第137話 新たなる拠点

 レムロスへと戻ってきた俺たちは、少し早いが年末年始の休暇に入ることにした。みんなも年末くらいは家族と過ごしたいだろうし、クランの運転資金もアモルフィ侯爵からかなり高額の報酬を受け取ったので問題はない。


 とはいえ俺にはまだやることが残っているため、年越しの準備でごった返す冒険者ギルドへとやってきた。


「あら、レクスくん。今日は何の用?」

「はい。サレルモに行く前にお願いしていた物件のことなんですけど」

「ああ、それね。いくつか候補を身繕っておいたわ。ちょっと待ってて」


 そう。俺たちはクランの拠点となる店舗兼住宅を探してもらうようにお願いしておいたのだ。


 なぜ店舗兼なのかというと、ここでポーションやマッシモさんが研究している矢などのマジックアイテムを売るつもりだからだ。


 まずポーションについてはごく一部の者がその製造方法を独占しているのが現状だ。


 彼らは騎士団や大金持ちを相手に受注生産をしており、その販売価格は最低でも数万万リレ、つまり金貨数十枚なのだという。


 そして市場に出回るポーションもあるにはあるのだが、そのほとんどは偽物だ。仮に本物であっても水で何百倍にも希釈されたほとんど効果がない粗悪品で、本物を手に入れるのは至難の業なのだという。


 であれば、俺たちがきちんと本物を販売すればかなり高額でも売れるはずだ。


 また、マジックアイテムについてもマッシモさんのような人に受注生産されるものがほとんどで、量産品を売るという試みはなされたことがないのだそうだ。


 こちらはどのくらい需要があるかは分からないが、ホーリーが付与された武器であれば冒険者や騎士団からかなりの引き合いがあると踏んでいる。


 この商売が上手くいけば、銀狼のあぎとはかなり資金面でも安定するはずだ。


「お待たせ。ギルドと提携してる不動産屋さんに聞いたんだけど、希望の条件だと三つしかないって」


 ニーナさんはそう言って地図を広げながら、物件情報が書かれた紙を見せてくれた。


「まず一つ目はここの目抜き通りにあるお店ね。賃料は月に五万リレだから結構高めだけど、お城にも近いからマッシモ様にもお越しいただきやすいわね。ただ、結構広くて居住スペースの部屋数が七十あるのよね。だから人数が増えないと持て余してしちゃうかも」

「なるほど」


 これはたしかにちょっと広すぎるかもしれない。それに取り扱う商品を考えると、目抜き通りで大勢の人の目に付く必要もないはずだ。


「二つ目と三つめは大体一緒の条件ね。二つ目はここから四ブロック北にある建物よ。ちょっと古いけど、作りはしっかりしているわ。部屋数も三十だし、今の規模ならちょうどいいんじゃないかしら。賃料は月に七千リレよ」

「それはいいですね。三つめはどんな感じですか?」

「三つめはここから目抜き通りを挟んで反対側の住宅地区ね。ギルドからはちょっと遠いのが難点かしら?」

「住宅地区ですか?」

「うん。それに賃料も一万二千リレかかるんだけど、その分設備がいいのよ。なんと上下水道完備なうえに、共用キッチンと共用シャワーまであるの」

「え? それはすごいですね」


 いくら王都レムロスといえども上水は井戸に頼っているところが多いし、トイレは汲み取り式が主流だ。


「でしょう? 元々は宿として建設したみたいなんだけど、あんまり流行らなくて倒産しちゃったみたい」

「ああ、なるほど。宿だともっとギルドに近いところか、お城に近いところじゃないと厳しそうですね」

「そうなのよ。いい設備の宿にそこそこの値段で泊まれるっていうのが売りだったらしいんだけど、さすがにあの辺りだとねぇ」

「ですねぇ」


 ホテル業界に詳しいわけではないが、住宅街にホテルを建設してもあまり需要はなさそうだ。


「どうする? 内見にも行けるけど」

「じゃあ二番目と三番目の物件を見に行きたいです」

「うん。分かった。そう言うと思ってたから、事前に鍵を借りておいたよ。じゃあ、行こうか」

「はい」


 こうして俺はニーナさんと一緒に内見に出掛けるのだった。


◆◇◆


 俺たちはまず、ギルドから近いほうの物件にやってきた。このあたりは冒険者向けの商店や安宿が建ち並んでおり、独特な雰囲気だ。冒険者が装備を整えるにはいい立地ではあるが、酔っぱらった冒険者が暴れることもあるため治安はあまりよろしくない。


 紹介された物件はかなりボロボロの外観で、古い建物だということがよく分かる。


 ニーナさんが鍵を開けてくれたので、まずは店舗部分を確認してみる。


 どうやら前の店は酒場だったようだ。営業当時の設備がそのまま残っている。ただ、色々なところがかなり傷んでいるようで、ちょっとこのまま使うのは無理そうだ。


 床も軋んでいるので、これをリフォームするとなるとかなりのお金がかかりそうな気がする。


「どう?」

「うーん、ちょっとこの状態は予想外でした。リフォーム、必要ですよね?」

「うん。そうね。抜けたりしたら大変そう」

「ですね」

「居住スペースも見てみる?」

「はい」


 俺たちは居住スペースも見て回ったが、やはりかなり古い。床板は軋んでいるし、あちこちがボロボロだ。正直言って、これで七千リレはちょっと高い気がする。


「どう?」

「そうですね。次を見に行きたいです」

「だよね。じゃあ、行こうか」


 こうして俺たちは一件目の内見を終え、三十分ほど歩いて住宅街の物件へとやってきた。


 このあたりはやはり閑静な住宅街ということもあり、冒険者ギルドの周辺とは比べ物にならないほど落ち着いている。


 周囲に冒険者が必要とするようなものを売っている店はないが、俺たちの場合は銀狼騎士団の頃からの出入り業者と繋がっているので困るようなことはないはずだ。


 さて、物件のほうはというと、一見すると宿には見えない普通の住宅だ。だが中に入るとそこはたしかに宿屋のエントランス風の作りになっている。


「どう?」

「設備はまともですね。ロビーもあまり広くないですし、そこのスペースに商品を並べてカウンターをレジにするとそのまま使えそうですね」

「そうね。どうせ大量に売るような商品じゃないし、このくらいで十分かもね。中も見てみようか」

「はい」


 それから俺たちは居住スペースとキッチンやトイレ、シャワーといった共用設備を確認して回った。


「いいですね。さっきのところと違って初期費用もかからなそうですし」

「そうね。でも、お客さん来るかしら?」

「どうでしょう? でも最初は多分コネで直接納品する形になると思うので、そんなに問題はないと思います。それに、そもそもの目的は銀狼のあぎとの事務所とメンバーの住居の確保ですし」

「そっか。それもそうね。じゃあ、ここにする?」

「はい」


 こうして俺はギルドから少し遠いものの、設備の良い住宅街の物件に拠点を構えることにしたのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/04/01 (月) 18:00 を予定しております。

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