第98話 叙任

 俺は王太子殿下に連れられて王都レムロスへとやってきた。初めて見る王都はものすごい人でごった返しており、今まで行ったどの町よりも栄えている。


 沿道は王太子殿下の凱旋を祝う人立ちであふれており、いかに王太子殿下の人気が高いかがうかがえるというものだ。


 ただ、俺とキアーラさんはまだ正式な騎士団のメンバーではない。そのため、俺たちは輜重隊の荷馬車に便乗させてもらい、その行列の後ろを進んでいる。


「すごいですね」

「本当ね。私もまさかこっち側に来れるなんて思ってもみなかったわ」

「前に見たこと、あるんですか?」

「もちろん。やっぱり王太子殿下は人気だし、それにほら、私だって女の子なのよ? だから王子様ってやっぱり憧れるでしょ?」


 なるほど。そういうものかもしれない。


「そういえばさ」

「はい?」

「レクスは、何に悩んでたの? 王太子殿下に誘われるなんて、これ以上の栄誉はないんじゃない? お給金だって安定するし、レクスの腕ならいくらだって出世できそうじゃない」

「そうですねぇ。お金よりも大事なことがあるんですよ」

「えっ!?」


 キアーラさんはそう声を上げ、ポカンとした表情で俺を見ている。


「なんですか? その反応」

「だって、レクスってものすごいお金に執着してるのかなって思ってたから。夜通し戦って、それですぐに素材のぎ取りとか、どんだけがめついのって思ったわ」


 キアーラさんはそう言ってクスクスと笑った。


「それに、魔石は決して人に触らせなかったでしょ?」

「まあ、そうですね」

「やっぱり魔石が一番高価だからよね?」

「あはははは」


 たしかに、はたから見れば守銭奴にしか見えない行為だったかもしれない。


「でも、必要だからやってるだけです。どうしてもやりたいことがあるんで」

「ふうん」


 キアーラさんはそう言うと、馬車の外で熱狂する人々のほうへと視線を向けるのだった。


◆◇◆



 その後、お城に入った俺は銀狼騎士団の制服を与えられ、国王陛下のいる謁見の間にやってきた。


 あちこちに黄金があしらわれた目も眩むほど豪華な謁見の間の先には玉座があり、玉座には国王陛下が座っている。


 国王陛下はもうかなりのお年のようで、深いしわがその顔に刻まれている。その隣には王太子殿下が立っており、俺は事前に言われたとおりゆっくり玉座の前にある階段まで移動した。


 そこで俺は両ひざを床につき、服従を示す。


 すると王太子殿下が階段から降りてきて、剣を抜くと俺の首に差し当てた。俺は一夜漬けで覚えた宣誓の言葉を大きな声で暗唱する。


「宣誓! 私、レクスはルカ・ディ・パクシーニを主とし、御身を守る盾となり!御敵を討つ剣となり! すべからく弱き者を尊び! 彼の者の守護者たらん! 今後嘘偽りを述べることなく! 常に正義と善の味方となり! 不正と悪に立ち向かう! 騎士たることを誓う!」

「許す」


 すると謁見の間が拍手に包まれた。さすがに緊張して周りがあまり見えていなかったが、かなり大勢の立派な身なりの人たちが集まっていたようだ。


 王太子殿下は剣を俺の首から離し、鞘に納めた。


「レクス、これでお前は私の騎士だ。民を守るため、お前の本懐を遂げるため、共に戦おうではないか」

「はい」


 こうして俺は銀狼騎士団の騎士となったのだった。


◆◇◆


 それから俺の騎士としての生活がスタートした。騎士団の本部には併設された寮があり、食事と制服が提供されるため衣食住に困ることはない。


 もちろん騎士には多くの義務がある。訓練をしなければいけないし、俺の場合はルールやマナーを学ぶ講習も受けなければならない。


 というわけで、朝起きて最初にやることは訓練だ。騎士たる者、きちんと訓練していつでも戦えるようにしなければならない。


 俺は初日から遅れないようにと少し早めに訓練場へと向かう。別に騎士の制服に憧れがあったわけではないが、やはりこういった服を着ると身が引き締まったような気分になるのだから不思議なものだ。


 まあ、デザインがかなりかっこいいので気に入っているというのもあるのかもしれないが……。


 そんなことを考えつつも明け方の寮を抜け、訓練場へとやってきた。そこに騎士は一人しかいないものの、大勢の従騎士と見習いたちがすでにランニングをしている。


 ちなみにここは男子寮なので、女子寮は少し離れた別の場所にある。そのため女子寮住まいのキアーラさんの姿はここにはない。よくは分からないが、女性騎士の朝練は別の場所で行うのだろう。


 近付いてくる俺に気付いたのか、騎士の男がこちらに向けて手を振ってきた。俺は手を振り返すと、彼のもとへと向かう。


「やあ、レクス卿。おはようございます。お早いですな」

「おはようございます。ええと……」

「ああ、これは失礼。私は騎士メルクリオ・ファレッリと申します。どうぞお見知りおきを」

「メルクリオ卿、はじめまして。レクスと言います。今日からお世話になります」


 メルクリオ卿は五十代に差し掛かろうかという年齢で、どこか凄みのようなものを感じる。


「私はもう見てのとおり年でしてな。最近はこうして調練を担当しております。いずれレクス卿にもお教えすることになると思いますよ」


 メルクリオ卿はそう言うと、ほっほっほっと人の良さそうな笑みを浮かべた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「うむ。いいお返事ですな。む! そこ! ペース落ちてるぞ! そんな程度でへばって民を守れると思っているのか!」


 突然メルクリオ卿の怒号が飛んだ。


 見てみると、一部の者が遅れ始めている。


 やはり騎士団の訓練は自己責任の冒険者とは違って厳しいようだ。だからこそヴァリエーゼでは一度やられた強化モンスターにもすぐに対応できたのだろう。


 俺はそんなことを考えつつ、密かに気合を入れるのだった。


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 次回更新は通常どおり、2024/02/22 (木) 18:00 を予定しております。

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