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 謹慎明けの一日目の練習は気まずさが半端なかった。ウォームアップは短投跳ブロック全員ですることになってるのだが、その間誰も俺に話しかけてくれなかった。練習不まじめ組筆頭の2年男子どもに至っては終始隅っこにいた。俺に目をつけられるのがそんなに怖いのかよ、てか別に注意も何もしねーよ。練習ちゃんとやってなくてもな。邪魔になるようなことしたらブチギレるけど。


 アップが終わって各自で自由に練習の時間になる。今日の俺がやる鍛錬は走り込み…加速走だ。 

 9割前後で走り始めだんだんスピードを速めていき、約40m地点を加速した状態で通過し、その速度をキープしたまま大体30mまで走りきる。このトレーニングで気を付けてるのは、40m過ぎてからトップスピードになるのではなく、40m地点をトップスピードで通過する、ってところだ。加速終了地点をトップかその近くまで加速した状態で走るのが大事だ。

 200mのカーブ抜けでも同じ、カーブが終わってからトップスピードになるのではなく、加速しきった状態でカーブを抜けるのだ。


 そんな意識を忘れずに練習を始めるのだが、誰も俺の練習に参加する気配はない。今までだったら走り系の練習には同期たちも参加しに来るのだが、那須も中山もそんな気は全くなかった。

 まあ仕方ないかと割り切って、一人で走りはじめる。走り始めは大きく動いてスムーズに加速していく。35mあたりでトップスピードかその近くまで加速、そして40mを加速しきった状態で通過……よし、出来た。ここからゴールまでスピードを維持、体もブらさない、ストライドも広げない、トップスピードの状態を維持したまま走りきる―――!


 ふう……。大人になってから何年もやってきている練習法だが、少しでも気を乱したらトップスピードのタイミングがズレて上手くいかなくなるからホントに気が抜けない。

 インターバルをとっていると1年たちがこちらを見ているのに気づく。口が開いて目を少し輝かせてるように見える。目が合うと1年たちがこっちに近づいてきて「近くで見ていいですか」と聞いてきたので快諾した。何なら一緒に走るかと振ったら喜んで参加した。


 せっかくだから1年たちの現時点のスペックを確認しておくか。まずは坂下、下の名は俺とおなじ「ゆうま」と言う。専門は100m、初期から13秒半ばで走れる中々骨がある奴だ。参考として当時の俺と比較しておくと、初期が14秒後半だった俺なんかよりもずっと速い。

 二人目は釣田、専門は100mと走り高跳び。どちらかといえば同じく高跳び専門の中山の後輩にあたりのだろうが、今日はこっちに来ていた。こいつもこの時期で既に13秒前半とポテンシャルがある。高跳びの方も中々なもので、地元なら同学年でいちばんになれる。

 三人目は板垣、専門は100m。先の二人と比べると少し劣ってるところあるが、それでも既に13秒台が出ている。何なら2年生になるとこいつがいちばん速くなっていたな。今後の成長でいちばん楽しみなのはこの子だったりする。

 四人目は女子の日高だ。釣田と同じ走り高跳びをやってる。現時点でもポテンシャルは高く、当時は夏の地区総体、同学年の部門で1位を獲った。走りの面でも悪くないレベルで、陸上選手としてのスペックは俺なんかよりずっと上だったと言える。顔は整っていて愛嬌さがある。練習はまじめにやるのだが、けっこう下ネタを口にする子で、よく俺に下ネタトークを振ってくる。会話の中でボディタッチをすることもあるので、色んな意味で扱いに困る。


 1年生の中ではこの四人が特に個人練習に参加していた。謹慎明けの頃はその頻度は減ってしまったが、1、2週間経つとまたちょくちょく参加するようになった。やっぱり足が凄く速い奴には惹かれるのかもしれないな。黒い面を持ってようがお構いなしのようだ。


 あ、最近は2年の女子からもよく練習見てくれだの俺の練習会に参加させて欲しいだのと近寄るようになったんで、その主なメンツのスペックも確認しておくか。

 一人目は多喜川たきがわ、専門は100mハードル。2年女子の中ではこの子がいちばん速いし、府大会でもそこそこのとこまで行ける力がある。丸眼鏡の童顔で可愛い。

 二人目は白石しらいし、100と200を掛け持ち。100では学年別の府大会へ進めるレベルだ。背がそこそこ高くまだ速くなれるポテンシャルがある。

 三人目の中西、多喜川と同じ100ハードルをやっている。この子の特徴は何といっても、中2にしては大きいと思われる胸だな。つまりはおっぱいだ。ここだけの話、高校の時も何なら大人になってからも中西の微巨乳に何度かお世話になった。あの微巨乳をめちゃめちゃにしたいと思ってるが、本当にそんなことしたらガチシャレにならないので妄想の中だけで止めよう。ていうか中西の紹介だけゲスなものになってしまった。

 

 2年女子たちも謹慎明けからしばらくの間は俺から距離をとっていたが、1年たちと一緒にいる俺を見て大丈夫だと思ったのか、彼女らも以前のように一緒に練習することが多くなった。とはいえ俺ひとり対お前らリレーチームでの400m競争を何度も挑んでくるのは止めてほしい。一人で400m走りきるのガチでキツいんだぞ?まあ、何度挑まれようが勝つのはいつも俺だったけど(手動計測52秒台)。


 例の傷害騒動で部活が気まずくなるかと思っていたが、何やかや今周回も俺のところに後輩がけっこう集まってくれた。これもひとえに競技者としてのレベルが高くなったお陰だろう。やり直す前の12秒半ばの自分だったら、今頃きっと誰も来ず、孤立していたはず。

 殺人とか一線さえ越えなければ、全国レベルの実力持つ奴には自然と人が集まってくる。


 そしてこれは陸上部内に限った話ではない。実は普段のスクールライフの方でも、人間関係に変化があったのだ。嬉しいことに、異性関連だ。


 きっかけはもちろん、陸上だ。早い話、陸上部としての活躍がみんなの耳に入り、注目されるようになった。

 まずは春の地区予選会。前周回と同様200mで優勝を決めて(タイム22秒70台、会場が少しどよめいて気分が良かった)、そのことを朝の全校集会で表彰され、全校生徒に陸上部としての俺が知られるようになった。

 この時点で俺は同級生から話しかけられるようになっていった。運動部の陽キャ男子たちから始まり、そいつらと面識があってよく話しもする女子たちが廊下で話しかけられるようになり、そこからさらに会話の輪が広まっていった。

 山峰とか尾西とかクソムカつく奴でない限り、俺は基本穏やかな姿勢で会話に応じるタイプだ。特に女子に話しかけられた時なんかは、声をいつもより少し高くさせて、頬を緩めた顔つきで接するようにしていた。

 俺と会話した生徒はみな、この間の傷害騒動を起こした時の俺と比べてギャップを感じて最初は戸惑っていた。だが次第に俺が普段は物腰柔らかで危ない奴でないと理解されるようになった。

 

 そしてみんなからモテることの決め手となったのが、7月の大阪通信大会。その大会で100m200mともに優勝し、さらにどちらも全国大会の標準記録を突破して、全国行きを決めた。

 それも後日の全校集会で表彰されて、全国大会というとてつもなく大きな箔が付いたお陰で誰もが「全国すげー」って俺に注目した。

 そうなればさらに俺のところに人が集まるわけで。かつての傷害騒動などまるで無かったかのように俺は学校でもてはやされるようになった!

 

 中でも良かったのが、当時から「こいつ良いな」と思っていた陽キャ女子から話しかけられたことだ。テニス部の森田、バスケ部の古村、バレー部の徳田……このあたりが特にお気に入りだ。当時の夜、何度かお世話にもなりました。

 

 「松山ってこんなに話せるタイプやってんな?前同じクラスやったけど、全然話した記憶なかったんやけど」

 「あ~うん。特に女子とは全然喋れんかったよな、俺って。話題が無いと全然話しかけられへんタイプやったから……」

 「え~~?今は全然そんなことないやん?話してる時の感じもええし、何かたのしーわ」


 「そういや松山って去年は私が通ってる塾におったやんな?辞めたん?」

 「そやで。勉強なんて学校の先生つかまえて聞きまくればええかな思って」

 「へ~そんなやり方思いつかへんわー。高校どこ行くか決めてるん?」

 「あー、それは―――」


 「松山陸上部で足速いんは知ってたけど、全国大会行く程やってんな?今度本気で走ってるとこ見てみたいわ~」

 「それやったら夏休み入ってから俺が出る大会の日教えたろか?府大会とかもうすぐやし」

 「ほんまに?マジで見に行ってみよかな~」



 実際に経験して改めてこう思った。


 同年代の…しかも好みの異性と会話するのって、めちゃくちゃ楽っしいなぁ!?えナニコレ、なんでこんなのが凄く楽しくて、尊く感じちゃうんだろ?

 やべ、めっちゃ楽しい。心が軽くなってく。温かくもなってく。若返った気にすらなってる!ていうか若返ってるだろ実際。寿命も伸びてるだろこれ。どんなものにも勝る特効薬じゃん。


 そうか……。これが、世のリア充どもがいつも見てる景色、幸福というものなのか……。これはー、マジで良いな!

 ついでにキャバクラに廃課金している奴らの気持ちも、少し分かったかもしれない。




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