第188話 リオネッロとアンジェリカ

2024/05/21 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 部屋の中に入り、真っ先に目に飛び込んできたものはボロボロになったキングサイズの天蓋付きベッドだ。


 なるほど。この部屋はここの主人の部屋だったのだろう。他にもテーブルセット、書き物をしたであろう机、大きなタンスなど様々な調度品がしつらえられてあるが、その品質は明らかにこれまでの部屋とは一線を画している。


 そしてタンスの中には古いドレスが大量にしまわれており、ここが女性の部屋であったことをうかがわせる。


「ここの女主人の部屋ね」


 ティティは無遠慮にあちこちの引き出しを開けて中身を確認していき、やがて一冊の本を発見した。


「ティティ、それは?」

「さあ。これから読むけど、日記帳じゃないかしら?」


 ティティはその本を開き、中身を確認する。


「やはり日記帳だったわ……そう」


 ティティはパラパラと中身をめくり、険しい表情になった。


「どうしたの?」

「法王の言っていたことは正しそうね」

「え?」

「だって、建国王リオネッロとのことが書いてあるもの。この日記を書いた人との間に娘がいたそうよ」

「ええっ!?」

「読んでみる?」


 俺はティティに日記を渡され、申し訳ないと思いつつも読んでみる。


 するとそこには日記の主の女性と建国王リオネッロ、そして二人の娘であるアンナマリアに関することが中心に書かれていた。その内容からは、この女性がどれだけ建国王リオネッロと娘を愛しているかが伝わってくる。


「ああ、あったわ。ここには初代マッツィアーノ公爵アンジェリカが住んでいた。それで間違いないわ」


 そういってティティの手には古ぼけた紙がある。


「それは?」

「建国王がアンジェリカに送った手紙よ。当時のアンジェリカはあちこちの貴族から狙われていたようね。幽閉するような形でしか守れないことについて謝罪しているわ。それと、これは面白いわね」

「え?」

「今の王家、誰一人として建国王の血を引いていないみたいよ」

「え? 嘘?」

「でも、ほら。自分の子供はアンナマリア一人だって書いてあるわよ。アンジェリカ以外にねやを共にしたことはないって」

「たしかに……」


 この手紙が本物で、これが公になれば今の王家の正統性は全否定される。


「もし本当なら、スキャンダルどころの騒ぎじゃないね」

「そうね。でもこんなところに偽物の手紙を置いておく理由もないでしょう? そもそもこの部屋には闇の魔力がないと入れないし、聖廟には光の魔力がないと入れないのよ? もし偽物だったとして、犯人はどうやって置いたのかしら?」

「それはそうだけど……」


 さすがにすんなりとは受け入れがたい。


「ふうん。魔力が無くても出ることはできるみたい。ということは、建国王は隠居して、晩年をこの塔でアンジェリカと一緒に過ごしたのかしら?」


 ティティはそんなことを言いながら、次々と引き出しの中身を確認していく。


「あら? アンナマリアはここを出て結婚したみたいね。アンジェリカに向けた手紙があるわ。ほら」

「……本当だね」


 そこにはアンナマリアが息子を出産し、母となった喜びとアンジェリカに対する感謝、そして孫をアンジェリカに見せに行けないことに対する悲しみがつづられていた。


 それからもティティはあれこれと探し回り、別の日記帳を発見した。


「なるほど。二人の遺体は上の階ね。行きましょう」

「あ、ああ」


 俺は日記帳と手紙を元の場所に戻し、アンジェリカの部屋を後にしたのだった。


◆◇◆


 上の階の部屋にも扉があったが、特に鍵の掛けられていない普通の扉だった。その部屋にも古ぼけたカーペットは敷かれていたが、家具などは一切置かれていない。


 ただ、部屋の奥には二つの石の棺が並べて置かれており、遺影代わりだろうか? それぞれの棺の置かれた壁のところに古ぼけた肖像画が飾られている。


 どちらも晩年のもののようで、男性のほうは青い瞳で、女性のほうはマッツィアーノの瞳だ。ということは男性が建国王で、女性がアンジェリカなのだろう。


 さらに壁にはきっと家族の記録なのだろう。ずらりと肖像画が並んでいる。若い男女が二人で微笑んでいるものに始まり、赤子を抱いているものもある。そして徐々に娘が成長していき、男女は少しずつ老いていく。だが彼らの表情は常に幸せそうで、この家族が幸せな人生を過ごしたであろうことを感じさせてくれる。


 ただ、俺としてはどうにも不思議な気分になってしまう。というのもアンナマリアの肖像画が、他人の空似というにはあまりにもティティにそっくりなのだ。


 違うところといえば、アンナマリアの瞳が父親そっくりの青い瞳というところくらいだろう。もしこれがマッツィアーノの瞳であれば、ティティの肖像画だと言われても納得してしまうほどだ。


 どうして……?


 動揺する俺をよそに、ティティは二人の棺の前でひざまずいて祈りを捧げた。


 そうして長い祈りを捧げたティティはすっと立ち上がり、俺のほうを見る。


「ねえ、レイ」

「何?」

「アンジェリカの棺を開けてくれる?」

「えっ!? 棺を?」

「ええ、そうよ。多分杖が入っていると思うの」

「杖?」

「そう。初代マッツィアーノ公爵が建国王と一緒に戦ったときに使ったという杖よ」

「い、いいのかな? 棺を開けるなんて……」

「いいのよ。別に赤の他人が使うわけじゃないんだもの」

「え?」


 一瞬その言葉に強い違和感を憶えた。


「それに、アンジェリカだってこの杖がきちんと使われたほうがいいと思うはずよ」

「そうかな……」


 いや、でも待てよ?


 よく考えててみればティティはマッツィアーノ公爵で、アンジェリカの弟の子孫なのだ。かなり遠いし直系というわけでもないが、親戚ということになる。


 そうだ。ティティの言うとおりだ。おかしなことは何もない。あれだけ似ているのも血のつながった家族だからなのだ。


「うん。分かった。でもちょっとその前に」


 アンジェリカの棺の前に跪き、挨拶と礼を失することを予め詫びた。


 それから俺は重たい棺の蓋を開ける。中には完全に白骨化した遺骨があった。


 これがアンジェリカの遺骨なのだろう。彼女は大きな闇の欠片があしらわれた小さな黄金の、いや、オリハルコンのロッドを胸に抱くような格好で眠っている。


 ティティは頭蓋骨に頭を近づけそっと何かをささやくと、慎重にそのロッドを引き抜いた。


「もういいわ。棺を閉じて」

「うん」


 俺はそっと棺のふたを閉じた。


「もういいわ。行きましょう」

「ああ」


 こうして俺たちは二人のお墓を後にし、ティティに促されて再び建国王の石像のところへと戻ってきた。


「ティティ、どうするの? やっぱり壊す?」

「壊さないわよ。こうするの」


 ティティがロッドを振るうと、なんと石像が動き始めたではないか!


 そして石像は台座の上でしゃがみ、俺に向かって剣を差し出してきた。


「ほら、レイ。受け取って。それが英雄の聖剣よ」

「あ、ああ……」


 こうして俺は石像から英雄の聖剣を受け取ったのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/05/22 (水) 18:00 を予定しております。

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