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 4回目の中学やり直しは、今までとは比べ物にならないくらい充実したものとなっている。陸上も喧嘩も人間関係も異性との交流……どれも確かな手応えがある。あとは異性交遊なんかも経験出来れば完璧なんだが、これに関しては別に無理に叶えようとしなくてもいいだろう。女なんて風俗に金出すだけでも満たせられるんだし、最悪その方法でも構わないだろう。


 とりあえず今は陸上に集中したい。現時点で俺が目標としている中学陸上は、大阪で一番になること、そして全国大会で満足いく結果を残すこと。 

満足いく結果とは具体的に何か。まあ今のところは、決勝レースまで残って、そこそこの順位で終えればそれでいい。別に優勝しようとは思ってない。タイトル獲って陸上界の中だけとはいえ目立とうなんて思ってない。


 昔からそう……俺がかつて目指していた理想は、人と比べて小さく簡単なものだったと思う。人によっては背伸びすれば簡単に届く程度なもの。俺が目指していた理想んなんて、人からしたらその程度のものだったろうな、きっと。

 だけど俺の努力や実力はその程度にすら届かなかった。人並みの努力を続けてれば叶えられるレベルだと思う。俺は人並みの努力をしてきたつもりだ。なのに、全く届かなかった。

 努力が足りてなかった?そう思いたくない。でもそうかもしれない。怪我ばかりしていた高校陸上、人よりも練習出来る期間が少なかった。それ故に鍛錬不足、努力不足ってことで、人からしたら些細で小さな目標すら達成出来ずに終わった。


 3回もやり直しをしてきたのに、昔叶えたかった理想にまだたどり着けてない。まだ一度もなりたい自分になれていない。まだ一度も、あの小さくてしょぼい目標を達成していない。 

 だからまずは全国とか大きなものよりも、目先の小さなものから獲りにいく。必ず……!


 そういうわけで、今周回で必ず大阪で一番になってやるんだ!府大会で優勝しないことに、真の大阪チャンピオンとは名乗れない。人によってはこんな大会、近畿や全国、国体の通過点に過ぎないって考えてることだろう。だが「今」の俺にとってはされど府大会なんだよ。


 当時3年生にして初めて決めることが出来た、個人種目での府大会出場。準決勝に残っただけでも飛び上がるくらいに嬉しかった。その後の準決勝レースでは惨敗し、決勝に進めなかった。

 今も悔やまれる、決勝に残りたかったと。俺もその舞台で走りたかったと。あわよくば優勝もしたかった……と。


 2回目に念願の府大会決勝レースに走れたけど、脚がつって実質途中棄権。前周回は部活謹慎で出ることすら叶わなかった。

 今周回は俺を妨げるものは何も無い。怪我もしていない、いつでも存分に戦える状態に仕上げている。春よりもずっと速くなってるのが分かる。今まででいちばん速く走れる気しかしない…!


 「てなわけで、ここらでええ加減、昔からのちっぽけな理想を実現しにいきましょか」


 夏休みが始まってすぐ――7月22日。吹田市にある万博記念競技場。ここでまた200mで戦うんだ。やり直しの中でだともう4度目ということで、緊張はほとんど無い。

 実際、予選は終始力感が無くスゥ―――っと走れて、ラスト50mも全然ばてずに走りきれた、タイムは22秒ギリギリ。ゴール後も全然疲労なく、非常に良い感じだと確信。

 準決勝も予選と同様、冷静な走りを徹底し、こっちが頑張らなくても勝手にスピードが出て、ラストは少し緩めるくらいの余裕すらつくれた。タイムも予選とほとんど一緒。2本目のレース終えたわけだが、脚はまだもってる。梅干し入りのおにぎりやはちみつ入りカステラなど、疲労回復に良いクエン酸とエネルギー即補給かつ消化が速い糖質を十分に摂って、心身ともに回復させる。


 ここまでは2回目と同じ過ごし方だったのだが、今周回では思わぬイベントが発生した。それは決勝レース1時間半前、自分で用意した飯を食べ終えたすぐ後のこと。


 「え……!?何でお前がここに?近くで試合……やなさそうやな、その恰好からして」

 「松山の走ってるとこ、見に来たで!友達もちょっと連れてきたった」

 「マジ!?今日大会あることは言うてたけど、来てほしいとまでは一言も」

 「大会教えてくれた時、私言ったやん、松山の本気で走ってるとこ見てみたいわ~って。せやから見に来た!もちろん応援もするから!

 てなわけではいこれ、差し入れ」


 同じバスケ部やクラスの男子を連れてやってきた私服姿(暑い季節に合わせたシャツとショートパンツ)の古村がうちの学校が陣取ってるシートに来た時は、本当にびっくりした。朝の部活を終えた後わざわざ電車乗り継いできたらしい。スポーツドリンクとレモン味の熱中症対策飴という、差し入れのチョイスの徹底ぶりにも感動した。


 「準決勝もよゆーで勝ち残ったんやって?決勝は本気で走るん?」

 「もち。てかそれ見る為にわざわざ来てくれたんやろ?そなら本気出さんわけにはいかへんて。

 本気全力出して走ったるわ」

 「めっちゃ楽しみ!スタンド席で応援するから!」

 「ありがとうやでホンマ。お陰で元気もっと出たわ」


 いやもうほんとに、元気が湧いてきた。気に入ってる女子が応援しに駆けつけてきてくれたこと、差し入れまでくれたこと。差し入れは俺だけじゃなく、彼女の同じクラスである中山にも渡していたけど、言いたいことはそうじゃなくて。

 俺個人にここまで応援してくれる同年代の異性なんて、やり直し前の人生では一度もなかった。初めてだよ、こんな経験は。

 古村の前に後輩たちからも決勝進出おめでとう、決勝でも頑張って下さい、って声援をもらってはいる。もちろんそれも嬉しかったけど、こうして気の知れた部外者からも応援されるのは、また違った喜びがあるんだな!


 ああ……ヤバい………これめっちゃいいな!めちゃくちゃアガるぅ!!疲れが一気に吹き飛んだ!今すぐにでも走れそうだ……!

 この時の俺はたぶん、アドレナリン的な脳内麻薬が分泌していたのかもしれない。それぐらい初めての嬉しい経験だったから。気に入ってる同年代の女子に応援されることが、こんなにも気持ちいいなんて、知らなかったんだ……!



 最高にアガるイベントを経た後、軽いアップを済ませて招集所に移動。各種目の決勝に出る選手しかいない為、朝一は混雑していた招集所は今は閑散としている。200m決勝の顔ぶれは2回目と同じ。この中から俺と同じ標準記録を切って全国を決める奴が、俺を除いても5人いる。8人中6人が既に全国出場を決めている、ハイレベル確定のレースとなる。

 俺が走るレーンは6、良い感じのとこに割り当てられた。まずは自分に合ったスタブロの設置から。白線の外側に踵を合わせて一歩…つま先に先端がふれるところだ。そしてレーンの外寄りに支柱を置いて出来上がり。後は左右のブロックを合わせるだけ。右側は白線から2歩目のとこに置いて、留め具は上から3番目。左側は白線から3歩、留め具は上から2番目。

 試しにスタブロを使ってみる………よし、しっくりきてる。いつも通りに飛び出せそうだ。

  

 選手全員がスタブロ調整を終えたところで、いよいよ決勝の時がくる。アナウンスが内側から順に選手紹介をする。俺の名前が呼ばれた――俺は手を軽く挙げて存在をアピールし、軽くお辞儀をする。

 スターターの「位置について」でブロックに足をかけ、白線前に手をついてクラウチングの姿勢で静止。その間は前腕に体重をかけ、股関節に圧をかけておく。

 「用意」で腰を高く上げる―――号砲、8割前後の出力で左足を前に出してタータンをしっかり押す。2歩、3歩……5、6歩まで直線的に走り、そこからカーブ走に切り替えて、コーナーを駆ける。水濠が見えたので9割近くまで加速、その際一つ外のレーンの選手(当時2位だった奴)に並び、かわしてやった。

 まだまだ、ここから速くなるぞ……!60m、70m……さあ80m、ここをほぼMAXで通過し、カーブを抜けて―――



 「松山ーーー!」


 ホームストレートに入る前、俺の名を叫ぶ女子の声が。たぶん、古村だ。すげーな、この辺りのスタンド席にはそれなりの数の観客がいて、声も出してるのに。古村の声がはっきり聞こえた。いや~~~何だろうねこれ。だが……良いねこれ!お陰でテンション上がった!!

 120mのとこで腕振りのリズムを上げてやる!そして後はこのスピードをキープしたまま走りきる!

 後ろから足音が一つ聞こえる。たぶん一つ内側レーンの選手だ。そいつは400mで全国を決めてる、そしてこのレースで200の全国も決める奴――!

 やれるだけのことはやった。後はこのまま走るだけ。並ばれようとも力んだりしちゃいけない。ストライドも伸ばすな、よけいにしんどくなる。

 最後の一滴まで絞りきる……なんて古臭い考えは、ここでは通用しない。何も考えなくていい、何もしないをするだけで良い―――。


 振り返らず自分の目線の先を見据えたまま、俺はゴールの白線を踏み、ゴールした。最後まで俺の前を走る奴は誰もいなかった。俺が走り終わった直後、観客が「うおおっ」とどよめいた。速報の電光掲示板を見て、俺も「うおおっ」と声が出た。

 22秒19。当時の大会記録を少し更新したタイムだ。

 ていうか、今はみんなが俺の走りにどよめいている。それがたまらなく気持ちいい。それだけ俺に注目してくれてるってこと。俺が凄い奴ってこと。

 そう思うと、たまらなく気分が良い……!


 今周回にしてようやく、府大会で優勝……大阪でいちばん速い中学生になることが出来た。ずっと叶えたかったこと、その一つが今やっと叶った。



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