第167話 ルカの告白

 翌日の未明、気絶していたルカが目を覚ました。ルカは自身の左手から温もりが伝わってくることに気付き、そちらに視線を向ける。


 するとそこにはルカの左手を握ったまま船をこぐキアーラの姿があった。その姿を見たルカは顔を真っ赤にしながら小さく息をむ。


「う……ん……」


 身じろぎをするキアーラをルカはじっと見つめている。


 そのまましばらくすると、キアーラが目を覚ました。


「あれ? 私……あ! 殿下! ああ、良かった。気が付かれたんですね」


 ルカが目を覚ましていることに気付いたキアーラは安堵あんどした表情を浮かべる。一方のルカの顔は赤いままだ。


「あ、ああ。キアーラ……嬢……」

「え? どうしたんですか? いきなりそんな」

「いや、すまない。部下にこんな感情を持つべきではないと分かっているんだが、キアーラ嬢があまりにも綺麗で、その、つい……」

「えっ?」


 キアーラはその言葉があまりに意外だったのか、ポカンとした表情でルカを見つめている。一方のルカは上体を起こし、キアーラの右手を両手でそっと包み込んだ。


「キアーラ嬢、俺はこれまで特定の女性と親しい仲になることをずっと避けていたんだが、きっとそれはキアーラ嬢と出会うためだったのだろう」

「はい? え? えっと? その、ちょっと待ってください。えっ?」

「キアーラ嬢ほど素晴らしい女性は――」

「あの? 殿下?」

「……キアーラ嬢、どうかルカ、と。愛する女性には俺を名前で呼んでほしい」

「え? でん……か? 一体なんのじょ――」

「ルカ、だ」

「ル、ルカ殿下?」

「ああ」


 キアーラは突然のことに理解が追いつかず、押しの強さに困惑している様子だ。一方のルカはキアーラに名前を呼ばせたことで満足げな表情を浮かべている。


「あの? でん……ルカ殿下、突然どうなさったんですか?」

「俺はな。キアーラ嬢の魅力に気付いてしまったんだ。どうしてこれほど素敵な女性がいたことに気付かなかったのか、今思えば不思議でならない」

「はぁ。そうですか」

「そんな顔をしないでほしい。キアーラ嬢は間違いなく、世界で一番魅力的だ」


 ルカは上体を起こし、キアーラの手を優しく両手で包み込むように握る。


「俺は心からそう思っているんだ。信じてくれ」


 そこまで言われ、キアーラは少し嬉しそうにしつつも疑いの目をルカに向ける。


「……それは、私が光属性魔法を使えるようになったからですか?」

「なんだって!? それは本当か?」

「え? あ、はい。あの、そのことでそう仰っていたんじゃないんですか?」

「そんなわけはないだろう。光属性魔法を使えようが使えまいが、キアーラ嬢が世界一素敵な女性であることに変わりはない」

「あ……その……」

「キアーラ嬢さえ良ければ、教会に聖女として認定するように言っておこう。そうすればキアーラ嬢は貴族と変わらぬ待遇を得られることだろう」

「え? 聖女ですか?」

「ああ」

「あの、今教会にはリーサ様といいう聖女様がいらっしゃいます」

「うん? 誰だ? それは?」

「でん……ルカ殿下が囚われていた間に見いだされたそうです。セレスティア・ディ・マッツィアーノに食って掛かったそうですし、リーダー……レクス卿にも失礼なことを言ったそうなのでいい印象はありませんが」

「……なるほど。だが問題ないだろう。聖女が二人いてはいけないということもないはずだ」

「それはそうかもしれないですけど……」

「とにかく、俺はキアーラ嬢を愛してしまったのだ。もしキアーラ嬢さえ良ければ、このまま妃として迎えたい。どうだろうか? キアーラ嬢、私と共に歩んではくれまいか?」

「えっ?」


 なんの脈絡もないプロポーズにポカンとした表情になる。


「す、すまない。指輪も花束もなしにこのようなことを言うのは非常識だとは分かっている。だが、もしキアーラ嬢が他の男に取られたらと思うと……」


 キアーラはしばらくポカンとしていたが、やがて何を言われたのか理解が追いついてきたようで、みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「えっと……はい。その、考えさせてください」

「ああ。俺はキアーラ嬢に首を縦に振ってもらうためならなんでもするぞ」

「え? さすがになんでもというのはちょっと……」

「そのくらい本気だということだ」

「あ、はい」


 キアーラは恥じらいつつも、なんとかそう答えた。


 と、そのとき外から見張りの鋭い叫び声が聞こえてくる。


「モンスターどもに動きが! コルティナに向けて一斉に移動しています!」

「何!? モンスターだと?」


 ルカは慌てて立ち上がろうとしたが、キアーラがそれを引き留める。


「で……ルカ殿下! まだ起き上がられては!」

「大丈夫だ。動ける。それにいくらマッツィアーノ公爵領とはいえ、コルティナの住民だって我が国の民だ。俺には彼らを助ける義務がある」

「ルカ殿下……」

「それにな。このあたりのモンスターはすべてマッツィアーノの支配下だ。それがコルティナに向けて一斉に移動しているということは、マッツィアーノに何かあったということだ。たとえば爵位の継承と粛清が起きた、とかな」

「それは……」

「もしその過程でマッツィアーノの従えたモンスターたちがすべて支配下から外れれば、マッツィアーノ公爵領だけではなく周辺の領地も巻き込んでの大惨事だ。何もしないというわけないはいかない」


 ルカは真剣な眼差しでキアーラの目をじっと見つめる。


「キアーラ嬢、待っていてくれ。すぐに戻る」


 そう言ってルカはそう言ってキアーラの手を放し、立ち上がった。するとすぐにキアーラも立ち上がり、その進路に立ちふさがる。


「何を仰っているんですか!」

「キアーラ嬢?」


 困惑するルカに対し、キアーラははっきりとルカの目を見て宣言する。


「私だって戦います! そのために騎士になったんですから!」

「……そうだな。ではキアーラ嬢、共に戦おう」

「はい!」


 こうしてルカとキアーラは連れ立ってテントを飛び出すのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/05/01 (水) 18:00 を予定しております。

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