第7話 黒狼の顎
それから俺は受付の女性に案内され、冒険者ギルドに併設されている訓練場へとやってきた。テニスコート二面分ほどある広い訓練場ではいくつかのグループが剣の訓練を行っている。
「あ! いたわぁ。ちょっとー! ケヴィンちゃーん!」
彼女が大声で呼ぶと、遠目からでも分かるほど体の大きい褐色の肌を持つスキンヘッドの男がこちらを向いた。
彼がケヴィンさんのようだ。
「さぁ、いくわよぉ」
「はい」
案内されるまま訓練場を横切り、ケヴィンさんのところへと移動した。
近くで見るとやはりケヴィンさんは大きい。見上げるほど背が高く、筋肉の塊なのではないかと思えるほどよく鍛え上げられている。
そんなケヴィンさんは俺のことをものすごい表情で一瞥してくる。
……歓迎されていないのだろうか?
いや、それもそうか。いきなり十歳の子供の面倒を見ろと言われても迷惑なのだろう。
「クレオパトラさん、またですか?」
ん? ちょっと待て。今、この人のことをクレオパトラって呼ばなかったか?
「そうよぉ。新人の子なのぉ。カワイイでしょぉ?」
そう言って彼女は貫禄のある体をくねらせる。するとケヴィンさんは大きなため息をついた。
「クレオパトラさん、うちは託児所じゃないんですが……」
……やはり彼女の名前はクレオパトラで間違いないようだ。俺はこのなんとも言えない気持ちをどうすればいいのだろうか?
そりゃあ、この世界でクレオパトラは絶世の美女の代名詞ではないのだろうけれど……。
ちなみにクレオパトラさん、背こそケヴィンさんよりも頭二つ分ほど低いが、横幅ではケヴィンさんに圧勝している。
「あらぁ? レクスちゃん、何かイケナイこと、考えてないかしらぁ?」
「い、いえ。そんなことは……」
「そう。それならいいんだけど」
クレオパトラさんは真顔で俺のことをじっと見てくる。
「その……ケヴィンさんが鍛えられててすごいなって思っていました」
「おお! そうか! 坊主、中々見どころがあるじゃないか!」
ケヴィンさんが突然上機嫌そうな声でそんなことを言い始めた。
「あ、はい。ありがとうござ……っ!?」
だが見上げたケヴィンさんの顔はどう見ても不機嫌そうで、思わず言葉に詰まってしまった。
「あらぁ、レクスちゃんもケヴィンちゃんの顔が怖いのねぇ。大丈夫よぉ。ケヴィンちゃん、とっても優しいから」
……本当にそうなのだろうか? あれは怒っているようにしか見えないのだが……。
「ああ、すまねぇな。この顔は生まれつきなんだ」
「あ、いえ。その、大丈夫です」
「アタシはケヴィンちゃんの顔、可愛いと思うのだけどねぇ」
「クレオパトラさん、さすがに可愛いというのはちょっと……」
「あらぁ。昔はもっと可愛かったのよぉ。今は、ちょっとだけ♡渋くなったわねぇ」
クレオパトラさんはそう言ってまたもや体をくねらせる。それを見たケヴィンさんは額に手を当て、大きくため息をついたのだった。
◆◇◆
それからクレオパトラさんは三十分くらいしゃべり続けていたが、ケヴィンさんがそれとなく促すと受付へと帰っていった。
「さて、じゃあ坊主。俺はケヴィン。黒狼の
「レクスです。今日コーザに来ました。ベルトーニ子爵領出身です」
「ああ、ベルトーニ子爵領か。そうか。大変だったな」
ケヴィンさんの表情は相変わらず不機嫌なようにしか見えないが、その声は同情してくれているみたいだ。
「よし! 坊主、ギルドからの依頼で俺らが手伝うのはEランクに上がるまでだ。そっから先、ウチに残ってやれるかはお前次第だ。俺のような筋肉を手に入れたいなら、しっかり頑張れよ」
「はい!」
「ようし! いい返事だ。じゃあ今いるウチのメンバーを紹介するぞ。おーい、お前ら、集まれ」
ケヴィンさんが呼びかけると、剣を打ち合っていた人たちがぞろぞろとこちらにやってくる。その中には俺と同じくらいの背丈で茶髪の少年が一人交じっている。
「お前ら、今日からウチで面倒を見ることになった新人を紹介するぞ。坊主、自己紹介しろ」
「はい。はじめまして! レクスです。今日からお世話になります。よろしくお願いします!」
「ようし。じゃあ順番に紹介するぞ。そこの茶髪がダニロ、そこのハゲがラウロ、どっちも見てのとおり剣士だ」
ラウロさんはダニロさんよりも十センチほど背が低い。しかしその筋肉は、ケヴィンさんほどではないもののダニロさんよりはかなりすごい。
ちなみにケヴィンさんはダニロさんよりも頭一つ分くらい背が高い。多分、ここにいる誰よりも背が高いのではないかと思う。
「ダニロだ」
「ラウロだぜ。って、リーダー! ハゲじゃねーっすよ! 剃ってるだけっすよ!」
「おう、そうかそうか。んでその隣の青い髪のがリカルド。弓メインで剣もそこそこいける」
「ちょっと! リーダー! スルーっすか!?」
ラウロさんが抗議するが、ケヴィンさんは完全にスルーしている。紹介されたリカルドさんはというと、俺のほうを見て小さく
「その隣がニーナだ」
「ニーナよ。よろしくね」
ニーナさんはそう言ってポニーテールにまとめた黒髪を揺らし、ニッコリと微笑んだ。ニーナさんもスラッと細くて、女性にしては背が高いほうだと思う。
「よろしくお願いします」
「で、最後。そこのちっこいのがテオ、お前と同じFランクだ。しかも十歳で同い年だから、仲良くするように」
そう紹介されたテオだったが、なぜか俺のほうをキッとにらんできた。彼の茶色の瞳にははっきりと敵意が浮かんでいる。
はて? 何か怒らせるようなことをしたか?
よく分からないが、とりあえずこのクランでは先輩になるわけだし、仲良くしておいたほうがいいだろう。
「よろしく」
俺はフレンドリーに握手を求めるが、テオはその手を払いのけてきた。
「俺のほうが先にEランクに上がるからな!」
「えっ?」
どうやら勝手にライバル視されているようだ。そういうものではないが、十歳ならそんなものかもしれない。
え? お前も十歳じゃないのか?
それはそうなのだが、大学生だったときの記憶が戻ったおかげか、かなり落ち着いた考えができるようになっている気がする。
「がははははは。テオ、頼もしいじゃないか。後輩に負けないように頑張れよ」
ケヴィンさんはそう言って豪快に笑うのだった。
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