第46話 スピネーゼ北の森

 スピネーゼに来て二週間が経過した。


 俺たちは慎重にアサシンラットの駆除を進め、跳ね橋から森の手前までの草刈りを完了した。その間に納品したアサシンラットの毛皮はゆうに千五百を超えている。


 カミロ様が四千匹などすぐに終わるといっていたが、このペースだと冬の訪れを待たずして達成してしまいそうだ。


 だがそれだけ狩ったというのに相変わらずアサシンラットは大量に生息しており、茂みに近付くとすぐに襲ってくる。一体どこにこれほどのアサシンラットがいるのか、不思議でならない。


 また、普段はあまり出番のないヒールが今回はかなり活躍している。


 初日もそうだったが、これだけ高く生い茂っている草むらからの奇襲攻撃をすべて防ぐのは不可能で、いくら気を付けていても数日に一回は誰かしらがまれてしまうのだ。


 だが常にまとまって行動しているおかげですぐにヒールを掛けることができており、前任のクランのように取り返しのつかない事態はまだ起きていない。


 前任のクランで思い出したが、ヒールを使わずにアサシンラットの毒を治療しようとすると、かなり高い解毒薬をすぐに投与する必要がある。その解毒薬は一つでアサシンラットの魔石数十個分のお金が必要なため、そういった面でも前任のクランはかなり苦しめられたのではないかと思う。


 さて、そんなこんなで俺たちは森の入口まで到達したわけだが、森の中はかなり鬱蒼うっそうとしている。だがそのおかげもあってか、下草はせいぜい膝までしかない。もちろんアサシンラットが潜んでいる可能性はあるが、これまでよりも格段に見つけやすいはずだ。


「ようし! 今日は森の入口を偵察するぞ。絶対に深入りするなよ。アサシンラットにも注意しろ! 坊主がいるからって油断するんじゃねぇぞ!」

「はい!」


 俺たちはケヴィンさんの合図で慎重に森の中へと分け入った。慎重に下草を刈り、アサシンラットが隠れられる場所を潰していく。


 だが、あれほど執拗に襲ってきたアサシンラットがまったく現れない。


 これは……快適だ!


 いや、モンスターの襲撃のおそれがある中で快適というのはおかしな気もするが、先ほどまでのストレスが嘘のようだ。


 どうやら低い下草はアサシンラットにとってかなり居心地が悪いらしい。


 そうして森の中を進んでいると、森の奥のフォレストウルフの姿を発見した。


「ニーナさん、あれ……」

「うん、気付いているわ」


 ケヴィンさんたちも気付いていたようで、すぐに指示が飛ぶ。


「迎え撃つぞ。アサシンラットには注意しろよ。射線は空けておけ。レクス、テオ、お前らはいつもどおりだ」

「はい」


 グラハムさんたちは散開し、俺とテオはニーナさんたち弓部隊の背後と側面を警戒する。一方のフォレストウルフも俺たちに気付いたようで、警戒するかのようにじっとこちらを見てきた。


 しばらくするとフォレストウルフはふいと顔を背け、俺たちから見て右側にゆっくりと歩きだした。そしてそのまま木の後ろへと姿を消す。


 次の瞬間、ニーナさんたちが遠くの草むらに向かって矢を放った。


「グゥゥゥゥ」


 くぐもった低い声が聞こえてくると同時に、あちこちからフォレストウルフが姿を現した。


 いつの間に囲まれたんだ!?


「ようし! いいぞ! そのまま射線を確保しろ!」


 ニーナさんたちは次々に矢を放ち、じりじりと包囲網を狭めようとしていたフォレストウルフを一匹、また一匹と仕留めていく。


 するとフォレストウルフたちは一気にギアを上げ、ニーナさんたちを狙って突撃を開始した。だがそれをケヴィンさんたち前衛がしっかりと間に入って止める。


 もちろん俺たちのほうにもフォレストウルフは回り込んでおり、二匹のフォレストウルフがこちらに向かって走ってくる。


「テオ!」

「おう! 俺は右な!」

「なら俺は左だ!」


 俺はテオと歩調を合わせて前に出ながら体内の魔力を練り上げ、剣の中に押し込むようにしてホーリーをエンチャントする。


 そして左のフォレストウルフの動きにタイミングを合わせ、噛みつこうと大口を開けたその口の中にカウンターで剣を突き入れた。


 ドサリ。


 体内で発動したホーリーにフォレストウルフは成すすべなく力尽き、地面に転がった。


 一方のテオはというと、この三年で大きくなった体をダイナミックに使ってフォレストウルフを仕留めていた。顔面と脇腹、そして首筋から血を流しているということは、俺と同じように突進に合わせてカウンターで顔面に一撃を当て、怯んで動きが止まったところを二発を当てたのだろう。


 さすがテオだ。


 というのも、テオの剣術は黒狼の顎のみんなにかなり評価されている。しかも俺よりも体格がいいことも相まって、今年に入ってようやく許可されたテオとの試合で俺はまだ一度も勝ったことがない。


 精霊の祝福で剣の才能を願ったのだから俺にだって才能があると思いたいのだが、そう簡単にはいかないらしい。


「テオ、やるなぁ」

「お前こそ。今回は光の欠片、出るんじゃね?」

「だといいけど」


 そんな話をしていると、警戒態勢を解いたニーナさんがこちらに近寄ってきた。


「うん。二人とも、上達したねぇ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 テオが真っ先にそれに反応した。


「本当よ。でも、油断はダメだからね?」

「は、はい……」


 テオは恥ずかしそうに頬をく。


 俺は周囲を見回し、ケヴィンさんたちもフォレストウルフを倒し終えているのを確認してからニーナさんに返事をする。


「ニーナさんに稽古をつけてもらっているおかげです」

「ふふ。そう? なら教えた甲斐があったなぁ」


 ニーナさんはそう言うと、嬉しそうに微笑んでくれたのだった。


◆◇◆


 その後俺たちはしばらく森で狩りを続け、三十匹のフォレストウルフ、七十九匹のホーンラビット、そして一頭のワイルドボアを狩ってスピネーゼの町へと戻ったのだった。


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 年内の更新はこれで最後となります。本作にここまでお付き合いいただきありがとうございました。皆様、どうぞよいお年をお迎えください。


 なお、次回更新は通常どおり、2024/01/01 (月) 18:00 を予定しております。

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