第171話 マッツィアーノの最後

 それから俺たちはコルティナの街壁付近を中心にあちこちを文字どおり飛び回った。といっても、俺やテオが何かをしているわけではない。ティティが暴れまわるモンスターの一部を従え、同士討ちをさせて回っているのだ。


 たしかにこうすれば人間がわざわざ戦う必要はない。生き残った手負いのモンスターだけを倒すだけでいいのだから、人的被害は最小限に抑えられる。


 ……もしマッツィアーノが正しくこの力を使っていれば、一体どれだけの人が救われたのだろうか?


 そう考えるとなんともやるせない気分になる。


 そうこうしていると、ティティがぼそりとつぶやいた。


「そろそろね」

「え?」

「決着をつけに行きましょう」


 俺たちを乗せたワイバーンは、あの忌まわしきマッツィアーノ公爵邸のほうへと進路を変える。


 そうして因縁のあの庭の上空へとやってきた。


 だが往時の整った庭は見る影もなく、大量のモンスターの死体と瓦礫でぐちゃぐちゃになっていた。その中でも特に激しい戦闘があったらしい廃墟の近くには赤と黒のドラゴンや大量のワイバーン、そして何十もの兵士の死体が無造作に転がっている。


 ……ん? あの緑色のはなんだ?


 何やら緑色をした見たこともない二体の巨人が横たわっている。見たことも聞いたこともないが、きっとあれもモンスターなのだろう。


 さらにその近くでは、二人の黒髪で赤い瞳を持つ男が膝をついて、にらみ合っている。


 一人はクルデルタ・ディ・マッツィアーノだ。もう一人は……きっとあいつがファウストだ!


 二人ともボロボロで、満身創痍という言葉がピッタリだ。きっと激しい戦いを繰り広げていたのだろう。


 俺たちを乗せたワイバーンはクルデルタの隣に着陸した。するとクルデルタはニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「おお! セレスティア! どこに行っていたのだ! さあ! 早くそこの愚か者を始末しなさい」


 ティティは周囲を見回すと、無言のまま地面に降りた。俺もそれに続く。


「む? セレスティア? なんだその男は? どこの馬の骨とも知れん男との交際など認めんぞ!」


 クルデルタが何やら普通の父親のようなことを言っているが、ティティは無表情のまま俺に耳打ちしてくる。


「ねえ、レイ。お父さまを斬ってくれる? 孤児院のみんなの仇よ」

「……いいのか? あれでも一応は父親じゃないのか?」

「あんなのを父親だと思ったことなんてただの一度たりともないわ。それよりも今のうちに早くやって。今を逃せばお父さまを殺すチャンスはなくなるわよ」

「分かった」


 そうか。やはりマッツィアーノ公爵になっただけあって、クルデルタはそれほどの実力者なのだろう。


 俺は警戒したまま、一歩前に出る。


「なんだ貴様! 俺を誰だと思っているんだ! セレスティア! 何をやっている! この無礼者を止め――」


 俺はクルデルタが言葉をすべて発する前に身体強化を使い、一撃でその首をねた。鮮血が噴き出し、ものすごい形相をしたクルデルタの頭部が地面に転がる。


「ふふ。他人を誰一人として信じず、道具としてしか扱ってこなかったお父さまが最後に私なんかを信じただなんて、滑稽ですね」


 ティティは無表情のまま、小さくそう呟いた。一方のファウストはその光景がよほど意外だったのだろう。目を見開いて驚いている。


「な? セレス……ティア? 一体……何を?」

「何って、ファウストお兄さまだって同じことをしようとしていたじゃありませんか」

「な……お前、私をめたのでは……」

「ええ、そうですね。ですが同時にお父さまも嵌めました。まさかここまで上手くいくとは思いませんでしたが」

「そ、そんな……セレスティア! まさかお前! すべて!」

「はい。計画どおりですね」


 ファウストはなんとかといった様子で立ち上がり、ティティを睨みつけた。しかしティティはゾッとするほど冷たい視線をファウストに向けている。


「セレスティア! お前! よくも!」


 そう叫んだファウストの瞳には憎悪の炎が燃えている。


「ファウストお兄さま、申し訳ありませんがファウストお兄さまのお相手をするのは私ではありません。こちらの二人の騎士様です」


 そう言われ、俺たちはティティを守るように前に出た。


「……なんです? お前たちは。私がファウスト・ディ・マッツィアーノと知っての狼藉ですか!」

「ああ、そうだ」

「こいつがケヴィンさんの仇……!」


 しかしファウストのほうは記憶にないようだ。


「ケヴィン? 一体なんの話です? そんなことよりも私に寝返りませんか? そうすれば金も女も――」

「ふざけるな! お前は強化モンスターを使ってケヴィンさんを殺した! お前が覚えていなくても俺は覚えている! 俺は絶対にお前を許さない!」

「強化モンスター? ああ、そんなのはもう何年も前の話じゃありませんか。今さらそんなものはどうでもいいでしょう? 大体、そのケヴィンとやらもきっと人類の偉大なる進歩のための犠牲となれて喜んでいるはずですよ」


 ファウストは悪びれた様子もなく、そう言い切った。ロザリナといい、こいつといい、思考回路が完全に壊れている。


「おい、レクス。もう無駄だ。さっさと仇を討とうぜ」

「ああ、そうだな」


 俺たちが剣を構えると、ファウストは片手をあげた。するとどこからともなく二体のギガンティックベアが現れる。


「ギガンティックベアか。俺は右な」

「なら俺は左だ」


 俺は身体強化を発動し、一気にギガンティックベアとの距離を詰めるとすれ違いざまにホーリーをエンチャントした剣で斬りつけた。ギガンティックベアはその一撃で地面に崩れ落ちる。


 一方のテオのほうはというと、ギガンティックベアを丸焼きにしていた。


「なっ!? バ、バカな! ギガンティックベアがたったの一撃で!? しかも炎の魔法? 貴様! 一体誰の差し金ですか!? ……まさか王妃ですか? 王妃はマッツィアーノと通じるつもりではなかったのですか!?」

「そんなわけねぇーだろ! 俺は! ただの! 冒険者だ!」


 テオは一気に間合いを詰めると、ファウストの左腕を斬り飛ばした。


「テオ!」

「おう!」


 続いて俺はテオと入れ替わり、ファウストの心臓のあたりに剣を突き立てる。


「が……は……そんな……バカな……セレス……ティア……」


 ファウストは俺に刺されたというのに、ものすごい形相でティティのほうを見ている。


「お前は! 地獄で! 反省しろっ!」


 俺は剣を引き抜きながらファウストに前蹴りをし、大きく距離を取った。ファウストは傷口からまるで噴水のように大量の血を噴き出しながらよろめき、後ずさる。


 そして、そして……そのまま力なく崩れ落ちるのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/05/05 (日) 18:00 を予定しております。

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