第127話 下野

「発言を許します」

「騎士レクスです。自分が騎士として剣を捧げた主はルカ・ディ・パクシーニ王太子殿下であり、後にも先にも他にあり得ません。ゆえに、騎士として殿下に剣を捧げることはできません。ですので銀狼騎士団が解散するということであれば、騎士としての地位を返上いたします」


 俺はきっぱりとそう言い切った。


「それでは失礼します」


 俺は王妃に敬礼をすると、そのまま列を離れて歩きだす。


「なっ!? ちょ、ま、待ちなさい! 許しません!」


 後ろから王妃の焦ったような声が聞こえてくる。


「私も返上します!」

「私もです!」

「私も!」


 俺の言葉を皮切りに、次々と騎士たちが辞任を申し出る。


「な! ま、待ちなさい! 騎士の地位を捨てるというのですか! 平民ごときが!」


 王妃のとても貴族らしい本音がポロリと漏れたのだろう。それをきっかけに続々と辞退者が出てくる。


 だが、もう関係ない。


 俺は振り返らず、そのまま自室へと向かうのだった。


◆◇◆


「レクス! おい! 待てって!」


 寮に入ろうとした俺を、テオが呼び止めた。どうやら走って追いかけてきたようだ。


「テオ、どうした? お前は残らないのか?」

「俺が残るわけないだろ。俺だって王太子殿下だったから騎士になったんだ。それに、お前は冒険者に戻るつもりなんだろ?」

「ああ。なんで分かったんだ?」

「なんでも何も、あの女が言っていたじゃねぇか。モンスターは冒険者に任せるって」

「そうだな」

「なら、お前は冒険者に戻ってモンスターを狩って、マッツィアーノと戦う道を選ぶ。だろ?」

「ああ」

「なら俺にも協力させろよ。王太子殿下を誘拐するなんて許せねぇし、王太子殿下がいなくなったのをいいことに好き勝手やってるあの女も、あのクソ王子も許せねぇ。それにマッツィアーノはケヴィンさんたちの、俺たち黒狼のあぎとの仇だ。一人でやろうとするんじゃねぇ」

「……そうだな。テオ、一緒にやってくれるか?」

「ああ、もちろんだ!」


 俺はテオと固い握手を交わす。


「で、これからどうするんだ?」

「まずはギルドに行って、新しいクランを作る」

「クラン? ああ、そうか。お前、Aランクになったから勝手に作れるのか」


 俺は小さくうなずいた。


 あのときは意味がないと思っていたが、もしかしたら王太子殿下はこうなることを予見していたのかもしれない。


「それで、どうするんだ?」

「クランの勢力を拡大する」

「それで?」

「いや、それだけだ。とにかく人数を集めて、強いクランにするんだ。マッツィアーノと正面から戦えるくらいに」

「え? じゃあどうやって王太子殿下をお助けするつもりなんだ? お前が言っていたとおりなら王太子殿下は……」

「いや、それは大丈夫だ」

「どういうことだ?」

「多分だけど、王太子殿下は殺されない。彼女がきっと助けてくれると思う」

「彼女? それってもしかして、お前がマッツィアーノに捕まったときに逃がしてくれた人のことか?」

「ああ」

「……いくらお前を助けてくれた命の恩人だからって、マッツィアーノ公爵は王太子殿下が目障りだったから拉致したんだろ? ただの冒険者ならまだしも、さすがにそれは……」

「いや、きっと大丈夫だ」

「どうしてそこまで……」


 テオは不思議そうな目で俺を見ているが、それもそのはずだ。なぜなら、俺とティティの関係を知っているのはケヴィンさんとグラハムさん、そしてニーナさんの三人だけだからだ。


 だが、そろそろテオには話しておいてもいいだろう。


「誰にも言わないと約束できるか?」

「え? ああ、もちろんだ」

「分かった。実は――」


 俺は幼馴染のティティがマッツィアーノ公爵令嬢であること、俺がずっとティティをマッツィアーノから救出するために動いていること、さらにティティは必ず王太子殿下を保護してくれているはずだということを説明した。


 ちなみに俺の部屋に無事を報せるティティの字で書かれた差出人不明の手紙が置かれていたのだが、さすがにそれは言わないでおいた。


 どうやって送ってきたのかも分からないが、内通者がいるという可能性を考えると、その発覚を避けるためにも俺の胸の内だけに留めておいたほうがいいはずだ。


 そのことを伝えると、テオは大きなため息をついた。


「まさかそんなモンを抱えていたとはなぁ。まったく、俺はお前を親友だと思っていたが……」

「テオ、悪い。だけど……」

「分かってるよ。ケヴィンさん、いや、そういうのはグラハムさんかな? とにかく。誰にも言うなって言われたんだろ?」

「ああ」

「ま、そうだよな。俺でもそう言っただろうし、この件は水に流してやる」

「ありがとう」

「じゃ、そういうわけで、これからよろしく頼むぜ。リーダー」

「ん? ああ、そうか。クランを作るなら俺がリーダーだもんな」

「おう。クランの名前は考えているのか?」

「え? そうだな……」


 少し考え、すぐにいい名前を思いついた。


「銀狼のあぎとはどうだ?」

「お! いいな! 銀郎騎士団の誇りを忘れず、有志の牙が王太子殿下の救出を目指す。それでいて俺たちの黒狼の顎ルーツもしっかりと残っている。最高の名前じゃんか!」

「ああ、ありがとう。なら荷物をまとめて、設立の届け出に行くか」

「ああ」

「ねえ、ちょっと待って」


 その声に振り返ると、そこにはキアーラさんの姿があった。


「あれ? キアーラ卿?」


 だがキアーラさんは小さく首を横に振った。


「クランを作るならあたしも入れて。あたしも騎士、辞めてきたから」

「えっ?」

「あなたたちと一緒よ。あたしは王太子殿下だからお仕えしてきたの。平民を見下しているあんな女や、意見をされただけでメルクリオ卿にあんな仕打ちをする奴に仕えるなんて無理よ」


 まあ、それはそうだよな。


「それに、銀狼の顎だなんて最高の名前じゃない。一緒に王太子殿下の救出を目指しましょう?」

「ああ、ぜひ!」


 こうして俺たちは騎士を辞め、冒険者に戻ったのだった。



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 次回更新は通常どおり、2024/03/22 (金) 18:00 を予定しております。

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