第136話 アモルフィ侯爵の企み(後編)

「レクス様のお部屋はこちらですわ」


 そう言って案内されたのは、中庭が一望できる四階の豪華な部屋だった。


「わたくしの部屋は隣ですの。もう少しお話しましょう?」


 マルゲリータ様はそう言うと、俺の返事を待つことなくソファーに腰かけた。


「さ、レクス様も」


 マルゲリータ様はそう言って自分の隣に腰かけるようにと座面を指し示した。


「はい」


 俺はそれに従い、微妙に距離を取って着席した。


「もう……」


 マルゲリータ様は小さくそうつぶやいた。


「ねえ、レクス様」

「はい。なんでしょう?」

「ヴェスピオレ山のこと、ありがとうございました」

「いえ。それが仕事ですから」

「それでも、感謝していますわ。レクス様がいらっしゃったおかげでサレルモは救われたのですから」

「はい……」


 それから少しの間、沈黙が二人を包み込んだ。


「レクス様、アモルフィの地はお好きですか?」

「はい。そうですね。まだあまり詳しくはありませんが、きれいな海があって、とても素敵な場所だと思います」

「ふふ。アモルフィの青い海はわたくしたちの誇りですもの」


 マルゲリータ様は嬉しそうにそう言った。


 それから一呼吸置き、マルゲリータ様は意を決したかのように口を開く。


「ねえ、レクス様? もしよろしければ、このままずっとサレルモに居てくださっても構いませんのよ?」

「……」

「わたくし、レクス様のことがとても気に入りましたの。それに、お父さまから事情も伺っていますわ。王太子殿下のことも……」

「それは……」

「ねえレクス様?」

「はい」

「お父さまは、レクス様を婿として迎え入れてもいいと仰っていますわ。そうすれば冒険者ではなく、貴族の一員になれますのよ? だからもう危険なことをなさらなくても――」

「マルゲリータ様」


 俺はマルゲリータ様の言葉を遮った。


「申し訳ございません。私は王太子殿下をお助けするためにこうして冒険者となりました。それを途中で放り出すことなどできるはずがありません」

「でも、アモルフィ侯爵家に婿入りすればよりそこに近づきますわ。悪くない取引なのではなくて? それにわたくしだって……」

「そうかもしれません。ですがマルゲリータ様、申し訳ございません。私には心に決めた女性がいるのです。彼女を裏切ることなど考えられません」

「……そう……ですの」


 マルゲリータ様はショックを受けたような表情で絞り出すようにそう言った。


「その、女性とは、一体どちらの……?」

「彼女は、幼馴染なんです」

「そう……」


 マルゲリータ様は最後に一段低いトーンでそう言うと、すっと立ち上がった。


「本当に、レクス様は物語に出てくるような騎士ですわね」


 マルゲリータ様はそのまま扉のほうへと歩いていく。


「レクス様、おやすみなさい。どうか良い夢を」


 マルゲリータ様はそう言い残し、部屋を出ていったのだった。


◆◇◆


 翌朝、俺たちは朝食をご馳走になり、アモルフィ侯爵の屋敷を後にした。どうやらメイドさんと夜のプロレスを楽しんだ者も多かったようで……。


「レクス卿もヤッたんですか? たしかアモルフィ侯爵のご令嬢でしたよね?」

「お! じゃあレクス卿、アモルフィ侯爵に婿入りっすか?」

「いや、何もなかったよ」

「えっ!? マジですか!?」

「超優良物件じゃないですか」

「もったいなくないですか?」


 俺がティティを助けるためだけに動いているということを知らないので仕方ないが、やはり普通はそういう認識になるようだ。


「俺には俺の考えがあるんだよ」

「そうですか」

「いやー、にしてももったいない」

「ほら、アレだよ。きっとレクス卿はもっと上を狙ってるんじゃないか?」

「あー、たしかに。王太子殿下と同じ光属性魔法の使い手だからなぁ」

「でも侯爵令嬢より上ってなんだ? 公爵家? 王女様は今いないし」

「意外と外国だったりして」

「お前らなぁ。好き勝手言うなよ」


 するとテオがとんでもないことを言いだした。


「いや、もしかするとレクスは男が好きなのかもしれないぞ?」

「はっ!? おい! テオ! いきなり何を言うんだ!」

「あら? そうなの? それは知らなかったわね」

「キアーラさんまで!?」


 テオの冗談にキアーラさんまで乗ってきて、それを見たテオがさらに悪ノリをし始める。


「そういえば昔から女にピクリとも反応してなかったもんなぁ」

「は? お前一体何を言ってるんだ?」

「だって、十二歳までニーナさんにシャワーで体洗ってもらってただろ?」

「おい! ちょっと待て! なんで今その話題が出るんだ! ニーナさんのところじゃないと温水シャワーが出なかったんだから仕方ないだろ! 真冬に冷水のシャワーなんか浴びられるか!」

「だとしても十二歳はなぁ」

「テオ!」


 すると俺たちのじゃれ合いを見ていたメンバーたちまで悪ノリを始める。


「レクス卿、俺は男には興味がないんで」

「俺もだ」

「俺には愛する恋人がいるんだ。悪いが勘弁してくれ」

「お前ら!」

「わっ! レクス卿が怒った!」


 メンバーたちがそう言って逃げ出したので、俺は慌ててそいつらを追いかけるのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/03/31 (日) 18:00 を予定しております。

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