第4話 ボアゾ村の惨劇

2023/12/10 誤字を修正しました。

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 俺は覚悟を決めてブラッドスライムに右手を突っ込んだ。右手にすさまじい痛みが走る。


「ぐっ……」


 俺はそれを必死に我慢し、【光属性魔法】のホーリーを発動するように念じた。すると体内の魔力が右手から激しい光となって放出される。


「うわっ」


 あまりのまぶしさに俺は目をつぶる。


 コトン。


 何かが落ちる音に恐る恐る目を開けてみる。するとそこにはブラッドスライムの巨体はなく、床には溶け残ったであろう骨の残骸と、親指ほどの大きさのダイヤモンドのような宝石が転がっていた。


 あれは……きっと光の欠片だろう。


 光の欠片というのは、ブラウエルデ・クロニクルでモンスターを光属性の攻撃で倒すとたまにドロップする宝石だ。光の欠片を使うと【光属性魔法】のスキル経験値が得られるほか、【錬金術】の材料にもなる。


 ちなみに通常ドロップは魔石なのだが、そちらは真珠のような宝石なので違うはずだ。


 さて、昨晩確認したステータス画面にはスキルレベルもスキル経験値も表示されていなかったわけだが、もしこれが光の欠片でブラウエルデ・クロニクルと同じ仕組みがあるのであれば、【光属性魔法】を強化できる可能性があるということだ。


 俺は光の欠片らしき宝石を拾い、じっと観察してみる。


 なるほど。透明でキラキラしていて、これがもし本物のダイヤモンドならものすごい高値で売れそうな気がする。とはいえ、今の俺にとっては金なんかよりもスキル経験値を獲得し、力を得ることのほうが重要だ。


 というわけで早速使ってみようと思うのだが……使うというのはどうすればいいんだろうか?


 そうだな。まずは高く掲げてみよう。

 




 何も起きない。どうやら違ったようだ。


 では振ってみるのは?


 俺は全力でブンブンと振ってみた。しかに何も起きない。


 どうやらこれも違うようだ。


 じゃあ、グッと強く握ってみよう。


 ……ダメだ。何も起こらない。


 おや? 中に何かがあるような?


 あ! これは、もしかして!


 ふと閃き、その中にあるものを吸い取るようにイメージしてみた。すると宝石の中から暖かい何かが俺の中に移動してきたかと思うとすぐに体の隅々にまで行き渡り、体中がポカポカしてくる。


 ふと気付けば握り込んでいる感触がいつの間にか無くなっており、手を開くと光の欠片らしき宝石は跡形もなく消えていた。


 ……成功した、のか?


 ポカポカしていた感覚もなくなっており、何かが変化したような感覚はないのだが……。


 と、ここで俺はいつの間にか右手の皮膚がただれていることに気が付いた。


 ああ、そうか。ブラッドスライムに手を突っ込んだときに溶かされかけたのだろう。


 俺は村長の家の台所にんであった水を拝借して手を洗い、ヒールで治療した。


 ん? 心なしか、昨晩よりも発動がスムーズになったような? いや、そうでないような……?


 スムーズな気もするが、傷の深さの違いが原因だと言われたらそんな気もする。


 まあ、いいか。とりあえずあの宝石は光の欠片で、吸収すると【光属性魔法】の発動が少しスムーズになったということにしておこう。


 そう考えて自分を納得させ、村長の家の捜索を再開する。


 だが見つかったのは、寝室にあるもう一つの血だまりだけだった。血だまりの中には女性ものと思われる寝間着があり、部屋も女性の部屋っぽかったので、きっとここは村長の娘のマルガリータさんの部屋なのだろう。


 マルガリータさんは村の人の中では珍しく孤児院によく遊びに来てくれていた人だ。


 まさかマルガリータさんまでこんなことになるなんて……。


 その後、村全体を調べて回ったが、なんと村全体が完全に無人だった。しかもほとんどすべての家の寝室に血だまりがあり、その中に服だけが落ちているという状況だった。


 ということはつまり……。


◆◇◆


 俺は無人となった村内に残っていた食料と、服などの必需品とお金を拝借した。泥棒といえば泥棒だが、持ち主がもうこの世にいないのだから大目に見て欲しい。


 それと共同倉庫には村の狩人だったダヴィデさんの狩猟道具一式が保管されており、その中から俺でも使えそうな小ぶりの剣を拝借してある。


 そうして孤児院に戻ってきた俺は焼け跡からみんなの遺体を見つけ、教会裏の墓地に埋葬してあげた。みんなの遺体が残っていたのは、きっと村がブラッドスライムに襲われる前にあいつらの襲撃を受け、火をつけられていたからに違いない。


 おかげで埋葬してやることだけはなんとかできたが、遺体を埋葬してしまったことでもう誰も残っていないということを嫌というほど実感させられる。


 喧嘩をすることだってたくさんあったし、ムカつくことだってたくさんあった。


 でも俺たちはみんな優しいマリア先生が大好きで、一緒に掃除をしてお祈りをして勉強をして、それに遊ぶときはいつもみんな一緒で、木登りも、裏庭で鬼ごっこをして、時には冒険者ごっこと称して勝手に裏山に行って怒られたりなんてこともあった。


 ここには思い出がたくさんあって、俺にとって本当に大切な場所だったんだ。


 それを奪ったあいつらを、俺は決して許さない。


 みんな、安らかに眠ってくれ。仇は必ず取ってやる。それでティティとマリア先生を助け出してみせるから。それで、さ。必ず一緒にお墓参りに来るから。


 だから……!


 ずらりと並んだみんなのお墓の前で涙をこらえ、俺は祈りを捧げるのだった。

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