第169話 奥の手

 クルデルタはサンドロと互角の戦いを続けていた。日が沈んでからも続いた戦いの激しさを物語るかのように、庭のあちこちには爆発の跡があり、ファウストの研究所も建物の一部が倒壊している。


 さらに周囲にはおびただしい数のモンスターの死体が転がっており、その中にはクルデルタのブラックドラゴンも含まれていた。


「はぁ、はぁ、はぁ。サンドロ……」

「グ、ガガ……」


 どちらも満身創痍といった様子で向かい合ってはいるものの、傍目はためにはサンドロのほうが重傷に見える。なぜならサンドロは左腕を丸ごと失っているのに対し、クルデルタは全身から血を流してはいるものの五体満足だからだ。


「もういい。楽にしてやる」


 クルデルタはそう言うと、周囲に残る配下のモンスターたちをサンドロに突撃させた。


「グガ、グゥ」


 サンドロはモンスターたちを残った右手で剣を振り、倒していく。だがそこに距離を詰めたクルデルタが斬りかかった。


 キイイイン!


 激しい金属音が鳴り響く。


 二人はつば競り合いの状態となる。だがすぐにクルデルタは体をひねり、サンドロの怪力を受け流した。


 サンドロはそれに対応できずによろめく。


 クルデルタはその隙を見逃さない。するりとサンドロに組み付くと、まるで柔道の大外刈りのように足を払った。サンドロの巨体は宙を舞い、見事に背中から地面に叩きつけられる。


 クルデルタはすぐさま懐に忍ばせていたナイフを抜き、サンドロに突き立てた。このナイフも光のナイフだったようで、まばゆい光を放つ。


「グガァァァァァ!」


 サンドロは苦しそうなうめき声を上げた。クルデルタはさらに懐から光のナイフをもう一本取り出し、サンドロに突き立てる。


「グ、ガ、ア……」


 サンドロはビクンと体を痙攣けいれんさせると、そのまま静かになった。胸は上下しているのでまだ生きているようだが、抵抗する力はもう残っていないのだろう。


「ふん。ファウストごときにやられおって。愚か者が」


 クルデルタはさらに光のナイフをもう一本取り出し、突き立てた。再びホーリーが発動する。


「俺の跡を継ぐのはお前だと思っていたが、分からないものだな」


 そうつぶやいたクルデルタの表情は複雑だ。


「ふん。さらばだ」


 クルデルタは剣を構え、そして一撃でサンドロの首をねる。


 サンドロの頭部はあっさりと胴体から離れ、地面に転がった。


 すると――


 パチパチパチパチ。


 突然拍手が鳴り響き、ボーリングの球ほどはあろうかという大きな黒い球を脇に抱えたファウストが現れた。


 クルデルタはファウストをギロリとにらみつける。


「……悪魔のコアなど持ちだして、一体なんのつもりだ?」

「そんなに睨まないでくださいよ。魔人となったサンドロを倒した父上に感服していたのですから」

「ほう? 随分と余裕だな。とっくに逃げたと思っていたがな」

「まさか。逃げる必要などありませんからね」


 そう言ってファウストは不敵に笑い、クルデルタは眉をピクリと動かした。


「父上の言う、愚か者の研究がどれだけすごいか見せて差し上げましょう」


 ファウストはそう言うと、手に持っていた大きな黒い球を天に掲げた。


「さあ! モンスターたち! 集いなさい!」


すると黒い光が天を貫く。


「何ッ!? まさか!」

「どうですか? これが研究の成果です! この悪魔のコアには膨大な闇の魔力が込められていますからね。それを利用すればこの程度のことは造作もありません」

「馬鹿な! 悪魔のコアの魔力を引き出したというのか!? そんなものに触れれば正気を失うはずだ!」

「ええ、そうですね。ですが、私はその影響を最小限に抑える方法を見つけたのですよ」


 ファウストは余裕の笑みを浮かべる。


「さあ、父上。今度こそ本当に爵位継承の時間です!」

「くっ! この!」


 クルデルタも負けじと手を天高く突き上げた。


「父上も総動員ですか。ですが、いくら父上といえども、あれだけサンドロにやられればもうろくな戦力は残っていないでしょう? ですが私の戦力は無傷ですからね」


 そう言ったファウストの隣に三頭のギガンティックベアが現れた。


「……ならば貴様のモンスターを奪えばいい!」


 クルデルタはギガンティックベアに向けて手を突き出したが、すぐに小さく舌打ちをした。


「おやぁ? どうしました? もしや、魔力が強いはずの父上が愚か者の私のモンスターを奪えなかったのですか?」

「ぐ……」


 クルデルタは悔しそうな表情でぎりりと歯ぎしりをし、ファウストは勝ち誇ったような表情を浮かべている。


 と、遠くのほうで何かが崩れる音がした。


「どうやら私の呼んだモンスターたちが街壁を突破したようですね」

「なんだと!? 貴様、町を破壊するとはどういうつもりだ!」

「どういうつもり? 何を言っているんですか?」

「そこまでやれば被害が大きすぎるだろうが!」

「ああ、別に問題ないでしょう。モンスターたちがいますからね」


 その答えを聞き、クルデルタは小さく舌打ちをした。


「余計な手間を掛けさせおって。ええい! セレスティア! どこにいる! ファウストのモンスターを排除しろ!」


 クルデルタはそう叫ぶが、その命令は夜空に響くだけだ。


「ふ。あの父上が他人を頼る姿を見られるとは」


 あざ笑うファウストに対し、クルデルタはすさまじい表情でファウストをにらみつける。


「最後にいいものが見せてもらいました。さあ、終わりにしましょう」


 ファウストが宣言したちょうどそのときだった。突如、満点の星々をたたえた南の空に稲妻が走る!


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 次回更新は通常どおり、2024/05/03 (金) 18:00 を予定しております。

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