第9話 冒険者ランク

2023/12/10 誤字を修正しました。

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 ニーナさんに連れられて少し歩き、少し奥まった場所にある扉の前までやってきた。


「着いたわ」


 ニーナさんが扉を開けると、中は小さな脱衣所のようで、洗濯籠が二つ置いてある。


「ねぇ、レクスくん」

「なんですか?」

「一人でシャワー、使ったことある?」

「ないですけど……」

「そっかぁ」


 ニーナさんは怪しい笑みを浮かべる。


「なら、最初は使い方が分からないだろうから、お姉さんと一緒に入ろうか。事故があってもいけないしね」

「えっ? 事故!?」


 俺はそのままニーナさんに引っ張られ、脱衣所に引っ張り込まれた。ニーナさんは即座に鍵を掛け、外に出られないようにする。


「服はここで脱ぐのよ。脱いだ服は全部そこの籠に入れて」

「ええと……ニーナさん」

「なあに?」

「男が女湯に入るのはまずいのでは?」


 するとニーナさんはキョトンとした表情になり、それから大爆笑し始めた。


「あはははは。なあに? レクスくんもおませさんなのかな? 十歳の男の子と一緒に入ったって誰も気にしないわよ? あはははは。テオくんもだけど、最近の男の子ってみんなそうなの? あはははははは」


 よほどツボにハマったのか、涙を流しながら爆笑している。


「ほらほら。変なこと言ってないで早く脱ぎなさい。それとも、お姉さんに脱がせてほしいのかなぁ?」


 ニーナさんは両手をわきわきと動かす。


「わ、わ、分かりました。脱ぎます。脱ぎますから!」

「よろしい」


 こうして俺は図らずもニーナさんと混浴することになったのだった。


◆◇◆


 ふう。いいお湯だった……。


 温水シャワーを浴びてさっぱりしたものの、大切な何かを失ったような気分だ。


 何があったかは言いたくないが、シャワーはもう一人で浴びるということだけは宣言しておこうと思う。


 さて、シャワーを浴びたあとはニーナさんに連れられ、受付の近くにあるテーブルがずらりと並んだスペースにやってきた。


 俺たちが汗を流している間に椅子はすべて降ろされていて、数人の冒険者らしき人たちがすでに豪快にジョッキを傾けている。


「あの、ここは?」

「ここはギルド併設の酒場よ。でもね。なんと、スイーツもやっているのよ。初日の訓練、頑張ったからお姉さんがご馳走してあげる」

「え? いいんですか?」


 この国でスイーツはとんでもない高級品のはずだ。それを会ったばかりの俺におごってくれるなんて……。


「こらこら。子供が遠慮なんてするもんじゃないよ。こう見えても私、Cランクだからね」

「……分かりました」

「よろしい。じゃあ、ついでにここの使い方も説明しちゃおうかな。注文はあそこのカウンターに行って、自分でするの。ついておいで」

「はい」


 俺たちはニーナさんの指さしたカウンターにやってきた。


「あ! 今日のは桃のタルトじゃない! すみません。桃のタルト二つお願いします」

「はい。2リレとなります」


 ニーナさんは懐から青銅貨を二つ、店員さんに手渡し、店員さんからスイーツと書かれた木の札を二枚受け取った。


「あとは席に座って待ってれば運ばれてくるわ」

「なるほど」


 そのまま俺たちは適当な席に座ると、すぐに桃のタルトと紅茶が運ばれてきた。


「あっ! 来た来た。レクスくん、どうぞ」

「ありがとうございます」


 勧められるがまま、桃のタルトをいただく。大学生だったころの記憶でしか食べたことのない甘さに夢中になり、気付けばもうタルトはなくなっていた。


「ふふっ。どう? 美味しかった?」

「はい! 甘いものは果物しか食べたことなかったので……」

「そうかそうか。レクスくんも、私みたいにCランクになれば毎日でも食べられるようになるよ」


 ニーナさんはそう言うと、自慢気な表情を浮かべた。


「そうなんですか?」

「そうだよ~。冒険者はね。みんなCランクを目指すの」

「そうなんですね」

「あれ? あんまり詳しくないの?」

「はい。Sランクになると貴族になれるっていうのは知ってますけど……」

「あはは。Sランクかぁ。Sランクになりたいの?」

「はい。そりゃあもちろん……」

「そっか~。うんうん、分かるよ~。最初は誰もが憧れるもんね。Sランク」



 そう言ってニーナさんは大げさに何度もうなずいた。


「でも、Sランクはちょっと雲の上の人かなぁ。ここ数十年は誰もいないはずだよ」

「えっ? そんなにですか?」

「うん。ほとんどの冒険者はね。Dランクで終わるの。Dランク冒険者百人のうち、大体九十五人くらいはDランクのまま引退するわ」


 なんと! Cランクでもそんなに狭き門だったとは……。


「Dランクまで上がるのはね。そんなに難しくないの。きちんと腕が立って、冒険者の規則を理解していれば誰でも上がれるかな。でも、Cランクに上がるにはね。支部長以上の認定が必要なのよ。ギルドの支部とか本部のことはわかる?」

「いえ、なんとなくでしか……」

「そっか。それじゃあ説明するわね。まず、冒険者ギルドの総本部は王都レムロスにあるわ。それで、総本部長は国王陛下よ」

「それは受付で教えてもらいました」

「うん。つまり、冒険者ギルドは私たちの暮らすパクシーニ王国の組織ってことね」

「はい」

「それでね。この国には王族の他にも色々な貴族の方がいて、それぞれ領地をお持ちでしょう?」

「はい」

「で、その領地それぞれに冒険者ギルドがあって、その本部が領都にあるの。ここはそのうちの一つ、コーザ男爵領本部。じゃあ、本部長は誰だと思う?」

「……領主のコーザ男爵、ですか?」

「正解! それじゃあ、正解したレクスくんには私のタルトに乗っている桃の蜂蜜漬けを一つ分けてあげよう」


 ニーナさんはそう言ってタルトの上から桃の蜂蜜漬けを俺の食べ終わったお皿の上に乗せてくれた。


「ありがとうございます!」


 俺はもちろん、すぐにそれを口の中に放り込む。


「ふふっ。どういたしまして」


 ニーナさんはそう言って微笑んだ。


「じゃあ、説明に戻るわね。それぞれの領地にある領本部以外の冒険者ギルドには、支部と出張所があるわ。大きな町にあるのが支部で、小さな町や村にあるのが出張所。出張所は支部の出先機関っていう扱いね。だから出張所で認定できるのはDランクまでなの」

「そうなんですね。支部長や出張所長も貴族なんですか?」

「お! いい質問だねぇ」


 ニーナさんは感心した様子でうんうんとうなずいた。


「支部長は、領本部長が任命した人がなるの。だから一番多いのは領主様の親族が町長に任命されて、兼任するのが多いかな。あとは町長の息子がなってるのも割と見かけるわね。ただ、出張所の所長は平民ばかりの印象ね。やっぱり小さな町や村だし、貴族にはあまり人気がないんじゃないかしら。もちろん領主様の親族が多ければそちらに回されるんでしょうけど……」

「なるほど。ということは、Cランクになるには貴族に認められる必要があるから大変ってことですか?」

「お! 大正解! ちなみにBランクになるには領主様、Aランク以上は国王陛下の認定が必要よ」

「国王様!?」

「そういうこと。ね? ハードル、超高いでしょ?」

「はい。大変そうだと思います」

「で、そのハードルをクリアするために私たち黒狼の顎はここに来てるってわけ」

「え? どういうことですか?」

「ふっふっふっ。何せここは領本部だからね。あとは大人の事情かな」


 ニーナさんはそう言って不敵な笑みを浮かべるのだった。

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