母上、は……それで、いいのですか?
蒼と茜が駄弁りながら歩いていていた頃。
部屋に残った母子は――――
「……母上、なんなんですかっ!? あの二人はっ!?」
今にも泣きそうな、不安で堪らないという表情のライカがアストレイヤを見上げて言う。
「見ての通りだ。お前とて、感じていたのではないか? シエロとネロ……そして、ネレイシアが普通の子供ではない、と」
「そ、れは……確かに、そうですけどっ……ネロとネレイシアが神童と呼ばれいることも、知ってます。でもっ、あんな、あんなのっ……全然、普通の子なんかじゃないっ!?」
「そうだな。本当に、末恐ろしい子達だ。シエロ程度であれば、少々大人びた賢しらな子供、と言っても通じるだろうが……ネロ、ネレイシアの方は……まさしく、天才。麒麟児という言葉が相応しい。シエロには、乳母がいる。レーゲン……お前の父親の手の者も、近くにいるだろう。だが……ネロと、ネレイシアの近辺には、誰もいない」
嫌々をするように首を振るライカへ、アストレイヤは滔々と言い募る。
「え?」
「あの二人の母親は酷く気性が烈しく……離宮で、あの母親にまともに意見をできる者がいない。側妃の気に障り、大怪我を負わされ、離宮を辞した者が何名もいる」
「そ、れは……ネレイシアとネロは、無事なのですか? あの二人は、側妃から暴力を受けてはいませんか?」
「ああ。王子と王女に危害を加えると、離縁される可能性があるからな。レーゲンに執着しているあの女は、それは避けたい筈だ。むしろ……」
「むしろ、なんです? まさか、側妃を隠れ蓑にしてあの二人が……」
なにやら
「いいや。お前が考えていることではない。ただ、そうだな。むしろ、ある意味では想像を超える」
「どういう意味ですか?」
「数年前から、側妃宮で大怪我をする者がいなくなった」
「え?」
「数年前……正確には三年程前になるか。側妃宮で、大怪我をした者がいるから宮廷医を寄越すようにと火急の連絡が入った。怪我をしたのは、使用人の一人。それを、王子命令として治療の要請。それからその使用人の家族を呼び出し、ある程度の治療が済み、侍医から動かしてもいいとの許可が出るなり、家へと帰した。見舞い金まで包んでやってな? それから、幾度か宮廷医が呼び出されるような酷い怪我人が出て……その後、ピタリと大怪我をする者が出なくなった。代わりに、側妃宮の使用人の出入りが激しくなった。が、辞めさせられた者は皆、次の務め先の紹介状を持たされていた。信じられるか? ライカ。これらの指示を出していたのが全て……当時たったの三つの子供だということを」
「そんな、こと……あるワケないじゃないですか! 母上っ、側妃宮には、とても優秀な執事がいたのでしょう? 絶対、そうに決まっています!」
「執事……というか、側妃宮を取り纏める者はいる。しかし、ネロとネレイシアが……言葉を話せるようになったという頃から。僅か三つになる前には、側妃宮は実質的に、あの双子が執り仕切っていたらしい」
「え? なにを、言ってるんですか……?」
「これは、嘘などではない。信じられない話ではあるが、側妃宮に勤めたことのある使用人達の証言だ。彼らが、ネロとネレイシアを神童と称して異様に慕っている理由がこれだ。詳細に調べれば調べる程、信じられないことばかりが出て来るがな?」
アストレイヤは、ネロとネレイシアへ恐怖を抱き始めたライカを見据え、問い掛ける。
「ライカ」
「……はい」
「お前は、そんなシエロと、そして。ネロとネレイシアのことを、信じられるか?」
「え?」
「あの子達は、おそらく
「?」
「だが、お前は、お前自身が、あの子達のことを、その信頼を、裏切らずにいられるか? あの、末恐ろしい子達がお前の臣下に降り、お前とわたしのことを支えると宣言しただろう」
「はい、先程の……」
「お前は、彼らが、自分の寝首を掻かないと、自分の味方でいてくれるというその宣言を疑わず……いいや、多少の疑念くらいはいい。しかし、最終的には、彼らのことを信じられるか?」
自分よりも優れた者が自分の下に付き、自分を支えて、助けてくれると宣言している。
そのことに対し、猜疑心を持つこと無く……いや、猜疑心を持ったとしても、その者を裏切ること無く、信じ続けられるか? と、アストレイヤは息子へ厳しく問い掛ける。
「そ、れは……」
「お前は将来、あの子達を臣下とし、自分が顎で使うことを想像できるか?」
「い、え……難しい、と思います。とても……」
「ならば、お前がネロの下に付くことも想定しておけ」
「え?」
「第一王子だったレーゲンが愚王に成り下がった。血統重視で王に選ばれたが……現状、奴は国を乱し掛けている。それを今、わたしがどうにか食い止めていると言ったところだ」
「はい。先程、ネロが言っていました。母上が、国を支えてくれているお陰だと」
「次に王になる者は、レーゲンのやらかしの尻拭いと、崩れた貴族間のバランス制御。そして、国の立て直しに奔走することになるだろう。能力が足りぬと思うのであれば、潔く玉座を明け渡せ。その方がお前の為だ」
「母上、は……それで、いいのですか? 僕、が……」
「構わん。それで国の平穏が保たれるならば。わたしは誰が玉座に座ろうともな」
アストレイヤは俯いて言い淀むライカの言葉を遮り、あっさりと告げる。
「そう、ですか……」
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