第5話 入街審査
無人となったボアゾ村を出て、一週間山道を歩いてコーザ男爵領の領都コーザにやってきた。
さすがは領都だ。ボアゾ村とは違い、しっかりとした石造りの街壁に囲まれている。
そして俺は今、その入口の門で入国ならぬ入街審査の列に並んでいる。
ちなみにボアゾ村は、ベルトーニ子爵領という別の貴族の領地の北部にある。道もベルトーニ子爵の領都オピスタレトに向かうもの以外はきちんと整備されていないため、ボアゾ村からどこかに行くときは普通、オピスタレトを経由するのが一般的だ。
しかし俺はあえて領都へ向かうのではなく、ほとんど使われていない山道を使ってコーザへと向かうことを選んだ。
その理由はあいつらに見つからないようにするためだ。なぜ孤児院に火をつけてまで俺たち全員を殺そうとしたのかは不明だが、とにかくあいつらには俺を殺す理由があったことは間違いない。
俺は顔を見られているし、もし見つかればきっと殺されるはずだ。であれば出会わないようにしておいたほうが得策だろう。
もちろんもしかするとモンスターと戦え、レベリングができるのではないかという淡い期待もあったのだが、こちらは空振りに終わった。
マリア先生の話だと、山奥は騎士団や冒険者たちによるモンスターの駆除が追いついていないと聞いていたのだが、どうやらこのあたりはそうでもなかったらしい。
もっともステータス画面にステータスやレベルが表示されていない以上、レベリングをしてもあまり意味はないかもしれないが。
「次、そこの坊主」
「はい」
順番が回ってきたので俺は前へと歩み出た。担当の兵士は三十歳前後の男で、投げやりな様子で質問を投げかけてくる。
「ずいぶん小さいな。いくつだ?」
「今年で十歳になりました」
「そうか。どこの出身だ?」
「隣のベルトーニ子爵領です」
「そうか。身分証はあるか?」
「ありません。冒険者になりにきました」
「そうか」
兵士の男は俺の全身を舐めまわすように見る。
「はぁ。まあ、荷物持ちぐらいにはなれるだろ。おい、上の服を脱いで両手を上にあげろ」
「はい」
素直に言われたとおりに服を脱ぎ、両手を上げて万歳のポーズをとる。
「回れ」
「はい」
またも言われたとおりにゆっくりと体を回転する。
「犯罪歴はなし、と。ああ、もう服を着ていいぞ」
「はい」
「服を着たらそこの扉の中で冒険者希望と伝えろ」
「はい」
言われたとおりに服を着て、指示された扉から中に入った。するとそこにはさらにやる気のなさそうな男が一人で頬杖をついて窓の外を眺めていた。
「あの、すみません。冒険者希望なんですけど」
すると男は俺のほうにちらりと視線を向け、大きくため息をついた。
「ああ、はいはい。じゃこっち来て」
「はい」
言われたとおりに机の前まで近付いた。すると男はいかにも面倒くさそうな様子で、頬杖をついたまま俺に質問をしてくる。
「字は?」
「え?」
すると男は大きなため息をついた。
「だから、字は?」
「え? 字、ですか?」
男は再び大きなため息をつくと、嫌みを言い始める。
「あーあ、まったく。これだから冒険者になろうとかする下民は嫌なんだ」
「えっ?」
まさかの差別に俺は思わず絶句してしまう。
「何がえっ、だよ。いいから早く答えろよ。お前、字は書けるのか?」
「え? あ、はい。書けます」
すると男はあからさまに舌打ちをすると、一枚の紙を指で弾いてこちらにとばしてきた。しかし勢いあまって紙は机をオーバーし、ひらひらと床へと落下していく。
「その申込書に必要事項を記入してサイン。終わったらよこせ」
「はい」
俺は床に落ちた紙を拾い、記入しようと思ったがペンがない。
「あの……ペンをお借りしたいのですが……」
すると男はまたもや大きなため息をつき、またもや嫌みを言い始める。
「下民はペンすら持っていないのか」
いやいや、ペンを買って持ち歩けるような奴が冒険者になりに来るわけないだろうが。そもそも教会にだってペンは一本しかなくて、授業のときは地面に木の枝で書いて字を覚えたくらいなのに。
だが、こんなところでこいつに怒りをぶつけたところで何にもならない。俺はぐっとこらえ、下手に出る。
「申し訳ありません。お借りできませんか?」
すると男は再び大きなため息をついた。
「あーあ、まったく。ペンはそこのを使え」
「はい」
投げやりな態度で指し示された先にはペンとインクが用意されていた。
「さっさとしろよ。俺は忙しいんだ」
「はい」
どう見ても忙しくないだろうという言葉が口から出かかったが、それをなんとか飲み込み記入を始める。
「盗んだりするなよ?」
「……はい」
俺は心を無にして急いで記入し、男に提出する。
「お願いします」
「……ちっ」
面倒くさそうに申込書の内容を確認した男はなぜか舌打ちをしたが、申込書に今日の日付とサインを書き込むと俺に突き返してきた。
「これを持って冒険者ギルドに今日中に出頭しろ」
「あ、はい。その……」
「なんだ?」
「冒険者ギルドはどちらにあるんでしょうか?」
すると再び男は大きなため息をついた。
「出たら真っすぐだ。あとは自分でなんとかしろ」
「え?」
「ほら、早く行け。俺は忙しいんだ」
そう言うと、男はめんどくさそうにあっちへ行けという手振りをした。これ以上の質問を諦め、俺は言われたほうへと歩きだすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます