第10話 当面の目標

「他に何か質問はあるかな?」

「え? そうですね。冒険者ランク以外のことでもいいですか?」

「もっちろん。私が知ってることならね」

「じゃあ、魔法について教えて欲しいんですけど……」

「魔法? うーん、私は使えないからよく分からないなぁ」

「そうですか。じゃあ、黒狼のあぎとの中だと誰が使えるんですか?」


 すると、ニーナさんはポカンとした表情を一瞬浮かべたが、すぐに子供をあやすような表情になる。


「そっかぁ。そうだよね。やっぱりみんな魔法に憧れるよね」


 ニーナさんはうんうんとまた何度もうなずいた。


「でもね。魔法を使えるなんて一部の貴族くらいで、普通の人で使える人はいないわ。魔力を持つ子供はね。魔力を持つ両親からしか生まれないの」

「えっ? そうなんですか?」

「そうよ。レクスくんのご両親のどちらかが貴族で魔力持ちだっていうなら別だけど、そうじゃないならいくら努力しても魔法を使えるようにはならないわ。夢を壊しちゃうようで悪いけど」


 そう言ってニーナさんは申し訳なさそうな表情をした。


 なるほど。ということは、魔法を使えることがバレると大騒ぎになりそうだ。最悪、父親を名乗る変な奴が出てきて連れていかれるなんてこともあるかもしれないな。


「ほら、そんながっかりしないで。今からしっかりやればDランクまではなれるわ。そうしたらちゃんと生活できるようになるし、運がよければCランクにもなれるかもしれない。そうなったらスイーツを毎日食べられるようになるよ?」


 ニーナさんは俺の考えを誤解したようだが、あえて訂正はしないでおこう。


「……そうですね。もう少し質問してもいいですか?」

「もちろん! 何かな?」

「はい。貴族の人の魔法って、どういうことができるんですか? やっぱり火の玉を飛ばしてモンスターを倒す、みたいな?」

「うーん、そうねぇ。私もあまり詳しくないのだけれど、人によって使える魔法が違うらしいわ。ある人は火の魔法しか使えない、別の人は水の魔法しか使えない、みたいな?」


 これは、もしかして第二適性が存在しないということか?


 だが俺は第二適性で取ったほうの光属性魔法を使えている。これはどういうことだ?


「じゃあ、火が使えて、風も、みたいな人はいないんですか?」

「聞いたことないわね。ごめんなさい。私、魔法は詳しくないから……」

「あ、はい。難しいことを聞いてすみません」


 するとニーナさんは申し訳なさそうに微笑んだ。


「じゃあ、魔法で有名な人ってどんな人がいます?」

「有名な人? そうねぇ。やっぱりルカ・ディ・パクシーニ王太子殿下じゃないかしら? なんたって、私たちの希望の光だもの」

「え? そうなんですか?」

「あらら。自分の国の王太子殿下を知らないのはちょっと恥ずかしいぞ~」

「う……すみません」

「まあ、十歳ならまだかもね。これを機会に覚えちゃおう」

「はい。それで、その王太子殿下の魔法はそんなにすごいんですか?」

「うーん、そうねぇ。レクスくんの『すごい』は火の玉を飛ばして爆発、みたいに派手なのを想像しているかもしれないけれど、そういう意味だとすごくはないかな。でも別の意味ですごいわ」

「どういうことですか?」

「ふふふ、知りたい?」


 ニーナさんはなぜかやたらともったいぶる。


「ちょっと、ニーナさん……」

「どうどう? 知りたい?」

「はい、知りたいです。教えてください」

「よーし。聞いて驚け~、なんと! なんとなんとなんと! 王太子殿下は光の魔法を使うのだ~!」


 ニーナさんは自分のことでもないのになぜかドヤ顔だ。


「ええと……」

「あれ? あまりすごさが伝わってないみたいだね。いい? 王太子殿下の光の魔法はモンスターを簡単に倒せるの。なんでも、王太子殿下の光の魔法が宿った剣で斬られたモンスターは、急所をついていないのに一撃で倒れるんだって」


 ……要するに、ホーリーを剣にエンチャントしてモンスターを斬ったということかな?


 光属性はモンスター特攻の属性なのだから、弱いモンスターを一撃で倒せるのは当然だ。そしてホーリーは遠くに飛ばそうとすると威力が大幅に減退してしまうため、エンチャントするか直接叩き込むのが常道だ。


「あの、どうして希望の光なんて呼ばれてるんですか? ニーナさんだってモンスターを倒せるじゃないですか」

「うーん、希望の光って呼ばれているのはそっちじゃないかな」

「え? どういうことですか?」


 すると、ニーナさんは真剣な表情になると、椅子を動かして俺の隣に寄ってきた。そしてそっと耳打ちする。


「これはあまり大声で言えないことなんだけど、マッツィアーノ公爵家に対抗できるからよ」

「えっ!? マッツィむぐっ」


 ニーナさんは俺の口を大慌てで塞いだ。


「ほら、声が大きい」


 そう言うと、ニーナさんは俺の口を塞いでいる手を放した。


「すみません……」


 するとニーナさんは小さく頷くと、真剣な表情のまま耳打ちを続ける。


「いい? レクスくんが知ってるかどうかは分からないけど、マッツィアーノ公爵家はこの国の影の支配者と言ってもいい貴族家よ。あの家系はね。モンスターを従えることができるの」


 え? あ……そういえば嘆きの悪役令嬢セレスティアイベントで登場した亡霊のセレスティアはたしかに闇属性の魔法を使い、モンスターを操っていた。


「知ってると思うけど、モンスターってどこからともなく無限に現れるじゃない? でもマッツィアーノ公爵家は、そのモンスターを使ってモンスターを退治しているのよ」

「……それなら、いいことをしてるんじゃ?」

「そこだけはね。でも、それをいいことにやりたい放題しているのよ。一番有名なのは、気に食わない領地にモンスターをけしかけてお金を巻き上げているっていう話ね。他にも違法カジノやら奴隷の密売やら、色々と黒い噂が絶えないのよ」


 それは……悪質なんてもんじゃない。


「いくら強い冒険者でも無限に現れるモンスターを相手することはできないわ。分かるわよね?」

「はい」

「だから、この国で一番偉いのは国王陛下だけど、裏で牛耳っているのはマッツィアーノ公爵なの」

「……そんなに権力があるなら、なんでマッツィアーノ公爵は国王になろうと思わないんですか?」

「さぁ? なんでかしらね?」


 ううむ。これは困ったぞ。Sランク冒険者になれば貴族になれ、ティティとマリア先生を助け出せると思っていたがそう簡単にはいかなさそうだ。


「あの、てことはSランク冒険者でもマッツィアーノ公爵には逆らえないですよね?」

「え? そうね。多分話にならないわね。マッツィアーノ公爵に逆らえる可能性があるとしたら王太子殿下だけじゃなかな」

「やっぱりそうですよね……王太子殿下かぁ」

「あれ? 王太子殿下に興味が出てきたの?」

「ええ、まぁ……」

「そうねぇ。王太子殿下に会いたいんだったら、まずは最低でもBランクにならないとね」

「え? どうしてですか?」

「Bランクになるとね。騎士と同じ扱いをしてもらえるようになるの。そのまま騎士団に引き抜かれて本物の騎士になる人もいるわ。そうすればもしかしたら王太子殿下の銀狼騎士団と一緒に戦えるかもね」

「なるほど。ありがとうございました」


 とりあえず、ティティとマリア先生を助け、仇を討つ道がとんでもなく大変だということは理解できた。


 最終的にSランクを目指すとして、当面の目標はBランクになることだ。さらに王太子殿下に力を貸してもらえるように交渉できるようにする必要があるわけだが……これについてはもう少し状況を理解してから考えるとしよう。


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 次回更新は 2023/12/03 (日) 12:00 を予定しております。

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