第150話 聖女リーサの旅路

2024/04/14 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 リーサたちが巡礼の旅に出て次の村に到着した日、そのイベントは発生した。リーサたちの乗る馬車が前を見ずに飛び出してきた村の子供にぶつかり、急停車したのだ。


「何事だ!」


 馬車の中からまるで非難するかのようなマルコの声が聞こえてくる。


「それが、子供が飛び出してきまして……」

「なんだと? 王太子の乗る馬車を止めるとはなんと不敬な!」

「え? ちょっと待ってください! 子供ですよね? その子は大丈夫なんですか?」


 怒るマルコと慌てたリーサの声が聞こえてくる。


「それが……」

「私が治療します!」


 御者の男が言葉を濁したのを聞いてリーサがすぐさま馬車から駆け降り、呆然としている五歳くらいの少年に駆け寄った。少年は膝と手を擦りむいているようで、傷口がなんとも痛々しい。


「大丈夫? 怖かったね。お姉ちゃんが治してあげる」

「え?」


 リーサはすぐさまヒールを掛けた。するとゆっくりとだが傷口が治っていく。そして十分ほどかけ、ようやく少年の傷は完全に癒えた。


「おねえちゃんすごい! いたくないよ! ありがとう!」

「どういたしまして。これでも聖女だもの」


 リーサは満更でもない様子でそう言って胸を張る。


「そうなんだ! 聖女ってポーションみたいだね!」

「え?」


 思いもよらない少年の言葉にリーサはポカンとした表情を浮かべた。だがすぐに少年の母親やらしき女性が駆け寄り、頭を下げる。


「まさか王子様の馬車を止めてしまうとは! うちの子が大変申し訳ございません! どうかお許しを!」

「え? あ、いえ、そんな。きっとマルコ様もこんな小さな子供のしたことで処罰なんてしませんから。どうかお気になさらず」


 リーサは勝手にそう言うと、少年の頭を優しくでる。


「ボク、もう馬車の前に飛び出したりしちゃダメだよ」

「はーい! わかったー!」

「うん。約束だよ」

「うん!」


 こうして少年とその母親は立ち去り、リーサは満足げな表情で馬車の中へと戻った。すると不機嫌そうにマルコが声を掛ける。


「聖女とは無礼者にも慈悲を施すのだな」

「え? どういうことですか?」

「あのような者は処刑するのが普通だ」

「そんな! 小さい子供ですよ?」

「違う。親をだ」

「えっ!? なんでそんな……」

「子の躾は親の責任だ」


 面倒くさそうにそう言い放ったマルコに対し、リーサは不満げな表情で抗議する。


「それはそうですけど……だからって処刑なんてやりすぎです。ちゃんと注意をすればその子だって分かってくれますし、親を殺された子供の気持ちだって考えてください」


 リーサの自信満々なその言葉にマルコは小さく舌打ちをしたが、そのまま黙り込む。どうやらその舌打ちを聞き逃していたようで、リーサは満足げな表情を浮かべつつこんなことを思っていた。


 ふふ。分かってくれたわ。これで最初のイベントはクリアね。さあ、どんどんイベントを消化していきましょ。


◆◇◆


 その後、リーサたちはサレルモへとやってきた。その旅路は順調そのもので、最初の村で交通事故が起きた以外はなんのトラブルも発生していない。


 リーサたちは途中の町や村の教会で祈りを捧げつつ、第二王子マルコとそれに寄り添う聖女の姿をアピールしてきている。


 王妃たちの目論みとしては順調に推移しているのだが、一方のリーサは焦っていた。というのも、リーサの知る乙女ゲーム『ブラウエルデの君』では、サレルモに着く前にモンスターに襲われた村を助けるイベントが発生しているはずなのだ。


 イベントが発生しない焦りからか、ポロリと独り言をつぶやく。


「おかしい。どうしてイベントがしないのかしら?」

「ん? どうした? 何か言ったか?」

「え? あ、いえ、何も。ただ、田舎のほうはモンスターが出るって聞いていたのに何も起きなかったので……」

「……それは銀狼のあぎとの連中がモンスター狩りをしているからだな」

「え? なんですか? それ?」

「死んだ兄上の騎士団に居た連中だ」

「えっと、それって銀狼騎士団ですよね?」

「そうだ。一部がまだ兄上が生きていると信じていてな。愚かなことに冒険者なんぞに身をやつし、モンスター狩りを続けているのだ」

「はぁ。そんな人たちがいるんですね。知りませんでした」

「だろうな。兄上の死はまだ極秘扱いだからな」

「え? そうなんですか?」

「そうだ。リーサも城に来るまでは兄上が死んだという話を聞いたことはなかっただろう?」

「あ、はい。そういえばそうでした」


 リーサはそう答えたものの、聞こえないほどの小さな声でぼそりとつぶやく。


「おっかしいなぁ。前の王太子って暗殺されて、川に流れてるのが見つかったんじゃなかったっけ? たしか『ブラウエルデの君』だと、ちゃんとお葬式もしてるっ設定だったはずだけど……」

「ん? 何か言ったか?」

「あ、いえ、なんでもないです」


 そんな一行を乗せた馬車はアモルフィ侯爵の屋敷に到着した。第二王子と聖女の一行ということもあり、アモルフィ侯爵は屋敷の前に出て出迎える。


「ようこそお越しくださいました。マルコ殿下、ご無沙汰しております。そして聖女リーサ様、はじめまして。私はアモルフィ侯爵グレゴリオと申します」

「はじめまして。リーサと申します」

「出迎えご苦労。少々世話になるぞ」

「はい。本日はささやかではありますが、宴を用意いたしました。どうぞお楽しみください」

「ああ」


 こうしてリーサたちはアモルフィ侯爵の屋敷に滞在することとなったのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/04/14 (日) 18:00 を予定しております。

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