第48話 異常事態

 それから俺たちはニーナさんたち弓部隊を守るように円陣を組んだ。こちらを警戒しているのかディアウルフたちは姿を現さず、俺たちは緊張したまま待機することを余儀なくされている。


「ニーナ、あと何匹だ?」

「……少なくとも九匹ですが、この感じだと倍くらいはいそうです」


 ケヴィンさんの問いにニーナさんが答える。


 ……ダメだ。全然わからない。一体どこに九匹もいるのだろう?


 なんとか姿を見つけようとしているのだが、一向にその姿を見つけられない。


 するとニーナさんがそっとレクチャーをしてくれる。


「レクスくん、正面の太い樫の木が見えるでしょう?」

「はい」

「その木の幹五本分右の茂み、あそこに一匹いるわ。毛皮の色が一緒だけど、あれが一番分かりやすいんじゃないかな」

「え? ええと……」


 木の幹五本分右にある茂み……あれは……んん? なんの変哲もないただの……あ! あああ!


 ちらりとモンスター特有の赤い目が一瞬だけ見えた。すると、なぜか茂みの中で姿勢を低くしてこちらの様子をうかがっているディノウルフの姿がはっきりと視認できるようになった。


 あんなにはっきりと分かるのに、なぜ今まで気付けなかったのだろうかと疑問に思ってしまうほどだ。


「うん、分かったみたいだね。ポイントは瞳よ。モンスター特有の赤い瞳がちらちらと見えるでしょう?」

「はい」

「だから毛が保護色になりやすい場所を探すの。あとは赤く輝く瞳を見逃さないことね。それがコツよ」

「ありがとうございます」


 ニーナさんに言われたことを実践してみると、面白いようにディノウルフの姿が見つけられるようになってきた。


 俺が向いている方向で見つけられたのは四匹だが、ぐるりと囲まれていることを考えるとたしかに二十匹近いディノウルフがいても不思議ではない。


 そうしてそのまましばらく睨み合いを続けていると、なんと驚いたことにディアウルフたちがふいと背を向けて森の奥へと消えていった。


「え?」


 あまりに驚き、俺はついそんな間の抜けた声を出してしまった。


 モンスターがこうして見つけた人間を前にして逃げていくことなど、本来はあり得ないというのに!


  もちろん知恵が回るモンスターもいるが、その知恵はいかに発見した人間を殺すかといった方向で活用される。だから自分たちの受けるであろう損害を考慮し、一旦引くといった人間のような損得計算をすることはダーククロウ以外にあり得ないことだ。


「どういうこと?」

「おい、グラハム。あいつら、モンスターのくせにどうして撤退した? モンスターは人間を見たら襲うモンだろ?」

「ええ、そうですね。そのはずですが……偽装撤退? いや、ディノウルフにそこまでの知恵はないはず……」


 グラハムさんは様々な可能性に頭を巡らせているようだが、すぐに決断を下す。


「ケヴィン、一度戻りましょう。ギルドに同様の事例がないか問い合わせるべきです」

「……そうだな。よし、お前ら、撤退だ」


 こうして俺たちは早々に撤退を判断したのだった。


◆◇◆


 スピネーゼのギルドに戻ってきた俺たちは報告をする前に会議室へと呼び出された。会議室に行くと、なんとそこにはカミロ様の姿があった。


 俺たちは慌ててひざまずく。


「カミロ様、黒狼のあぎとが戻って参りました」

「ああ。お前たちも着席しなさい」

「はっ」


 許可を得たので俺たちは用意された席に座る。


「おや? 納品前だったのか? それは悪いことをしたな」

「いえ、滅相もございません」

「うん? その毛皮……ディノウルフと戦ったのか?」

「仰るとおりでございます」

「だがその割には一匹だけか? ディノウルフは群れで行動するだろう?」

「はい。我々は二十匹以上と推定されるディノウルフに襲われました。ですが我々が一匹を仕留めたところで撤退していったのです。モンスターの習性からして考えられない事態ですので、万全を期すために切り上げて戻って参りました」

「ほう。そのようなことが……おい、支部長」


 ケヴィンさんの説明にカミロ様は怪訝そうな表情を浮かべ、隣にいる立派な身なりの中年男性に話を振った。初めて見るが、どうやら彼がこのギルドの支部長らしい。


「……長くやっておりますが、ディノウルフでそのような報告を受けたことはございません」

「ということは、他のモンスターではあるのだな?」

「はい。かなり古い記録ですが、よろしいでしょうか?」

「ああ」

「でしたら二十五年前に一度だけ、キラーエイプの群れが北の森に現れたことがあり、その際にはそうした行動が報告されています」


 キラーエイプというのは非常に高い知能を持つとされる大型の猿の魔物だ。ブラウエルデ・クロニクルでは道具を使って組織的に襲ってくるモンスターだった。


「ほう。そのようなキラーエイプか。かなり珍しいモンスターだが……」


 一方のカミロ様はそうつぶやくとじっと何かを考え、そして再び支部長に話を振る。


「今いないということは根絶やしにしたのだろう? どうやったのだ?」

「当時の冒険者たちだけでは対処できず、騎士団を投入しました。人数を頼りに森を全体を囲い、根絶やしにしたと記録されております」

「なるほど。だがそれではかなりの犠牲が出たのではないか?」

「カミロ様の仰るとおりです。特にアサシンラットによる被害が大きかったと記録されております」

「ああ、アサシンラットか。あれは厄介だな。では今やるとなると草刈りからか?」

「いえ、実は黒狼の顎によって相当数が狩られているはずです。君、カミロ様に詳しく状況を説明しなさい」


 支部長に言われ、ケヴィンさんが説明を始める。


「はい。我々はすでにD区域の森までのエリアについて、草刈りとアサシンラットの駆除を終えております。また、森の中は下草がかなり低く、我々は森の中でアサシンラットを目撃しておりません」

「ほう。ずいぶん仕事が早いな。では黒狼の顎よ。記録にあるように騎士団を投入することは可能だと思うか?」

「森の中に一度入り、それから広がる形であれば可能です。ただ、森の中については我々も手をつけ始めた段階ですので最大限の警戒が必要になるでしょう」

「なるほど。ならばD区域から先にやってしまうのが良さそうだ。支部長、どう思う?」

「良いお考えかと」

「よし。ではそうしよう。準備はいつ整う予定だ?」

「は。三日後には」


 カミロ様の質問に支部長はそう答えた。


 ええと? 三日後? D区域を先にやる? 一体何の話だ?


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 次回更新は通常どおり、2024/01/03 (水) 18:00 を予定しております。

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