第97話 話し合い
洞窟の外に出てみると、なんと太陽が東の空から昇っていた。定点狩りをずっとしていたのに加え、ハイになったテンションそのままに素材の回収を行っていたせいもあるだろう。時間が経っていることにまったく気付かなかった。
王太子殿下と騎士たちには
ただ、なんと王太子殿下は理解してくれ、銀狼騎士団の見習いが運搬を手伝ってくれたのは本当にありがたかった。一人でやっていたら何十往復もしなければならなかっただろう。
さて、こうしてヴァリエーゼのギルドに戻り、早速毛皮や角などの素材を売却カウンターに持って行った。
「お帰りなさいませ、王太子殿下。と、ええと、レクス様?」
「おはようございます。朝からすみません。これを買い取ってほしいんですけど……あ、銀狼騎士団の皆さん、素材はそこのカウンターに置いてください」
見習いの少年たちが素材を次々と買い取りカウンターに積み上げていく。
「え? え? ちょ、ちょっと待ってください! こんな大量にですか!?」
「はい」
「え? 王太子殿下? これ、本当に彼一人のものなんですか?」
「ああ、そうだね。我々は手伝っていないから、たしかに彼が一人で倒したものだ」
「えええっ!?」
受付嬢は目を白黒している。
「しょ、少々お待ちください! 主任~! 大変です! ちょっと来て下さい!」
受付嬢は大慌てで奥へと走っていったのだった。
◆◇◆
それからすぐに主任の人がやってきて、開口一番こういった。
「レクスって言ったな。悪いが全部買い取るのは無理だ」
「え?」
「え、じゃねぇ。一気にこんな大量になめし加工できるか! 待ってる間にダメになるだろうが!」
「ええっ?」
なんてことだ!
「おい、なめし加工というのはなんだ?」
「殿下、毛皮っちゅうのはですね。なめし加工をしないとすぐに腐るんですよ。殿下が冬にお召しになる毛皮も、きちんとなめし加工をして、腐らないようにしとるんです」
「ほう。そんなことが」
王太子殿下は興味津々な様子で主任に質問を続ける。
「ならばこの角は何に使うのだ?」
「こいつは色々と使い道があります。たとえば剣の持ち手やピアノの鍵盤、彫刻なんかにも使えますし、薬にもなるそうですよ」
「ほう。薬になるのか。どんな薬になるのだ?」
「私らもそこまでは……」
「ああ、それもそうだな。ならば角は買い取れるのだな?」
「はい。ただ、明らかに供給が多すぎるので、安値で買い叩くことになりますが……」
「ん? なぜだ?」
「物が多ければ値段は下がるんですよ」
「ほう? ならばよその町に売りに行けばいいのではないか?」
「それはそうですが……」
「では輸送費を差し引いた金額で買い取るべきだろう?」
「は、はい……」
それからなんと王太子殿下が勝手に交渉してくれ、すべて買い取ってもらえることになった。
といっても毛皮はかなり買い叩かれてしまったが、売れただけ良しとしよう。
「さて、レクス。用事は終わったな?」
「はい」
「ならばちょっと話がある。ついてきなさい」
「はい」
王太子殿下は真顔でそう言った。俺は素直に従い、そのまま会議室にやってきた。
「掛けなさい」
「はい」
俺は王太子殿下に勧められた椅子に腰かける。
「レクス、疲れているだろうから早速本題に入ろう」
「はい」
「分かっているとは思うが、私は君を銀狼騎士団にスカウトしたい。私は王太子として、民を守る責任を負っている。わかるな?」
「はい」
「だから王太子として、君を一冒険者として終わらせるわけにはいかない」
「はい」
「以前、考えさせてほしいといっていたが、気持ちは固まったか?」
「……」
「それは、断るということか?」
王太子殿下の声のトーンが一段下がり、有無を言わさぬ色を帯びてきたので、俺は覚悟を決めて話を切り出す。
「王太子殿下、俺にはどうしても助けたい人がいます」
すると王太子殿下の表情がピクリと動いた。
「どういうことだ?」
「俺がこの力を身に着けたのは、すべてその人を助けるためなんです」
「ほう」
王太子の表情が少し穏やかになり、声のトーンもいつもの調子に戻った。
「それ誰だ? 私が命じれば大抵の者は助けられる。私にその者を助けさせ、その対価として入団するということか?」
「いえ、違います」
「何?」
「俺は彼女を助けるという目的のために動きます。それでもよろしいのでしたら、ご協力いたします」
「ほう?」
王太子殿下はニヤリと笑い、厳しい眼差しを向けてくる。
「つまり、私にその女性を助ける手助けをしろ、ということだな?」
「ですが、その代わりに俺が差し出せるものは多くあります」
「何? その身以外に何を差し出せるというのだ?」
「たとえば、魔界の影の話をご存じなければ、殿下も銀狼騎士団の精鋭たちも全滅していたでしょう」
「……」
王太子殿下はじっと真剣な目で俺を見据え続ける。
「いいだろう。その助けたい女性というのは誰だ? どこに囚われている?」
俺はあたりをきょろきょろと見回す。
「おい! 盗み聞きをするな!」
王太子殿下がそう怒鳴ると、どたどたという音が聞こえてきた。
ま、まさか本当に盗み聞きをしている人がいるなんて……。
「さあ、人払いはしたぞ。それは誰だ?」
「はい。彼女は俺の幼馴染です」
「それで?」
「彼女の名前はセレスティア・ディ・マッツィアーノ、マッツィアーノ公爵領の領都コルティナにある、マッツィアーノ公爵邸に囚われています」
「なんだとっ!?」
王太子殿下は目を見開き驚いた。
「彼女は実母であるマリア先生を人質に取られ、逃げることができません。俺の目的は、彼女たちを助けることです」
すると王太子殿下は再び厳しい視線を俺に向けてくる。
「つまり、君はセレスティア嬢を助けるためだけにあれほどの力を身に着けたと?」
「はい」
「……」
王太子殿下はじっと目を閉じ、しばらく押し黙る。
「一ついいか?」
「はい」
「セレスティア嬢の瞳はどのような瞳だ?」
「赤い、マッツィアーノの瞳です」
「そうか」
王太子殿下は落胆するかと思いきや、真剣な表情で俺の目をじっと見据えてくる。
「いいだろう。レクス、君の大切な女性を助けたいというその真摯な願い、たしかに聞き届けた。我々もそれに協力しようではないか」
「え? いいんですか?」
「ああ。その代わり、君は騎士の忠誠を私に捧げてもらう。ああ、もちろんセレスティア嬢がどうやっても
それは……願ってもない条件だ。こちらが
しかし、なぜ?
いや、こちらの条件はすべて満たされるのだ。もし王太子殿下が何かを企んでいたとして、そこになんの問題があるというんだ?
そもそも相手は王族なのだ。なんの見返りもなしに俺に協力などしてくれるはずもない。俺と王太子殿下の関係は所詮、お互いの利害関係が一致しただけの関係のはずだ。
「そこに自分と彼女の母親の安全も含まれるのであれば」
「わかった。保証しよう」
「であれば是非、よろしくお願いします」
「ならば君は今後Bランク冒険者にして、銀狼騎士団の騎士だ。それとこれは余談だが、キアーラも従騎士として銀狼騎士団に加入することになった。これも何かの縁だ。互いに支え合いなさい」
「はい」
こうして俺は王太子殿下の配下となったのだった。
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次回更新は通常どおり、2024/02/21 (水) 18:00 を予定しております。
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