第151話 聖女リーサの誤算

 その後、リーサたちは三日間にわたってアモルフィ侯爵の屋敷に滞在した。そして出発を翌日に控えた最後の夕食のとき、マルゲリータは聖女の髪飾りを身に着けてやってきた。


「マルゲリータ嬢、もしやその髪飾りは?」


 それに気付いたマルコがすかさず話題を振った。


「ええ。これは聖女の髪飾りと呼ばれるアモルフィ侯爵家に代々伝わる家宝ですわ」

「え? 聖女の髪飾り?」


 リーサは嬉しそうにそう聞き返した。それを見たマルゲリータはわずかに眉をひそめたが、すぐに貴族令嬢らしい微笑みを浮かべる。


「はい。かつての聖女様がお召しになったされているもので、アモルフィ侯爵家の娘が結婚するときには必ず身に着けているのですわ」

「え? 結婚するんですか?」


 リーサのとんちんかんなその質問にもマルゲリータは笑顔で答える。


「いいえ。今、アモルフィ侯爵家に娘はわたくししかおりませんの。ですから、今晩のように大切なお客様をお迎えするときには身に着けるようにしているのですわ」

「あ、そ、そうなんですね……」

「ええ。本物の聖女様の前で身に着けるのはちょっと恥ずかしいですけれど、これはアモルフィ侯爵家が聖女様の血を引いているという大切な証ですもの」


 マルゲリータの牽制にも気付かず、リーサは自分のペースで話を進める。


「かつての聖女様の? じゃあ、もしかしてマルゲリータ様も光属性魔法を?」


 マルゲリータは小さく首を横に振った。


「残念ながら、わたくしは水属性でしたわ」

「そうなんですね。なら――」

「きっとリーサ様のお召しになった髪飾りも、後世では聖女の髪飾りとして伝えられるのでしょうねぇ」


 マルゲリータはリーサの言葉を遮り、どこか遠くを見るかのような落ち着いた口調でそう語った。


「え? あ……そ、そうですね……」


 リーサはそう話を合わせると、話題は別に移っていくのだった。


 そして夕食が終わり、部屋へと歩いていると不機嫌そうな様子のマルコがリーサに切り出す。


「リーサ、お前はまさか聖女の髪飾りを奪おうとしたのか? あの髪飾りはアモルフィ侯爵家の家宝だぞ?」

「え? 奪うだなんて、そんな……あたしはただ……」

「ただ?」

「その、あれさえあればきっともっとたくさんの人を癒せると思って……」


 しどろもどろになりながらそう答えたリーサにマルコは大きなため息をついた。


「何もしていないくせに、聖女というだけでなんでもしてもらえるなどと思わないことだ。はっきり言って、お前が師事を断ったあのクソ生意気な男のほうがお前よりもはるかに実力は上だぞ。そのことを忘れるなよ」


 そう言うと、マルコはそのまま自室へと向かった。リーサはショックを受けた様子でそれを見送るのだった。


 それからなんとか自室に戻ったリーサはものすごい表情でテーブルに両掌を叩きつきた。だが力が弱いせいか、パンというなんとも気の抜けた音しか鳴っていない。


「どうなってるのよ! モンスター襲撃イベントがあって、あたしたちに感謝して聖女の髪飾りを差し出すんじゃないの? なんでイベントが起こらないのよ!」


◆◇◆


 翌日、リーサたちは聖女の髪飾りを身に着けたマルゲリータに見送られてサレルモを後にした。


 そして七月下旬となり、各地を回ったリーサたちはアプリア伯爵領の領都リツァルノにやってきた。アプリア伯爵に面会したリーサはなりふり構わない様子で、アプリア伯爵に話を切り出す。


「アプリア伯爵」

「なんですかな? 聖女様」

「何か困っていることはありませんか? たとえば海でモンスターが暴れているとか、海賊に悩まされているとか」

「ははは、さすが聖女様ですな。真っ先に人助けを考えるとは。ですが今のアプリア伯爵領は平和そのものですよ。海賊は二年前に冒険者の手によって退治されておりますし、海のモンスターは人魚たちが退治してくれておりますからな。陸のモンスターもこのあたりにはあまり強力なものはおらず、冒険者たちだけで十分に対応できております。ご心配は無用ですよ」


 アプリア伯爵は笑いながらそう答えた。


「え? どういうこと?」


 リーサは怪訝けげんそうな表情を浮かべながらそうつぶやいた。


 リーサがそのような表情を浮かべた理由はもちろん、『ブラウエルデの君』で発生するはずのイベントが発生していないからだ。


 だがそんな事情など思いもよらないアプリア伯爵は上機嫌な様子で説明を始める。


「ははは、驚かれましたか? 我がアプリア伯爵領はパクシーニ王国で唯一、人魚と親交を持っているのですよ」

「え? え? どういうことですか?」

「まあ、突然そんなことを言われても理解できないでしょうな。そうでしょうとも。分かりますぞ。私も人魚の話を聞いたときは驚きましたからな」


 アプリア伯爵は上機嫌な様子のまま説明を続ける。

「ははは。百聞は一見に如かずと言いますし、この私めがご案内いたしましょう。ちょうどガルポーレで人魚たちによるライブが行われる予定ですからな」

「は? ライブ? はい?」

「それは興味深いな。ぜひ見学させてもらおう」

「ありがとうございます。それでは、本日はお疲れでしょうからゆっくりお休みください。明日は早朝に出発しますぞ。何せ人魚たちのライブがある前後は大変混雑しますからな」


 混乱するリーサをよそに、アプリア伯爵とマルコは話を進めるのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/04/15 (月) 18:00 を予定しております。

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