第3話 村の異変

2023/12/02 ご指摘いただいた誤字などを修正しました。ありがとうございました

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 泉から上がった俺は体の水を払うとそのあたりの草を集め、即席の寝床を作った。


 いくら満月とはいえ、夜の移動は危険だ。それに帰るべき孤児院はもうないのだから、急いで村に帰る必要はないだろう。


 そう考え、俺は即席の寝床に潜り込んだ。ちくちくして快適と言うにはほど遠いが、孤児院のベッドもこれに毛が生えた程度なので問題ない。


 そうして横になってはみたものの、色々とありすぎたせいかどうにも目が冴えてしまってなかなか寝付けない。


 ……そうだな。よし、ちょっと試してみるか。


 まずはステータスだろう。ブラウエルデ・クロニクルのようなゲームではとにもかくにも、ステータスを確認できなければ話は始まらない。


 とはいえ、一体どうすれば見れるんだ?


 メニューボタンはあるわけないし、よもや念じただけで開いたりなんてことはいくらなんでも……。


「うおっ!?」


 突如目の前に見慣れたステータスウィンドウが出現した。


「おいおい、マジかよ。まさかそんな……ん? なんだこれ!?」


 俺はステータス画面を見て思わず眉をひそめた。というのもそこには取得済みのスキルの一覧だけが表示されていて、本来はあるはずのHPやMP、レベルや経験値といった数字が一切ないのだ。


 これは、一体どういうことだろうか?


 スキルの一覧に【雷属性魔法】と【光属性魔法】と表示されているが、そのレベルやスキル経験値は表示されていない。


 ……ああ、もしかするとブラウエルデ・クロニクルのシステムを生身の人間に当てはめたとき、整合性が取れない部分はなかったことにされているのかもしれない。


 そもそもいくら鍛えたところで、生身の人間が刃物で心臓を刺されたら死は免れない。だからHPがゼロにならなければ死なないというのはおかしいし、レベルが上がったらいきなり力が強くなったりするというのも不自然だ。


 この推測が正解なのかは分からないが、とりあえずそういうことで納得しておこう。


 あとは他に使える魔法を確認しておきたいところだが……いや、今日はやめておこう。ブラウエルデ・クロニクルにおいて【雷属性魔法】は威力が絶大だがMP消費がかなり大きく燃費が悪いという特徴がある。


 体感であとヒール一回分しかMPが残っていないのなら、発動できる魔法はないはずだ。今はとりあえず眠り、回復することが最優先だろう。


 そう考えた俺は目を閉じる。


 そのまましばらく悶々としていたが、いつの間にか眠りに落ちていたのだった。


◆◇◆


 翌朝、俺は重たい体を引きずりながら孤児院のあった場所へ戻ってきた。だが孤児院も教会も完全に焼け落ちており、当たり前の生活があったこの場所はすべて灰へと変わってしまっている。


「はは、なんにも残ってないや」


 本当ならみんなのお墓を作ってあげたいところだが、丸一日何も食べていないのだ。さすがに体力が持ちそうもない。


 それにキッチンも完全に焼失しているため、食べるものは何一つ残っていないようだ。


 仕方がない。村長のところに行って事情を話してみよう。そうすれば少しくらいは食べ物を分けてもらえるかもしれないし、これからのことはその後考えればいい。


 そう考え、俺は村の中心部へと歩きだしたのだが、すぐに村の異変に気が付いた。


 ……どうして誰も歩いていないんだ?


 いくら畑仕事に出たからって、誰も歩いていないというのはあまりにもおかしい。


 まさか、あいつら俺たちだけじゃなく村の人たちまで!?


 嫌な予感がし、俺は大急ぎで村長の家へと駆け込んだ。


「村長! 村長!」


 大声で村長の名前を呼ぶが返事はない。


「まさか!」


 最悪の事態を覚悟しつつ、俺は次の部屋のドアを開ける。


「村長!」


 だが返事はない。不気味なほどに静まり返っており、バクバクという心臓の音だけが妙に耳につく。


 俺はさらに次の部屋の扉を開けた。するとなんとそこには巨大な血だまりがあり、その中には三人分の血塗られた衣服が無造作に置かれていた。


 え? これは一体どういうシチュエーションなんだ? 血だまりに服を置いた?


 べちょっ。


 背後で妙な音がして、俺は恐る恐る後ろを振り向いた。するとそこにはなんと、赤黒い色をした人の背丈ほどの大きさのゼリー状の何かがおり、ずるずるとこちらに向かってゆっくりと向かってきている。


 しかもその体内には、消化している最中なのだろうか? 人間の骨らしきものがあるではないか!


 あれは……ブラッドスライム……なのか?


 ブラウエルデ・クロニクルにおけるブラッドスライムは、物理無効という初見殺しな特性を持っているモンスターだ。もしこいつが本当にその特性を持っているのだとすれば、魔法を使えない村の人たちは抵抗できずにやられてしまったことだろう。


 そしてもう一つ、ブラッドスライムが初見殺しなのは、見た目に反して意外と素早い点だ。その素早さのせいで攻撃が当てづらく、ある程度レベルが上がって装備の整ったプレイヤーでないと狩るのが難しい。


 いくら第二適性でモンスター特効である光を選択してあるとはいえ、おそらくレベル1と思われる俺が勝てるとは到底思えない。


 となると、やはり逃げるしかないか?


 いや、そもそも俺の足で逃げ切れるのだろうか? ただでさえ素早いブラッドスライムから?


 しかも、俺は空腹で体調が万全でないのだ。


 じゃあ戦う?


 今の俺が戦って勝てる相手なのか? 体の中の魔力は十分に回復している感じはするが、本当に今の俺の魔力で、しかもぶっつけ本番であんな巨大なブラッドスライムを倒せるのか?


 迷っている間にブラッドスライムはずるり、ずるりと音を立て、少しずつ迫ってくる。それに対して俺は距離を詰められないように後ずさりしているのだが……。


 トン。


「っ!?」


 背中に硬い感触があり、それ以上後ずさりできなくなってしまった。


 ブラッドスライムはそんなことはお構いなしとばかりに俺に迫ってきて、ついには間合いを完全に詰められてしまった。


 見上げるほどの高さの巨大な赤黒いゼリー状の生物が、今にも俺を飲み込まんと迫ってくる。


 ああっ! くそっ! やるしかない! ティティを助けなきゃいけないのに、こんなところで食われて死ぬわけにはいかないんだ!

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