第126話 王妃の台頭
「なん……じゃと……?」
王太子殿下がマッツィアーノ公爵に誘拐されたと報告をすると、国王陛下はがっくりとうなだれた。
そのまま誰も発言ができぬまま、長い沈黙が俺たちを支配する。
「……撤収じゃ。レムロスへ……帰るのじゃ」
国王陛下は力なくそう言うと、周りの騎士たちに支えられてなんとか立ち上がる。
ふざけるな! このままみすみす逃がすなど!
俺は慌てて抗議する。きっとみんなも同じ気持ちのはずだ。
「お、お待ちください! 恐れながら! 銀狼騎士団は我らが主である王太子殿下を――」
「黙れ! 国王陛下は撤収をお命じになられた! よもや王命に逆らうつもりではあるまいな!?」
「ぐっ……」
「それにそもそも、ワイバーンに追いつく術などありはしないだろう。追いかけたところで無駄だ」
「……」
◆◇◆
俺たちはその後もう一度、銀狼騎士団の総意としてマッツィアーノ公爵を追いかけ、王太子殿下を奪還することを主張した。だがそれは受け入れられず、結局王命によってレムロスに帰還することを余儀なくされた。
そしてレムロスへと戻った国王陛下はすっかり塞ぎこんでしまい、その代わりに王妃陛下があれこれと口を出してくるようになった。
王妃陛下は王太子殿下をマッツィアーノ公爵との交渉によって奪還すると宣言し、その証拠としてまず最初に銀狼騎士団を解散させた。
王妃が言うには、王家にはマッツィアーノ公爵と敵対する意思がないことを示すためだそうだ。
そして解散した銀狼騎士団の騎士たちを新たに立ち上げる第二王子の騎士団である金獅子騎士団にスライドで移動させるつもりなのだという。
そんなわけで、今日は銀狼騎士団の本部に第二王子と王妃がやってくる日だ。
俺たちは訓練場に整列して彼らを待っているのだが……来ない。
そして予定時刻を三十分ほどオーバーし、第二王子と王妃がやってきた。王太子殿下はどんなに忙しくとも時間を守る人だったので、二人の第一印象は最悪だ。
いや、マッツィアーノよりは早く来たからマシほうか?
さて、初めてその姿を見たのだが、どうやら第二王子は王太子殿下と違って金髪のようだ。そして見るからに若く、俺と同じくらいの年齢に見える。
そして演壇の上から俺たちを見下ろすや否や、こんなことを言い放った。
「お前たちが俺の騎士になるのか。兄上のお下がりというのは納得いかないが、まあいい」
は? 何を言っているんだ? 自己紹介もせず、しかもまあいい、だと?
その言葉に思わずメルクリオ卿が苦言を呈する。
「マルコ第二殿下、そのような物言いは……」
「ああ? なんだお前は? 王太子たるこの俺に向かって不敬だぞ!」
「殿下、まだ王太子殿下が亡くなられたと決まったわけではありません。国王陛下もまだ殿下を立太子なさるとお決めになってはおりませんぞ」
「なんだと!? 母上が俺が王太子になると言ったんだぞ? ええい! この者を連れていけ!」
「「はっ!」」
王太子の背後に控えていた近衛騎士たちがメルクリオ卿を拘束する。
「殿下!? 一体どういうおつもりですか?」
「ふん。俺に従わない騎士など不要だ。お前は
第二王子は居丈高にそう宣言すると、そのまま演壇を降りていった。それを見たメルクリオ卿は諦めたような表情を浮かべている。
すると今度は王妃が演壇に上がる。
「そなたたちも突然のことで驚いたでしょう。王太子殿下があのようなことになってしまったのは残念です。ですが、王太子殿下は必ずや妾が先頭に立ち、交渉によって取り戻します。それにあたり、マッツィアーノ公爵は銀狼騎士団の存在を嫌がっています。ですから向こうの懸念を払拭するためにも銀狼騎士団は形式上、解散するのです」
王妃がぐるりと俺たちを見回す。
「今回は突然のことでそこの老騎士も驚いたのでしょう。そこで鞭打ちだけは免除してやりましょう。マルコ、よろしいですね?」
そう話を振られた第二王子は心底嫌そうな表情を浮かべた。
「マルコ?」
「え、ええ。もちろんです」
第二王子は念を押され、ようやく首を縦に振る。
「では、これより銀狼騎士団は金獅子騎士団と名を変え、主も我が息子マルコへと変わります。これは一度主を守れなかったそなたたちに与えられたチャンスです。新たな主に忠誠を誓い、騎士としての礼節を忘れず、任務に励むことを期待します」
すると隊長級のマルツィオ卿が挙手した。
「発言を許します」
「はっ! 騎士マルツィオです! 今後の任務はどうなるのでしょうか?」
「そなたたちには今後、マルコの騎士としてマルコの身辺警護と治安維持に当たってもらう予定です」
「治安維持とは、モンスター退治を指すのでしょうか?」
「いえ、違います。モンスターについてはマッツィアーノ公爵との交渉次第ですが、大部分をマッツィアーノ公爵にやってもらいます。ですが、マッツィアーノ公爵だけでは対処しきれない場面も出てくるでしょう。そういったものについては、冒険者が対処するという形を考えています」
「……そうですか」
ああ、なるほど。これはどう考えてもダメなやつだ。
相手は
そもそもこいつには王太子殿下を取り返す気なんてさらさらなくて、王太子殿下の力を削り取ることが目的だろう。
もし王太子殿下が死んでいればそれはそれでよし。無事に戻ってきたとしても、それまでに第二王子の勢力をできるだけ大きくしておいて、王位争いを優位に進めたい。
おおかたそんな狙いだろう。
その醜い権力争いの代償を結局支払うことになるのは民だというのに。
それに、この方向で動かれると俺の目的は果たせなくなる。
……潮時か。
そう考え、俺は挙手するのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/03/21 (木) 18:00 を予定しております。
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