第80話 海から現れた少女

 五月の上旬になり、ガルポーレ村の周囲ではモンスターを見かけなくなった。それは近くの草原だけでなく、少し遠くにある森も同じだ。これだけ徹底的に駆除しておけば、しばらくの間はモンスターに悩まされる心配はないだろう。


 海賊の問題も解決し、モンスターもいなくなったのでどうしようかと思いつつ村長に報告に行くと、なんと海でもモンスターが出現するということを教えてもらい、俺は外海に面した岩場にやってきた。


 空は晴れ渡っており、心地よい風が吹き抜ける。暑くもなく、かといって寒くもない。湿気も海辺にしては少ないほうで、ボーっと海を眺めてゆっくりするにはなんとも最高な天気だ。


 もちろんモンスターの駆除が仕事なわけだが、肝心のモンスターの姿もないため、やることがまったくない。


 とはいえここを離れるわけにもいかないので、俺は波打ち際にある大きな岩の上に座り、寄せては返す波を眺めて時間を潰す。


 ……平和そのものだ。


 まあ、たまにはそういう日もありだろう。ずっと働いていたしな。


 そう気持ちを切り替え、今日はゆっくり海を眺めることにしたのだった。


◆◇◆


 それから三日間、俺はあちこち場所を変えつつ海を眺める日々が続いた。


 村長に確認しても海のモンスターも倒してほしいと言われるし、契約期間がまだかなり残っているのでその指示には従わざるを得ない。


 仕方がないので今度はちょっと離れた場所にある小さな岬の先端で待ってみることした。


 相変わらず海は平和で、モンスターが出るだなんて想像もできない。


 遠くでは魚が跳ね、足元では波が砕けてしぶきを上げる。


「ねえ!」


 そして背後からは女の声が……え!?


 俺は慌てて後ろを振り向いた。するとそこには海の中から長い金髪に浅黒い肌をした女性が顔を出し、こちらを見上げている。


「ねえってば!」

「あ、はい。なんでしょう?」

「あれっ? なんかチョー丁寧なんですケドー」

「えっ?」


 思いもよらぬ反応に面食らう。


「ねえねえ、最近陸のモンスター殺しまくってるのって、アンタよね?」

「え? あ、はい。そうですけど」


 すると彼女はニヤリと笑い、そこで俺はこの異常事態に気が付いた。


 待て待て。こいつは誰だ!? ガルポーレにこんな女はいなかったはずだ。


 慌てて剣を抜く。


「チョチョチョ、ちょい待ち~! アタシ、別に怪しい者じゃないんですケド~」


 すると女は慌てた様子でそう言うと両手を前に突き出し、ブンブンと振ってアピールしてくる。


「いや、ガルポーレにお前のような女はいなかったはずだ。一体どこから来た!」

「どこからって、あっちに決まってるジャン」


 そう言って女は沖を指さした。


 ……正気か?


「海の向こうって言いたいわけじゃないよな?」

「え? 当たり前ジャン!」

「ならどういうことだ? 海賊か? 船はどうした!」

「海賊じゃないし~」

「なら何者だ!」

「あーし、強い戦士を探しに来ただけだだし~」


 どうにも会話が噛み合わない。


「海の向こうじゃなくて海賊でもないなら、お前は誰だ!」

「え? あれ? 自己紹介してなかったっけ~? あーしはマリンだよ。アンタは?」

「レクスだ……ってそうじゃない!」

「え~? じゃあなんなの? レクちんったら怒っちゃって~」

「え? れく……ちん?」

「うん! レクスだから、レクちん! あーしにあだ名で呼んでもらえるなんて、レクちんは幸せ者だな~。このこの~」


 ダメだ。まったく会話の主導権が取れない。


「じゃあ、そいうわけでレクちん、一緒に来てくれるよね?」

「は? なんで?」

「え~? だってもうあだ名で呼び合う仲なんだし、もうあーしとレクちんはズッ友ってことじゃん?」

「は?」


 何を言っているのかさっぱりわからない。


 ええと、これはどうしたらいいんだ?


「じゃあ、そういうことで。よろしく~」


 マリンは突然俺の足を掴み、そのままものすごい力で海に引きずり込んだ。


「うわっ? もがっ!」


 そのまま俺はぐんぐんと水深の深いところに連れていかれ、あっという間に息が……あれ? 呼吸できる?


 不思議に周囲を見てみて、俺はようやくマリンの足が魚の尾びれのような形をしていることに気付いた。


 もしかして、マリンが海のモンスターなのか?


 ボルトで反撃すれば行動不能スタンさせることはできるだろうが、すでに水深何十メートルかわからないくらい深い場所に来ている。もしここでマリンから逃れられたとしても、もしかしたら海面に浮上するまでに窒息死する可能性が高そうだ。


 仕方がないのでされるがままにしていると、マリンが弾んだ声で話しかけてくる。


「ほらほら! あそこがあーしの里だよ!」


 マリンの指さす方を見てみると、遠くの海中がぼんやりと光っている。


「里?」

「そだよ~。レクちん一名、ごあんな~い」


 いやいや、ちょっと待て。俺を二名ご案内することはないだろう。


 そう心の中でツッコミを入れているうちに、俺たちはその里とやらに到着した。するとマリンと同じように下半身が魚の男たちがすぐさま近寄ってくる。


 ああ、わかったぞ。ここはきっと人魚の里だ。彼らの手にはもりが握られているが、それはきっと彼らがこの里を警備する戦士なのだろう。


 それにしても、おとぎ話でしか聞いたことのない人魚がまさか実在していたとは驚きだ。


「マリン様、お帰りなさいませ! 一体どちらに……人間!?」

「マリン様!?」

「なぜ人間を?」


 どうやら俺は歓迎されていないようだ。人魚の戦士たちは険しい表情で俺を睨み付け、銛をこちらに向けてくる。


 俺は拉致された被害者なのだが……はてさて、どうしたものか。


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 次回更新は通常どおり、2024/02/04 (日) 18:00 を予定しております。

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