第118話 変人王宮魔術師(2)

 銀狼騎士団の隊長級に格上となったことで、俺は再び午後の自由時間を失うこととなった。隊長となった以上、部隊を指揮する方法や戦術、戦略の勉強が求められるようになったからだ。


 だがさらにもう一つ、俺の時間を圧迫しているものがある。


 それはマッシモさんだ。


 マッシモさんは俺の授業が終わるや否ややってきて、俺をそのまま研究室へと連れて行こうとするのだ。


 彼の目的はただ一つ、雷属性魔法だ。


 俺が魔竜ウルガーノ討伐前の会議でボルトを披露したことをどこかから聞きつけ、子供のようにキラキラした目で毎日見せてくれとせがんでくるのだ。


 そう。そして今も、実際の戦場をベースにした図上演習で頭を使って疲れているというのに、またしてもやっている。


「のう、レクス卿。見せてくれんかのう?」

「ですから、断るって言ってるじゃないですか」

「なんでじゃ? 殿下には見せたんじゃろ?」

「王太子殿下は別ですから」

「なら儂も別ってことで、のう?」

「疲れるんです」

「ちょっとだけ。のう?」

「ちょっとでも疲れるんです」

「ほほう。ということは魔力をたくさん使うんじゃな? どのくらい使うんじゃ?」

「ああ、もう! 勘弁してくださいよ」

「のう? そこをなんとか! 儂は気になって夜しか眠れんのじゃ」

「寝てるじゃないですか!」

「若いんじゃから、細かいことを気にするでない」

「そういう問題じゃないです」

「じゃあ、見せてくれるんじゃな?」

「じゃあ、の意味が分かりません」

「ちょっとだけ。の? 先っちょだけでいいんじゃ」

「先っちょってなんですか! 意味不明なことを言わないでください」


 こうして付きまとわれた俺は、毎回寮の関係者以外立ち入り禁止エリアに逃げ込むことでマッシモさんを振り切る。


「じゃあ、ここから先は騎士団員以外立ち入り禁止ですので。お引き取りください」


 だがなんと、今日のマッシモさんは引き下がらなかった。


「ふむ。いつもはここで終わりじゃったが、今日は許可証を持っておるのじゃ」

「は?」

「レクス卿、今日という今日は逃がさんのじゃ」

「逃がしてください」

「ダメじゃ。逃がさんのじゃ。の? お願いじゃ。一生のお願いじゃ」


 付きまとわれて困っていると、突然王太子殿下に声を掛けられた。


「レクス、マッシモ、何をしているんだ?」

「おお! 殿下! 聞いて下され! レクス卿がケチなのですじゃ。ちょっとでいいと言っておるに」

「む? なんの話かは知らんが、レクスを動かしたいなら魔石でもくれてやればいいだろう」

「なんと! そんなもので? レクス卿、さあ来るのじゃ。儂の持つ魔石の中から好きなものをやろう」

「ええっ?」

「殿下! 感謝しますぞ!」

「ああ。レクス、頑張れよ」


 こうして俺はついにマッシモさんに捕まり、研究室まで連行されたのだった。


◆◇◆


「ふむ。なるほど。このような魔法があるとは……」


 結局魔石で買収された俺はボルトをマッシモさんの前で披露した。


 いや、だって仕方ないだろう。両手で抱えるほどの魔石を提示されたのだ。魔石は魔力の強化に繋がる大切なもので、魔力を上げておけば魔竜ウルガーノ討伐のようにイレギュラーな状況においても自分の命を守ることに繋がる。


 雷属性魔法を見せるくらいでこれだけの魔石を貰えるなら喜んでやる。


「しかしレクス卿の言う、連鎖は起きんのう」

「まあ、連鎖する相手もいないですし」

「ふーむ。不思議じゃ」


 そうして何度もボルトを披露していると、魔力が底をつきかけてきた。


「あ、すみません。そろそろ魔力がなくなります」

「むむ? レクス卿がもうじゃと?」

「はい。ちょっと魔力の消費が激しいんで」

「なるほどのう。じゃあ、明日も来てもらえるかの?」

「え?」

「魔石を払うぞい」

「わかりました。ではまた明日の午後に」


 こうして俺は魔石で買収され、頻繁にマッシモさんの研究室を訪ねることとなったのだった。


 そうして最初は雷属性魔法の研究に付き合っていたのだが、雷属性魔法はマッシモさんでもあまり解析できなかった。


 すると今度はホーリーを発動する魔道具作りやサンクチュアリの研究などにシフトしていく。それらについても残念ながら成果は出なかったが、聖銀ミスリルの矢についての研究は進展が見られた。


 というのも、込めたホーリーを三日ほど持続できるようになったのだ。これだけ持つのであれば、十分に実用的といえる。


 この矢は銀狼騎士団で実戦配備されることとなり、図らずも銀狼騎士団の戦力強化に繋がったのだった。


 ちなみに聞かれたので精霊の祝福の話もしたが、自分以外はダメだったと話すと露骨にがっかりされていた。


 だがどうしても自分で調べたいそうなので、いずれ時間があるときに案内するという約束をした。もちろん騎士団の仕事を放り出して行くわけにはいかないため、この約束が果たされるのは早くても数年後となるだろう。


 だが、このとき俺は夢にも思っていなかった。まさかこの約束を果たす日がそう遠くない未来に訪れるとは。


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 次回更新は通常どおり、2024/03/13 (水) 18:00 を予定しております。

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