第166話 仇討ち

 悪魔はヒステリックに叫んだが、行動不能スタンしている兵士たちは動けない。俺はそんな兵士たちにトドメを刺して回る。


 その一方でテオは叫ぶ悪魔に横から飛びかかり、その右腕を斬り飛ばした。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 悪魔はすさまじい絶叫を上げた。


「お前! どうしてケヴィンさんとラウロさんを殺した!」

「うううううう! わたくしのぉ! ああああああ!」


 だが悪魔に答える余裕はなさそうだ。


 すべての兵士にトドメを刺し、テオのところへと向かう。するとテオはがっくりと膝をつき、泣き叫ぶ悪魔を冷めた目で見下ろしていた。


「テオ」

「レクス、終わったか?」

「ああ」

「なあ、レクス。こいつ、本当にケヴィンさんとラウロさんの仇なんだよな?」

「ああ。まるで生きているかのような状態で人間の死体を保存しているんだ。ラウロさんはどういう経緯か分からないが、ケヴィンさんは……」

「ファウストとかいう野郎のモンスターに殺されたんだったよな」

「ああ。そうだ。それでケヴィンさんの遺体を……」


 思い出しただけで当時の怒りが蘇ってきて、俺は気付けば悪魔の顔面を蹴り飛ばしていた。


「ううぅぅぅぅぅ!」


 うめき声をあげ、悪魔は地面に仰向けに転がった。


 ……ダメだ。こいつを殺してもケヴィンさんもラウロさんも帰ってこない。


「おい!」


 俺は悪魔の頬を叩きながら声を掛ける。


「う……あ……」


 悪魔は目の焦点があっておらず、貴族令嬢らしい、いや、違うな。マッツィアーノ公爵家の人間らしい狂気や傲慢さは一切感じられない。


「あんなことを平気でやっていたくせに、自分がやられるとたったこれだけでこんな風になるのか……」


 生まれたときから強者として、他者を踏みにじて生きてきた人間なんてこんなものなのかもしれない。


 そう考えると、怒りがすっと引いて冷静さが戻ってきた。


 そうだな。まだこいつには聞かなきゃいけないことがある。


 俺はヒールを掛け、右腕の傷口を塞いだ。ただ、右腕をくっつけずに傷を治してしまったので、もう二度と右腕が元に戻ることはないはずだ。


「え……?」


 悪魔は俺が治療したことに驚いたようで、ポカンとした表情で俺のことを見上げてくる。俺はそんな悪魔の鼻先に剣を突き付けた。


「ひっ!?」

「おい! お前! 質問に答えろ! ケヴィンさんとラウロさんはどこだ!」

「……ケヴィン? ラウロ? 一体なんの話ですの?」

「お前が、ティーパーティーで見せびらかしていたコレクションと、そのときにモンスターに殺された男だ!」

「え? そう、ですわね……」


 悪魔は言葉を濁す。


「早く答えろ! さもなければこのまま刺すぞ!」

「ひっ! そ、そんなことを言われても知りませんわ! ティーパーティーでコレクションを見せるなんていつものことですもの! そんなこと、いちいちおぼえているはずがないでしょう!」


 悪魔はそう開き直ってヒステリックにそう叫んだ。


「……なら、そのコレクションはどこだ!」

「な、なんですの? わたくしのコレクションを狙っているんですの? ダメですわ。あれはわたくしのものですわ」


 俺が剣を突き付けているというのに、なぜか強気な態度が戻ってきた。


「この剣をどかしなさい! マッツィアーノ公爵令嬢たるこのわたくしに剣を突きつけるなど!」


 悪魔は自信満々にそう命令を突きつけてきた。


「イヌ! お前、わたくしに傷を負わせたそこの無礼者を殺しなさい! そこの無礼者は目玉のコレクションにして差し上げますわ」


 一体どういう思考回路をしているのかさっぱり分からないが、そもそもこいつとまともに話をしようということが無理なのだということだけは理解できた。


「レクス、もういい。さっさと仇を」


 どうやらテオも同じ結論に至ったようだ。


「ああ。そうだな」


 二人の亡骸は、あとで探せばいいだろう。


 俺は即座に悪魔の首をねたのだった。


◆◇◆


 それから俺たちは悪魔と兵士たちの死体を焼いて処分した。


 ようやく二人の仇討ってスッキリするかと思いきや、なんとも言えないモヤモヤした気分になって困惑している。


「なあ、テオ」

「ん?」

「ケヴィンさんとラウロさん、喜んでくれるかな?」

「さあな。でもよ。二人の仇じゃなかったとしても、人間の死体や目玉をコレクションにしてるんだろ? そんな外道を殺したんだから、きっとよくやったって言ってくれるんじゃねぇか?」


 俺はケヴィンさんの強面と、スキンヘッドでゴリマッチョなのにえびす顔なラウロさんを思い出す。


「そうだな。そうかもしれないな」


 少しだけスッキリした俺はすぐに頭を切り替える。


 いつの間にかティティのダーククロウがいなくなっているということは、きっと混乱に乗じて王太子殿下を脱出させる計画だったのだろう。


 もちろんティティのことは心配だ。だがもうすでに太陽は地平線の向こうに沈んでおり、じきにあたりは暗闇に包まれるだろう。


 そうなると、土地勘もないこの場所で動くのはあまりにもリスクが大きい。


 であればまずは王太子殿下の安全を確保し、明るくなってからどうするかの判断をするべきだろう。


「みんな、王太子殿下を野営地に運ぼう。コートを担架代わりにするんだ」

「はい!」


 こうして俺たちは大急ぎで王太子殿下を野営地に運んだ。その途中で何やら生臭いような異臭がかすかに漂ってきたような気もしたが、きちんと横にならせてあげるほうが大切だと思い、あえてそのことは無視した。


「マルツィオ卿! 早く寝床を作ってくれ! 王太子殿下が内通者の手引きで単独で脱出してこられたんだが、衰弱していらっしゃる!」

「なんですと!? 殿下が!? おお! 殿下! お前たち! 早く殿下のベッドをお作りしろ!」

「えっ!? 殿下が!?」

「殿下!」

「お前ら! 殿下のご尊顔を拝見するのは後だ! 早くベッドを!」

「「「ははっ!」」」


 こうしてマルツィオ卿の部隊がテントの中に毛布を重ね、簡易的なベッドを作ってくれた。王太子殿下を寝かせると、キアーラさんがすぐにベッドサイドに寄り添う。


「私が看病します」

「え? キアーラさん? 大丈夫ですか? さっきからずっとヒールを掛け続けてますよね?」

「ええ、私なら大丈夫。それに私は攻撃よりも治癒のほうが得意だからこっちのほうがいいわ。リーダーはさっき戦ってるでしょう? だからリーダーの魔力は次にモンスターと戦うときのために取っておいて」

「レクス卿、キアーラ卿の言うとおりですぞ。ここはマッツィアーノ公爵領、いつモンスターどもが襲ってくるか分かりませんからな」

「マルツィオ卿……わかりました。キアーラさん、王太子殿下をよろしくお願いします」

「ええ、もちろん。任せて!」


 こうしてキアーラさんに王太子殿下の看護を任せ、俺は体を休めることにしたのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/04/30 (火) 18:00 を予定しております。

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