第119話 暗殺

 月日は流れ、俺は十五歳となった。あれから結局三人の従騎士が追放処分となり、自分の選択の責任を他人に押し付けて文句を言う馬鹿な連中はいなくなった。


 おかげで表向きは魔竜ウルガーノ討伐以前の状態に戻ったのだが、一度できた溝というものは中々埋まるものではない。


 特に推薦組を中心に従騎士たちの間では不満が溜まっているようで、さらに追放処分となった従騎士の中に政治力の強い伯爵家の三男坊が含まれていたこともあって外部からの風当たりも強くなっている。


 もちろん銀狼騎士団は魔竜ウルガーノ討伐を成し遂げたこともあり、民からは絶大な人気がある。しかも王太子殿下の直属の騎士団ということもあり、今のところ実害が出るようなことは起きていない。精々お城に行ったときに一部の人間がこちらをジロジロと見てきたり、こちらに聞こえるように「調子に乗っている」などと意味不明な話をしている程度だ。


 ただ、どうしても理解できないのは、彼らがなぜその三男坊を擁護しているのかということだ。


 銀狼騎士団は完全実力主義であり、それを内外に向けてはっきりと公言している。だから王太子殿下に実力を認めさせなければ、たとえ王族であったとしても騎士にはなれない。コネで便宜を図れるのは入団するところまでで、それ以降は一切身分は関係ないのだ。


 だからこそ王太子殿下は部下の騎士たちを呼ぶときは家名を含めず名前だけで呼ぶし、騎士同士でも名前に尊称だけを付けて呼び合うのだ。


 その三男坊は、そんな厳しい銀狼騎士団を自ら選んで入団したのだ。にもかかわらず自らの選択で平等に与えられたチャンスを棒に振り、一方でそのチャンスを掴んだ者に嫉妬して内規に違反し、追放処分を受けたのだ。


 一体どこに擁護の余地があるのだろうか?


 そんなに死にたくないなら近衛騎士団に入れば良かったのだ。


 王族の警護を担当する彼らは、戦場に出ることなどほとんどない。そのうえ、出世は政治力で決まると聞いている。騎士としての実力はほとんど身につかないだろうが、王族の警護をする騎士という名誉は簡単に手に入ったはずだ。


 さて、最近はそんな日々を過ごしていたわけだが、俺は今、真夜中の王太子宮を歩いている。


 というのも、寮の自室で寝ていたところをメルクリオ卿に叩き起こされ、理由も聞かされずにそのまま連れてこられたのだ。


「メルクリオ卿、一体どうしたんですか? こんな夜中に」

「黙ってついて来て下され」

「はい」


 もう一度質問するが、やはり何も教えてもらえない。


 仕方がないので、俺はメルクリオ卿の後ろをついて暗い廊下を歩いていく。そのまま階段を上がり、やがて四階の一番奥にある部屋に到着した。


 メルクリオ卿は扉をノックする。


「失礼します。レクス卿を連れて参りました」


 するとすぐに扉が開かれ、メルクリオ卿はすぐに入室した。


「レクス卿。早く」

「はい。失礼します」


 メルクリオ卿に促されて中に入るとそこには大きなベッドがあり、ベッドサイドには医者とメイド、そして国王陛下の姿がある。


 え?


 ご高齢の国王陛下はしっかりした足取りで俺のところまでやってきて、俺の両手をしっかりと握ってきた。


「レクス卿、もはやそなただけが最後の頼みじゃ。頼む!」

「え? どういうことですか?」

「さあ! 早く!」


 俺は国王陛下に手を引かれ、ベッドサイドへとやってきた。するとそこにはびっしょりと汗をかき、青い顔をした王太子殿下が苦し気に横たわっている。


「え? 王太子殿下!? 一体何が?」

「何者かに毒を盛られたのじゃ。医者でもなんの毒かわからず、ポーションを使っても回復せぬ。頼む! どうかルカを救ってくれ! ルカは我が国の! 儂の希望なのじゃ!」

「は、はい。分かりました」


 必死の形相で国王陛下にすがられ、俺は思わず首を縦に振った。


「おお! 頼んだぞ!」

「はい」


 安請け合いしてしまったが、毒ならヒールで一発だろう。


 そう考え、ヒールを掛けると案の定王太子殿下の顔色はみるみる良くなっていった。やがて王太子殿下は穏やかな寝息を立て始める。


「これで毒は大丈夫だと思いますけど……」

「おおおおお! ルカ! おお! ルカ! 良かった!」


 国王陛下は涙を流しながら喜んでいる。


「レクス卿、よくぞやった。望みの褒美を取らせよう。何が望みじゃ?」

「え? ええと……」

「なんじゃ。なんでも良いぞ。金か? それとも爵位か?」


 ああは言っているが、答えを間違えたら大問題になりそうだ。それに王太子殿下が元気になればきっと色々と便宜を図ってくれるだろう。


 うーん? そうなると報酬を二重取りしていることになるよな。それは騎士という立場を考えるとよろしくない。


 ならば、正解はこうだろう。


「はっ。主君である王太子殿下をお救いできたことが何よりの喜びです。騎士として、これ以上の喜びはございません」

「なんと! 褒美は要らぬと申すか! むむむ、さすがはルカじゃ。良い騎士を見つけてきたのう」


 国王陛下はそう言って演技なのか勘違いをしたのかは分からないが、随分と大げさに感心している。


「じゃがレクス卿、儂はそなたの功績を忘れはせんぞ。何かあれば、儂に言うがよい。便宜を図ってやろう」

「ははっ。ありがたき幸せにございます」


 俺はそう言ってひざまずいた。


 こうして王太子殿下はなんとか一命を取り留め、暗殺はギリギリのところで阻止されたのだった。


◆◇◆


 一方、コルティナにあるマッツィアーノ公爵邸の執務室にセレスティアが訪ねてきた。するとクルデルタはニヤァと笑い、期待するようなトーンでセレスティアに声を掛ける。


「セレスティアか。どうだ? 上手くいったか?」


 それに対してセレスティアは無表情のまま首を横に振った。


「いえ、残念ながら一命を取り留めてしまいました。どうやら私たちが存在を把握していないポーションを持っていたようです」

「なんだと!? アサシンラットの毒をベースにした秘毒だぞ! なぜ解毒できるのだ!」


 クルデルタは机をダンと叩き、怒りを爆発させる。


「お父さま、落ち着いてください。それよりも、実行犯のメイドが捕まりました。すぐにルートを処分しないと伯爵、下手をするとファウストお兄さまにまで行きついてしまいます」


 するとクルデルタは小さく舌打ちした。


「ファウストを呼べ! それと伯爵には処分を命じておけ」

「わかりました」


 セレスティアは無表情のままそう答えた。


「もう下がっていいぞ」

「はい。失礼します」


 セレスティアはカーテシーをすると、クルデルタに背を向けて退出していく。その表情は一見すると無表情だったが、ほんのわずかに口角が上がっていたのだった。


================

 次回更新は通常どおり、2024/03/14 (木) 18:00 を予定しております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る