第152話 聖女リーサと人魚姫
アプリア伯爵に案内され、リーサたちはガルポーレへとやってきた。夕焼けで赤く染まった小さな入り江の両岸には大勢の見物客が押し寄せている。
そんな中、リーサたちは砂浜の一番前に設けられたVIP席に着席した。
入り江の中央付近には何艘もの小舟が浮かんでおり、楽器を持った奏者たちがスタンバイをしている。
すると海面が波打ち、小舟の前の海中から長い金髪に浅黒い肌をした女性が顔を出した。マリンである。
マリンはすぐさまアカペラで歌い始めた。楽し気なメロディーとこの世のものとは思えないほどの美しい歌声が、マイクを使っていないにもかかわらず入り江全体に響き渡る。
「わ……すごい……」
その美声にリーサは思わずうっとりと聞き惚れている。それはマルコたちも同じなようで、すべての観客たちが一心にマリンの歌声に耳を傾けている。
やがて一曲が終わると、マリンはMCを始める。
「やっほー! マリンだよ~! 今日もチョーいっぱい集まってくれて、ありがとー!」
マリンの声は入り江全体に響き渡る。
「みんな元気~?」
すると主に入り江の両岸に詰めかけた観客たちから歓声が上がる。
「あれ~? 砂浜、元気ないなぁ。砂浜のみんな! 元気~?」
すると砂浜に詰めかけた観客たちは立ち上がり、歓声を上げた。その中にはなんと、アプリア伯爵まで含まれている。
「伯爵?」
「殿下、ここではこのようにしてマリンちゃんのMCで観客が一体となって盛り上がるのですぞ」
「そ、そうなのか?」
「はい。是非、一度試してみてくだされ」
「そ、そうか……」
マルコは素直に従って立ち上がる。だがリーサは椅子に座ったままで、口をポカンと開けて固まっている。
「右岸元気~?」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
「左岸元気~?」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
「ガルポーレ元気~?」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
マリンのMCでライブのボルテージが一気に上がる。
「いいね~! あーしもチョー元気!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
「よーし! そんじゃあ、チョー元気なみんなと一緒に、チョー元気なこの曲で、チョー盛り上がっちゃおう! ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」
マリンのリズムに合わせてアップテンポな曲が始まった。
「真夏の海で~♪」
「「「「アゲアゲゴーゴー♪ アゲアゲゴーゴー♪」」」」」
「焼けた素肌の~♪」
「「「「アゲアゲゴーゴー♪ アゲアゲゴーゴー♪」」」」」
マリンの歌詞に観客たちの合いの手がしっかりと入り、会場はますます一体化していく。
そしてマリンはそのままアップテンポな曲を三曲続けて披露した。
「いいね~! みんなチョーイケててチョー最高じゃん! あーし感動しちった~」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
マリンのMCに観客は大きな歓声を返した。
「うんうん。そんなチョーイケてて、チョー最高なみんなに、あーしのチョーカワイイ妹を紹介しようと思いまーす! アクア! カモン!」
すると海中から長い金髪に浅黒い肌をした少女が現れた。二年前のシャイなアクアはどこへやら、大観衆を前にしても堂々としており、すっかりマリンと同じギャルへと進化を遂げている。
「やっほー! みんな~! はじめまして~! あーしは、マリンお姉ちゃんの妹のアクアでーす! よっろしっくね~!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
アクアの登場に会場のボルテージはさらにヒートアップする。一方のリーサはというと、目をまん丸に見開いていた。
「え? アクアって……イベントの? なんであんなギャルになってるの? っていうか、なんでライブなんてやってるの?」
リーサは小さな声でそう
一方のマリンはというと、熱狂する観客をさらに煽っていく。
「みんな~! アクアの歌、聞きたい~?」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
「そんなに聞きたい~?」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」」」」」
「聞きた~い!」
「アクアちゃーん!」
「超かわいい~!」
観客たちは必死にアクアの歌をリクエストする。
「そうかぁ。アクア、聞きたいって。歌っちゃう?」
「いいよ~」
「え~? でも、ちょっと盛り上がり、足りなくない? 右岸~! やっほー!」
「「「「「やっほー!」」」」」
「左岸~! やっほー!」
「「「「「やっほー!」」」」」
「砂浜~! やっほー!」
「「「「「やっほー!」」」」」
今回はマルコたちもぎこちない様子で声を上げているが、リーサはあんぐりと大口を開けたまま固まっている。一方のマリンはなおも観客を煽りまくる。
「男やっほー!」
「「「「「やっほー!」」」」」
「女やっほー!」
「「「「「やっほー!」」」」」
「みんなやっほー!」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「やっほー!」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「やっほー!」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「やっほー!」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「オーケイ!」
マリンはそう言うと、観客席全体を見回す。
「よーし! そんじゃあ、いっくよー!」
そして今までよりもさらにアップテンポの曲がスタートした。マリンとアクアは交互にメロディーを歌っていく。その歌声はBメロではユニゾンになり、サビでは見事なハモリを披露する。
そんなマリンとアクアの見事な歌声に、観客たちはしっかりと合いの手を入れている。
「「渚の恋の合言葉~♪」」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「「駆け出す君と♪」」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「「やっほー♪」」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「「やっほー♪」」
「「「「「「「「「「やっほー!」」」」」」」」」」
「「やっほっほー♪」」
一方、それを聞いたリーサはぼそりと呟いた。一体どういう歌なのよ、と。
やがて観客を巻き込んだ大合唱が終わり、一瞬にして入り江に静寂が訪れる。
少しの間をおいて、マリンがアカペラで歌い始めた。今度は一転してしっとりとした曲調で、生き別れた恋人への想いを切々と歌い上げ、アクアがそこにコーラスを加えていく。
その感動的な歌声に、観客の中には涙を流す者も多くいた。
それからマリンとアクアは七曲もの歌を披露し、ライブはあっという間に終幕を迎えることとなった。
すでに日は落ち、松明の明かりだけが会場を照らしている。
「みんなー! 今日は会いに来てくれてありがとー! チョー嬉しかったよ~! また会おうね~! バーイバーイ!」
そう言い残し、マリンとアクアは海へと帰っていく。リーサはあんぐりと口を開けたまま、その様子を見守るのだった。
◆◇◆
その後、リーサたちは小舟に乗り、入り江の出口までやってきた。すると海中からマリンが現れた。
「あれ~? 伯ちんじゃん。どしたの?」
「うむ。実はマルコ第二王子殿下と聖女リーサ様がお越しでな。紹介しようと思ったのじゃ」
「え~? あーし、興味ないんですケド」
その返事にマルコはピクリと眉を動かした。
「まあまあ、そう言わずに」
「マルコ・ディ・パクシーニだ」
「リーサです」
「ふーん。ま、いっか。マリンだよ~」
「素晴らしい歌声だった。まさかあれほどの歌声があるとは思ってもみなかったぞ」
「ん? まああーしは人魚だし? トーゼンなんですケド」
「ほう。人魚は皆あのように歌が上手いのか。そなたの妹の歌も素晴らしかった。妹はどこに?」
「は? 子供はもう寝る時間なんですケド?」
するとマルコは顔をしかめた。見るからに機嫌が悪くなっている。
するとアプリア伯爵がすかさず話に割り込んできた。
「殿下、マリンちゃん……マリン様は人魚の里の女王の娘、つまり王女殿下でいらっしゃいます。どうかご理解を」
それを聞き、マルコは小さく舌打ちした。
「なんか感じ悪いんですケド?」
マリンは嫌悪感をあらわにマルコをじっと見る。
「ああ、ええと、そうだ! 聖女様、いかがですか? マリンちゃんのライブのご感想など……」
「あ、はい。ビックリしました」
「そう?」
「あんなに綺麗な歌声、初めて聞きました」
「あーしは人魚だし?」
「それでも、です。びっくりしました」
そうやってマリンの歌声を褒めるが、マリンにはあまり響いていない様子だ。
「ふーん。それで? あーしに何か用があるんでしょ?」
「え? あ、はい。あたしは聖女で、光の魔法が使えます。何かお困りのことがあったら……」
「え? 光? レクちんよりすごいの?」
「え? レクちん?」
「は? 知らないの? レクちんはあーしのズッ友なのに?」
「マリンちゃん、ほら、この人たちは来たばかりだから。事情を知らないから許してあげて? ね? ね?」
アプリア伯爵が慌ててリーサをフォローするが、マリンの機嫌は見るからに悪くなっている。
「ねえ、伯ちん。あーし、帰っていい?」
「お、お待ちください。お困りのことは……」
リーサが慌ててマリンを呼び止める。
「は? あんたに何ができんの?」
「光の魔法で皆さんを癒すことができます。それにモンスター退治のお手伝いだって……」
「は? あんた、頭ダイジョーブ? 初対面のあーしにそんなこと聞くとか、怪しすぎるんですケド」
「え?」
「まるであーしたちがモンスターに困っていて欲しいみたいなんですケド」
「そ、そんなことは……あたしはただ聖女として……」
「レクちんも知らないクセにウケるんですケド」
マリンはそう言うと、リーサに対して冷たい目を向ける。
「伯ちん。こいつとこいつ、出禁だから」
マリンはそう言ってマルコとリーサを指さすと、さっと夜の海に消えていった。一方、マルコとリーサは同時に声を上げる。
「「俺(あたし)が出禁!?」」
================
次回更新は通常どおり、2024/04/16 (火) 18:00 を予定しております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます