第189話 神のお告げ

 聖廟を後にし、俺たちはレムロスの大聖堂に戻ってきた。すぐに法王猊下に報告に向かおうとしたのだが、中に入るとすぐに後ろから声を掛けられた。


「公爵! レクス! 二人とも戻ったのだな」

「王太子殿下、キアーラさんも。どうでしたか?」

「ああ。マルゲリータ嬢は快く貸してくれたぞ」


 キアーラさんの頭にはマルゲリータ様が身に着けていたあの髪飾りが輝いている。


「そちらはどうだった?」

「はい。こちらも無事に英雄の聖剣を手に入れました。今から法王猊下に報告しに行こうと思っていました」

「そうか。ならば共に行こう」

「はい」


 こうして俺たちは法王猊下の執務室へと向かった。ノックして執務室に入ると、そこにはなんと法王猊下だけでなく、聖女リーサの姿もあった。


「皆さんよくぞ戻りましたな」


 法王猊下は穏やかな笑みを浮かべながら俺たちを迎えてくれた。


「どうやら目的を果たされたようですね」

「ええ。英雄の聖剣と、それから先祖の杖も」


 ティティはそう言ってアンジェリカの棺から取り出した杖を見せた。


「おお、そうでしたか。それは良かった……」


 どうやら法王猊下はその存在を知っていたようで、特に何かを聞き返してくることはなかった。


「こちらも聖女の髪飾りを借り受けることができた」

「そうでしたか。結構なことです」


 俺はまた騒ぎ始めるのではないかと不安に思い、聖女リーサの様子をちらりと確認した。だがそれは杞憂だったようで、聖女リーサはすっかり落ち着いている。


 そのまま王太子殿下と法王猊下が話していたのだが、そこになんとティティが割り込む。


「王太子殿下、時間がありません。早くコルティナにいるファウストお兄さまを討ちましょう」

「どういうことだ?」

「悪魔と化したファウストお兄さまがコルティナのマッツィアーノ公爵邸に戻りました。今はまだそこに留まっていますが、早く討たなければ取り返しがつかなくなります」

「なぜそのようなことが?」

「私には独自の情報網がありますので」

「……そうか。たしかにマッツィアーノならば、そのくらいの組織を持っていても不思議はないだろう。よし、分かった。すぐにでも北へ――」

「待ってください!」


 黙って立っていた聖女リーサが突然話に割り込んできた。


「何かな? 聖女リーサ」


 王太子殿下はやや警戒した様子で聖女リーサを見る。するとなんと聖女リーサは深々と頭を下げてきた。


「王太子殿下、キアーラさん、この前はすみませんでした。あと、その、マッツィアーノ公爵にも、その、すみませんでした」

「……その件はもういい。猊下の顔に免じ、すでに許した」


 王太子殿下はそう返したが、ティティは無表情のままだ。


「はい……」

「もういいかな? では――」

「あ、あのっ!」

「まだ何か?」

「はい。その……私、実は、神様のお告げ、とでも言えばいいんでしょうか? それで、ちょっと未来のことが分かるんです」

「何?」


 王太子殿下はピクリと眉を動かし、法王猊下のほうに視線を向ける。すると法王猊下は穏やかな表情のまま小さくうなずいた。


「……なるほど。いいだろう。話してみろ」

「はい。お告げの内容は、北の大地に悪魔が現れて、世界を滅ぼそうとするっていうものでした。その悪魔は生き物を殺してしまう瘴気というものをき散らすんですけど――」

「瘴気だと? その話はどこで聞いた? 誰かに聞いたのではないのか?」

「違います! 神様のお告げで……」

「殿下、聖女リーサは殿下がお戻りになるよりもかなり前からこの話をしておりました。嘘はついておりません」

「……そうか。分かった。それを信じよう。聖女リーサ、続けてくれ」

「はい。それで、その瘴気に対抗できるのはですね。先代聖女のすべての装備を持った聖女だけなんです。聖女が祈りを捧げると瘴気を退ける光の守りが宿って、聖女の周囲だけは瘴気の影響を受けなくなるんです」


 その効果はサンクチュアリだ。間違いない。


「それで?」

「悪魔を倒すには、英雄の聖剣が必要なんです。普通の剣では悪魔を傷つけることはできないんですけど、英雄の聖剣だけは違います。でも、聖女が祈りを捧げないと悪魔は復活してしまうんです」


 ああ、なるほど。そういうことか。どういう心境の変化があったのかは分からないが、要するにそれが原作小説で主人公がラスボスを倒した方法なのだろう。


 それに前回の戦いでも光属性魔法はファウストに効果があった。つまりブラウエルデ・クロニクル流に解釈すると、悪魔には光属性が有効属性だということだろう。


 また、英雄の聖剣については未実装だったので正確なところはよく分からないが、悪魔系特攻の武器であるか、敵の防御力を無視する貫通効果がついているか、あるいは単に神金オリハルコン製で攻撃力が高く、防御力の高い敵にも有効であるかのどれかだろう。


 だがティティは聖女リーサに対し、無表情のまま問いかける。


「神がどうしてそんな具体的なお告げをするのかしら? 普通はもっと抽象的で、分かりにくいものじゃないのかしら?」

「そ、それは……分からないですけど、その、聖廟で英雄の聖剣を取ってきたんですよね?」

「ええ、そうね」

「じゃあ、お告げでのことをお話します。英雄の聖剣は、聖廟の入口にあった建国王の石像が持っていたはずです。そしてお二人は建国王の石像と戦い、それを倒して英雄の聖剣を手に入れたんですよね?」

「それもお告げで?」

「はい」

「……そう。たしかに石像が持っていたわね。でも戦っても倒してもいないわ」

「えっ? 倒さないで取れたんですか?」

「ええ。私はマッツィアーノだから」

「そう、なんですね……」


 聖女リーサはしょんぼりとなってしまった。過去の所業を考えれば仕方ないが、やはりティティは聖女リーサにかなり悪い印象を持っているらしい。


 だが、原作小説を知っている聖女リーサは、まだまだ俺たちの知らない情報を持っているかもしれない。


「ティティ、ちょっと待って。俺があのとき戦った経験からすると、聖女リーサの言っていることは大体合っていると思う。だから最後まで話を聞いてみようよ」

「そう。分かったわ。続けてちょうだい」

「いえ……ただ、この先はお告げとはちょっと違うんです。本当はあたしが頑張らなきゃいけなかったし、それに悪魔も本当は別の人が……」

「どういうこと?」

「その、悪魔はとても強い怨念とか無念とか、そういったものを持って死んだマッツィアーノ公爵家の、それもマッツィアーノの瞳を持つ人を依代に降臨するんです」

「降臨? じゃあアレはファウストお兄さまじゃないってことかしら?」

「はい。ただ、悪魔は依代となった人の怨念に突き動かされるんです。だから、もしその人が世界を破滅させたいと願っていたら世界を滅ぼそうとするんです」

「そう。そういうこと……」


 なるほど。それでファウストはあれほど執拗にティティだけを狙ってきたということか。


「他に何かあるかしら?」


 すると聖女リーサは首を横に振った。


「なら、急いだほうがいいわね。レイ、王太子殿下、コルティナに向かいましょう」

「え? ちょっと待って!」

「レイ、何かしら?」

「ファウストの狙いはティティなんだ。だったら安全なレムロスにいたほうがいい。ただでさえティティにはファウストを攻撃する手段がないんだし、一撃を受ければ致命傷になる可能性がある。それにモンスターだって奪われたじゃないか」

「公爵、そのような事情であれば私もレクスの言うとおりだと思う。護衛対象が増えるのは望ましくないし、公爵のモンスターを奪われるというのであればなおさらだ」


 しかしティティは首を横に振る。


「殿下、そういうわけにはいきません」

「なぜだ? まさか公爵としての責任があるとでも言うつもりか? それならば尚のこと、公爵は生き残る必要がある」

「いえ、そうではありません。ファウストお兄さま、いえ、悪魔は近いうちに私を見つけるはずです」

「何?」

「私の従えているモンスターたちは今も次々と悪魔の手に落ちています。このまま行けばそのモンスターにより私は見つかり、悪魔もそのことを知ることになるでしょう。ですから私がレムロスに残れば、悪魔が襲ってくるのは殿下のいる場所ではなくレムロスとなるでしょう」

「……そうか。公爵を連れて行かねば入れ替わりとなる可能性が高く、悪魔に対する対抗手段を持たない公爵はなすすべがない。そういうことだな?」

「はい」

「だが、いいのか? マッツィアーノが王家に頼るなど……」

「あら、王家だってマッツィアーノを頼ることになりますよ。だって、レイはこの話を聞いた以上、私から離れませんから。ねえ、レイ。そうでしょう?」

「え? ああ、うん。もちろん。ティティが危険にさらされるなら、俺はここに残る」


 すると王太子殿下は額に手を当て、しかめっ面となった。


「そうだな。まったく、公爵は……」


 そう言って小さくため息をつく。


「仕方ない。下らないことで張り合っている場合ではないしな。分かった。では精鋭を率い、すぐにコルティナへ向かうとしよう」

「ええ」


 カンカンカンカン!


 ティティが頷いた次の瞬間、突如モンスターの襲来を告げる鐘がレムロスに鳴り響いたのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/05/23 (木) 18:00 を予定しております。

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