたかったんだがあんたは何者だ」


「何者?俺は薬草採取専門のただのEランク冒険者だが」

「冗談はよせよ。ただのEランクが何故DランクやCランクの魔物を狩れるんだ」


「たまたまだ。俺が薬草を採取してる時に出くわしたから狩っただけだ」

「だからそれがおかしいと言ってるんじゃねーか。何故EランクがDやCの魔物を狩れるんだよ」

「多分相手が認識より弱かったんだろう」


「それでもEランクには狩れねえんだよ。いや違うか、普通のEランクでは狩れなくてもお前なら狩れると言う事か。ならお前は何だ。以前どっかでBとかAランクの冒険者をやってたとか言うんじゃねーだろうな」

「いや、冒険者になったのはここが本当に初めてだ」

「じゃー冒険者以外では何をやってた」

「そんなに知りたいのか」

「ああ、知りたいね」


 まぁこいつにならこれ位は教えてもいいかと言う気になっていた。ある意味ゼロはこのクリフトと言う男には信頼を置いていた。しかし、それはゼロにしては珍しい事だった。


「傭兵だよ。ある国で傭兵をやっていた」

「何、傭兵だと。そうか、それで対人専門なのか。今まで相当殺してきたんだろうな。何故やめた」

「飽きたと言うか、つまらなくなってな」

「よく言うぜ、飽きただ。人殺しに飽きたってか。恐ろしい奴だなお前は」

「そうか、それ程でもないと思うがな」

「言ってろ」


 それからクリフトはふと遠くを見つめる目になって

「まさかあいつらをお前の傭兵の手下にするつもりじゃないだろうな」

「それはないな。あいつらには向かないさ」

「それもそうか。だな」


 これにはクリフトも同意していた。あの3人は冒険者はやれても殺人者にはなれないと。


「それでお前はこれからどうするつもりだ。ここで落ち着くつもりなのか」

「そうだな、せっかく冒険者になったんだ。各地を回って冒険すると言うのもいいかなと思ってる」

「つまりいずれはここを出て行くと言うんだな」

「そうだ」


「なら、あいつらはどうする」

「あいつらならもう俺がいなくても十分やっていけるだろう」

「つまり卒業と言う事か」

「そうだ」


 ある日ゼロはカリヤス達3人を集めてこんな話をした。


「お前達のパーティは順調に成長している。Cランクになるのも間近だろう。しかし足りないものがある」

「足りないものですか」

「そうだ。それはメンバーだ」

「俺達3人だけではだめだと」

「全く駄目だとは言わない。これまで3人だけでここまでやって来れたんだからな。しかしこれから先を見据えればあと二人は欲しい所だ」

「あと二人ですか、それは」


「お前達も薄々気付いているんじゃないのか。後方支援がもう一人欲しい所だろう。お前達のパ-ティには回復魔法を使える者がいない。だからいつも最大戦力で戦えてないだろう。

 いつも最悪の状態を考えて撤退の時の為に魔力を温存してる。そんな戦い方をしてるんじゃないのか」


「確かに言われてみればそうかも知れませんね。意識はせずとも」

「そうだ。だから自分の能力の限界を出せないでいる。もしここで回復魔法の使える者がいたら全力で戦えるんじゃないのか」

「そうかも知れません。それでもう一人とは」

「それは遠距離攻撃の出来る者だ。今の所それはソーシアだけだろう」

「そうですね」


「ソーシアだって魔力は無限ではない。あと一人、遠距離攻撃の出来る者がいれば、お前達二人の前衛陣を助けて討伐もダンジョンの攻略も楽になるだろう」

「確かに。遠距離攻撃と言う事になれば弓使いですかね」

「まぁそんなところだ。ただし急ぐ必要はないぞ、ちゃんとパーティとして役に立つ者を選べ。」

「わかりました」


「それまで回復は薬に頼れ。必要なポーションはケチらずに十分用意しておけ。それがお前達の戦力アップに繋がるはずだ」

「そうですね、今までは無難な戦い方をしていたのでポーションなんかもったいないと思っていました。

 でもこの先Cランクになったらきっと過酷な戦いもあるでしょう。そんな時ポーションをケチって怪我をしては本末転倒ですからね」


「それだけわかっていればいい。これで俺からお前達に教える事は全て教えた。あとはお前達自身で道を切り開いて行け。お前達なら出来るはずだ」

「ゼロさん、それはどう言う意味ですか。もう俺達に教えてはくれないのですか」


「今のお前達ならもう人に頼らずともやっていけるだろう。あとは精進あるのみだ。俺は明日この町を出る」

「一体何処へ」

「冒険だよ。せっかく冒険者になったんだ。色々な国や町を見たくなったんでな。お前達には色々と世話になった礼を言う。ありがとう。頑張れよ」


「ゼロさん、いえ師匠。こちらこそ本当に今までありがとうございました。この御恩は一生忘れません。そしていつか名前を残せる冒険者になってみせます」

「俺もです師匠。二双剣に磨きをかけて見せます。ありがとうございました」

「あたしも。でももう会えないなんて寂し過ぎます。いえ、きっとまたいつか会えますよね。その時は成長したあたしを見てください、師匠」


 三人三様の思いを胸にゼロに別れを告げた。翌朝ゼロはこの始まりの町、ソリエンを離れて行った。行き先は一路北に向けて。


「あの野郎。これから先どんな冒険をしやがるんだか楽しみだぜ」


 クリフトは防壁の上からゼロの行く先を見つめて笑っていた。

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