第8話 訓練体験

2023/12/02 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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「ようし。じゃあ坊主もせっかくだからちょっと訓練していけ」

「いいんですか?」

「おう! 初日だから体験程度だがな。得物は、お! 剣か。体はどうだ?」


 ケヴィンさんが俺の腕や腰回りを触ってくる。優しく触っているつもりなのだろうが、ケヴィンさんの力が強すぎてそれだけでも痛い。


「おっと、痛かったか。悪い悪い。ただ、これじゃあまず体を作らないといけねぇな」

「わかりました」

「ま、普通はそんなもんだ。焦るのは禁物だからな。小さいころから筋トレしてもあまり意味ないぞ。体が成長しきってからでも俺みたいな筋肉は手に入るからな」


 いや、別に俺はケヴィンさんのような筋肉が欲しいわけではないのだが……。


「そうだな。でも俺はあいつらを見ないといけないし……そうだ! おい! ニーナ!」

「なんですか?」

「ちょっとレクスも一緒に面倒見てやってくれ」

「え!?」


 ニーナさんの隣にいたテオが明らかに不満げな表情を見せる。


「分かりました。それじゃあレクスくん、こっちにおいで」


 ニーナさんはテオを気にする素振りもなく、俺を手招きしてきた。


「はい。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」


 ニーナさんはそれから俺の顔をじっと見つめてくる。


「ニーナさん?」

「ああ、うん。ごめんね。小さいのにすごく礼儀正しいからビックリしちゃって」

「それは……」


 ふと根気強く基本的なマナーを教えてくれたマリア先生の顔を思い出す。


「ああ、ごめんごめん。嫌なこと思い出させちゃったかな? ごめんね」

「いえ、大丈夫です」


 するとニーナさんはふっと表情を崩す。


「ううん。レクスくん、偉いね。将来はきっと立派な大人になるよ」

「……がんばります」


 それから少しの間俺たちは沈黙していたのだが、そこにテオが割って入ってくる。


「ニーナさん! 早く続きをお願いします!」

「え? ああ、そうだったね。じゃあレクスくん、あそこに置いてある練習用の木剣の中から持ちやすいものを持ってきて。今日は振り回せればどれでもいいけど、あんまり重すぎないやつがいいかな」

「わかりました」

「ニーナさん!」

「ああ、うん。テオくん、ごめんね。それじゃあ、素振りだね。レクスくん、取っておいで」

「はい」


 ニーナさんに言われ、訓練場の端に山積みになっている木剣の中から適当に一本を持ってみる。


 うわ! 重い! これはとてもではないが振り回せそうにない。


 それから木剣の山を漁っていると、かなり短めの木剣を発見した。


 これならなんとかなるかもしれない。


 そう考えた俺は授業でやった剣道の要領で面の素振りをしてみる。


 お! これなら大丈夫そうだ。


「ニーナさん、持ってきました」

「うん。じゃあ、私の真似をして構えてみて。こんな感じ」


 そう言うと、ニーナさんは木剣をすっと正眼に構えた。さすが冒険者だけあって構えがしっかりしている。


 俺は早速ニーナさんを真似して構えてみた。


「こうですか?」

「うん、そうそう。いい感じよ。それじゃあ素振りしてみよう。ゆっくりやるから見ていてね。まずはこうやって振り上げる」


 ニーナさんはゆっくりと木剣を振りかぶり、そしてゆっくりと振り下ろして正眼の構えに戻った。


「真似してみて」

「はい」

「振り上げて……そう。そのまま真っすぐ振り下ろす」


 俺はニーナさんの指示どおりにゆっくり振り上げ、そして振り下ろした。


「そうそうそう! 上手いじゃない! レクスくん、もしかして剣、習っていた?」

「いえ、習ったことはないです」

「そうなんだ! なら才能あるよ! きっと」

「本当ですか?」

「うん。ホントホント。じゃあ、今度はもう少し早く振ってみようか。振り上げて、振り下ろす。そう、その調子よ! すごいね!」


 なんだかニーナさんに褒められると自分ができているような気分になってくる。


「なんだよ。それぐらい俺だって初日にできたし……」

「テオくん、こっちばっかり見てないで素振りして! 私、ちゃんと見てるからね」

「っ!」


 テオはよほど俺のことが気になるのか、ちらちらとこちらを盗み見ているようだ。


「レクスくんもこっちに集中」

「あ、はい。すみません」

「うん。じゃあもうちょっと素早く振ってみようか」


 こうして俺はニーナさんに指導され、素振りを続けるのだった。


◆◇◆


「はーい。二人ともお疲れ様。よく頑張ったわね」

「ありがとう……ございました……」


 体験程度と聞いていたのだが、結局一時間ぶっ通しで素振りを続けさせられた。おかげでもう腕が棒のようになっている。


 正直、途中でもう投げ出そうと何度も思ったのだが、その度にニーナさんが絶妙なタイミングで褒めてくれ、ついもう少し頑張ろうという気分になってしまったのだ。


 きっとニーナさんは教え上手で、だからこそケヴィンさんはニーナさんを指名したのだろう。


「それじゃあ、シャワーを浴びに行こっか」

「えっ? シャワーがあるんですか?」


 するとニーナさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そうだよ~。し、か、も! なんとホットシャワーなのだ!」

「ええっ!? お湯が出るんですか!?」


 信じられない! まさかお湯なんて贅沢品が!


「うーん! いい反応だねぇ。よし! じゃあ案内してあげよう。おいで!」

「はい!」

「ほら! テオくんもおいで。汗を流さないと」

「……俺は……いい」

「そう? じゃあレクスくん、行こっか」

「はい」


 こうして俺たちは訓練の汗を流すため、シャワーを浴びに向かうのだった。

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