第45話 アサシンラット

 カーザ・アルチェはごく普通のゲストハウスで、俺たちは四部屋与えられた。そのうち三つはCランクであるケヴィンさん、グラハムさん、ニーナさんの個室で、残る一部屋はDランクの俺たちの相部屋だ。


 コーザではDランクとCランクに大きな待遇の差はなかったためあまり実感がなかったが、どうやらこれが本来のCランクとDランクの差ということのようだ。


 そのうえBランクになれば騎士相当の滞在手当てを出すとカミロ様も言っていたし、もしケヴィンさんたちが昇格したとなるとその待遇を変える必要も出てくるわけで……。


 なんとなくだが、コーザ男爵が約束を反故にした理由が理解できてしまった。


 その話はさておき、翌朝俺たちは早速D区域の地形を頭に叩き込むべく偵察にやってきた。


 スピネーゼの町を囲む外壁の周囲には広大な畑が広がっており、その畑を囲うように用水路が作られている。用水路は場所によってはかなりの深さがあり、さらに対岸には木の柵が作られているので、きっと用水路が事実上の第一防衛線としての役割を兼ねているのだろう。


 そんな用水路に架けられた跳ね橋を渡り、俺たちはモンスターの出現するエリアへと足を踏み入れた。


 どうやらこのあたりはまだ人の手が入っており、五十メートルほどは下草が刈り取られた状態となっている。だがそこから先は俺の背丈ほどはあろうかという高い夏草が生い茂っており、さらにその数百メートル先には森が見える。


 そんな生い茂る夏草を見て、グラハムさんがぼそりつつぶやいた。


「あの草藪くさやぶは厄介ですね」

「ん? なら刈っちまうか? アサシンラットが多いんだろ?」

「そうですね。受付嬢も言っていましたが、前任のクランは最初にアサシンラットを処理していたそうですし、我々もそうするべきです。そのためにはまず、前任のクランが利用していたはずの前線基地を探しましょう。そうすれば前任のクランのやり方がある程度わかるはずですし、同じ場所を利用できれば仕事がしやすいはずです」

「なるほど」


 そんな話をしながら茂みに近付いたそのとき、突然茶褐色の物体が飛び出してきた。


「ぐあっ!?」


 近くにいたラウロさんは反応できず、うめき声を上げた。いつの間にかラウロさんのふくらはぎに体長五十センチメートルほどの大きなネズミがみついてる。


「こいつ!」


 近くにいたダニロさんが剣を一閃し、噛みついているネズミを首から切り落とした。


 ドサッ。


 ラウロさんの足元にネズミの死体が転がる。


「アサシンラットか!」

「ダニロ! 早くラウロをこっちに運んでください。レクスくん! 早く治療を!」

「はい!」


 ダニロさんが茂みからラウロさんに肩を貸し、ゆっくりと茂みから離れる。だがそれを追いかけ、数匹のアサシンラットが飛び出してきた。


「させるかよ!」

「そこ!」


 だがその攻撃はすでに矢を番えていたニーナさんたちが正確に射貫いて防いでくれる。


「今のうちよ!」

「はい!」


 俺の前に運ばれてきたラウロさんの顔色はどんどん悪くなっていき、一刻を争う状態に見える。すぐにヒールをかけたいところだが、なんとアサシンラットの頭がまだラウロさんの見事に発達したふくらはぎの筋肉に歯を突き立てている。


「すみません。その噛みついている頭を!」

「おう! 任せろ」


 ケヴィンさんはそう言うとアサシンラットの頭部を持ち、無理やりアサシンラットの口を開かせた。


「これでいいな?」

「はい! ありがとうございます」


 俺はすぐさま水筒の水をかけてラウロさんの傷口を洗い、続いてヒールを掛ける。毒によってやや紫色になっていたふくらはぎはみるみる綺麗になり、徐々にラウロさんの顔色も良くなっていき、しして噛まれた傷口もすっかり塞がった。


「よし、これでもう大丈夫です」

「う……すまねぇ」

「いえ、ラニロさんが無事で何よりです」

「どう? 終わった?」


 飛び出してくるアサシンラットを倒し終えたのか、ニーナさんが近寄ってきた。


「はい。大丈夫です」

「そっかぁ。良かった。レクスくん、さすがだね!」

「ありがとうございます」


 ニーナさんに褒められてこそばゆい気持ちになっていると、今度はテオがやってきた。


「ニーナさん! ほら! 俺もやりましたよ!」


 嬉しそうにそう言ったテオは血まみれでぐったりとしているアサシンラットの尻尾を握り、ニーナさんに見せつける。


 きっと褒めて欲しいのだろう。


 だがそれを見たニーナさんはすぐさまテオを叱る。


「ちょっと! 何やってるのよ!」

「え?」

「動いちゃダメよ!」


 ニーナさんは一瞬で剣を抜き、テオの持つアサシンラットの頭にそれを突き立てた。


「ピギッ」


 ニーナさんに剣を突き立てられたアサシンラットはそんな鳴き声をあげ、ピクンと一瞬体を動かした。そしてすぐにその全身から力が抜ける。


 驚いたテオはアサシンラットから手を放したが、その体はニーナさんの剣先に突き刺さったままだ。


「テオくん、なんでこんな油断したの? 最後までトドメを刺さないとダメ。これはホーンラビットじゃないのよ? 噛まれたどうするつもり?」

「う……す、すみません……」


 テオは申し訳なさそうに頬をく。


「テオだけじゃねぇ。お前ら全員油断すんなよ!」

「はい!」


 ケヴィンさんが気合を入れ直してくれ、俺たちは周囲を警戒しつつ偵察を続けるのだった。


◆◇◆


 それからは少し移動する度にアサシンラットに襲撃されるということが延々と続いた。


 あまりにも数が多いため、途中からは分業体制を取ることとなった。俺はテオと一緒にアルバーノさん率いる解体班に入り、討伐班が狩ったアサシンラットをひたすら解体し続けている。


 そうしてもうかれこれ六時間以上はアサシンラットの解体を続けているのだが、その数が一向に減らない。


「おいおい、これは一体どうなってやがるんだ?」

「ケヴィン、この数は異常です。事故が起こる前に撤退したほうがいいでしょう」

「グラハム……そうだな。お前ら、少しずつ下がって解体班を守れ」


 そうして討伐班が徐々に茂みから離れていき、十メートルほど距離を取ったところでようやくアサシンラットの襲撃が止んだ。


「おい、シェフ。何匹だ?」

「うーん、大体しち八十匹くらいですね」

「ケヴィン、一旦ギルドに戻って報告しましょう」

「ああ、そうだな」


 こうして俺たちは大量の毛皮と魔石を持ち、ギルドに帰還するのだった。


◆◇◆


「黒狼の顎の皆さん、おかえりなさいませ。本日は偵察とお伺いしていましたが、いかがでしたか?」


 ギルドに帰ってくると、昨日の受付嬢がそう言って笑顔で出迎えてくれた。


「ああ、こいつを見てくれ」


 俺たちはカウンターにアサシンラットの毛皮と魔石を入れた袋を置いた。


「全部アサシンラットのもんだ。七十四ある」


 すると受付嬢は表情を変えず、笑顔のまま質問してくる。


「魔石も七十四個あるんですか?」

「ああ、そうだ」

「まあ! それは素晴らしいですね。アサシンラットの魔石は小さくて見つけにくいのに、黒狼の顎の解体担当の方は腕が良いのですね」


 受付嬢はそう言って驚いたものの、七十四匹という数には驚いていないようだ。


「一つよろしいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「七十四匹という数については、どう思いますか?」


 グラハムさんも俺と同じ疑問を持っていたのだろう。そう言って話に割り込んだのだが、一方の受付嬢は困惑しているようだ。


「申し訳ございません。どう、というのは?」

「ですから、たった半日で七十四匹狩るという状況についてです」

「ええと、それが何か?」


 受付嬢は何を聞かれているのか分からないようで、首をこてんとかしげている。


「……特筆すべき状況ではないのですか? 我々が以前いた地域でしたら大騒ぎになっていると思うのですが」


 すると受付嬢はようやく得心が行ったようだ。


「ああ、そういうことですか。スピネーゼにおいて、一日に七十四匹というのは少ないほうです。クランがモンスター討伐に出ているのでしたら、一日に百から二百匹ほど討伐するのが平均的ではないかと思いますよ」

「なんと……!」


 これにはさすがのグラハムさんも驚いた様子で、俺もこれにはまったくの同感だ。


「ですが、今日は初日ですしね。それに、事故の起きやすいアサシンラットの処理から始められているのはとても素晴らしいと思います。何せ前任のクランがメンバーを失った原因の多くはアサシンラットによるものでしたから」


 受付嬢はそう言ってフォローしてくれたものの、スピネーゼの厳しい現実を突きつけられた格好だ。


 それから俺たちはアサシンラットの毛皮と魔石を納品して報酬を受け取ると、カーザ・アルチェへと戻るのだった。


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 次回更新は通常どおり、2023/12/31 (日) 18:00 を予定しております。

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