第176話 奇襲

「ゼレ゛ズディア゛ァァァ!」


 建物の中へと入った俺たちをファウストが追いかけてきた。俺は追いつかれないよう、ティティをお姫様抱っこしながら全力で廊下を走って逃げる。


 廊下を駆け抜け、階段を下りて三階の廊下にやってきた。


「レイ、待ち伏せをするわよ。降ろして」

「ああ」

「それじゃあ、レイはその部屋に隠れてファウストお兄さまの背後を狙って。私はファウストお兄さまが見えたらすぐにあっちの部屋に入るわ」


 ティティはそう言って俺の部屋のはす向かいの部屋を指さした。しかもティティの入る部屋は俺の部屋よりも階段に近い。


「え? でもそれってティティをおとりにするってことじゃ……」

「心配してくれるのはいいけど、今はそれどころじゃないでしょ? レイの魔法の射程はもう完全に把握されてるわ」

「う……」

「じゃあ、そういうことで。ほら、早くそこに隠れて。ファウストお兄さまが来てしまうわ」

「ああ」


 反論できなくなり、俺はティティに指示された部屋の中に隠れた。ティティは廊下の中央に立ち、階段のほうをじっと見ている。


 すると階段のほうからひたひたと足音が聞こえ、やがてファウストが姿を現した。


「ファウストお兄さま、私はここよ」


 ティティはそう声を掛け、これ見よがしに部屋の中へと入っていく。


「ギ……」


 ファウストは警戒しているのだろう。生憎今いる部屋の中からファウストの姿は見えないので断定はできないが、近づいて来るような気配は感じられない。


 そのまま数分待っていると、ようやくひたひたという足音がこちらのほうに近づいてきた。


 だがやはりファウストは相当警戒しているようだ。何度も立ち止まっているのか、度々足音が聞こえなくなる。


 それでもひたすら息をひそめて待っていると、ファウストがティティの隠れた部屋の前までやってきた。


 ファウストは迷わずにドアノブに手をかけた。だがティティが内側から鍵を掛けたのだろう。ドアノブを回そうとしても、ガチャガチャと音を立てるだけだ。


「ゼレ゛ズディア゛ァァァ!」


 ファウストが突然叫び、扉を殴りつけた。


 バキン!


 ファウストの拳はいとも簡単にドアを貫通した。だがドアは原型をしっかりと保っており、ファウストの右腕が肩までめり込んでいる。


 今だ!


 俺は一気に部屋を飛び出し、ホーリーをエンチャントした剣で背後から斬りつけた。


 ガキィィィィィン!


 多少は柔らかそうな翼を斬りつけたのだが、それでも残念ながら傷つけることはできなかった。どうなっているのかさっぱり分からないレベルで硬いが、ホーリーはしっかり発動している。


「ギィィィィィィ!」


 だがファウストは苦しそうな叫び声をあげている。


 よし! 効いてる!


 俺は再びホーリーエンチャントして、何度も何度もファウストを斬りつける。


 そして……。


 バギン!


 なんとついに俺の剣のほうが折れてしまった。


 くそっ! なんて硬さだ!


「ギ、ギギギ」


 だがファウストは明らかに動きが鈍っている。


 まだだ! まだやれる!


 俺は手を突き出し、直接ホーリーを何度も何度も叩き込んでいく。


「ガァァァァァ!」


 ファウストは雄たけびを上げ、何の前触れもなく黒い弾丸を放ってきた。


 しまった! 避けられない!


 俺は至近距離で放たれた黒い弾丸を五発もくらってしまった。魔界の影と戦ったときのように体から力が抜けていく。


 くっ! デバフ効果もあるのか!


 俺は気合でバックステップを踏みながらサンクチュアリとヒールを掛け、デバフを解除と傷の治療を行う。


 一方のファウストはというと翼を広げて宙に浮き上がると、階段のほうへと飛んでいった。そして階段の窓ガラスを突き破り、そのまま姿を消した。


「……え? 逃げた? え? マジで!? って、逃がすか!」


 俺は慌てて追いかけ、ファウストが割れた窓からファウストの姿を探す。


 ……いた!


 ファウストはすでにこの屋敷の敷地を出ており、北に向かってフラフラと飛び去って行くところだ。


「レイ? もしかして逃げられたの?」

「ああ。ごめん、逃げられた」


 いつの間にかティティが部屋から出てきていた。


「……仕方ないわ。でも、いずれまた襲われるでしょうね」

「だよね。どうしよう?」

「そうね。まずは住民の避難かしら?」

「え?」

「ほら、見て」

「あっ! あいつ! 瘴気を!」


 そう。ファウストが大量の瘴気を撒き散らし始めたのだ。


「パルヴィアに向かうわよ」

「パルヴィア?」

「ここから南にある都市よ。あそこなら十分な人手があるし、王太子殿下たちもちゃんと仕事をしてくれているみたいだから」

「わかった」

「ただ、その前に行くところがあるわ」


 ティティはそう言うと三階の廊下へと戻っていったので、俺は慌ててそれを追いかける。


「ティティ、待ってよ。一体どこに?」

「いいからついてきて」


 俺たちは長い廊下を進み、高そうな装飾の施された扉の前にやってきた。ティティは扉を開けようとしたが、鍵がかかっているようだ。


「レイ、壊せる?」

「いいの?」

「構わないわ。それより、絶対に持ちださなきゃいけない物が中にあるの」

「分かった」


 俺は身体強化を発動し、ドアノブの部分を思い切り蹴とばした。


 バキンという音と共にドアノブとその周りにひびが入る。それを五回繰り返すと鍵が壊れ、扉が開いた。


 どうやらこの部屋は執務室のようだ。扉の正面には金細工の施された執務机がしつらえられている。


「ありがとう」


 ティティはそう言うとするりと中に入り、真っすぐに執務机に向かった。そして袖机の一番下の引出しに手を当てて魔力を流す。


 少しすると引出しが開き、ティティはそこから金の指輪を取り出した。かなりごてごてしており、派手なデザインの指輪だ。


「それは?」

「マッツィアーノ公爵家の当主の証となるシグネットリングよ」


 ティティはそれを右の小指にはめた。だがサイズが合っておらず、かなりぶかぶかだ。それにはっきりいってティティにはまるで似合っていない。


 ああいうのはどちらかというとクルデルタのほうがピッタリなイメージだ。


 そんなシグネットリングをティティはじっと見つめている。


「私の名はセレスティア・ディ・マッツィアーノ、マッツィアーノ公爵家を継ぐ者よ。指輪よ。私に従いなさい」


 ティティがそう宣言すると、シグネットリングが黒い光を放った。


 シグネットリングはみるみるうちに小さくなり、ティティの指にピッタリのサイズとなった。しかも驚いたことに、そのデザインまでもが変化している。


 一見すると冷たい印象を受けるが、よく見るととても繊細で、どこか優しい女性のような、そう、まるで今のティティのようなデザインだ。


「……私だとこういうデザインになるのね」

「どういうこと?」

「このシグネットリングはね。持ち主の闇の魔力を使って、その人に合った形に変化するの」

「そうなんだ。すごくに似合ってるよ。繊細で優し気で、ティティにピッタリだ」

「そう……ありがとう」


 ティティはそう言うと、複雑そうな表情を浮かべた。


「もうここに要はないわ。行きましょう」


 こうして俺たちは執務室を後にするのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/05/10 (金) 18:00 を予定しております。

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