14 対峙



「ティナ・ルターのことは綺麗さっぱり諦めてもいいでしょう。

 ただしその代わり、一つだけ条件があります。

 ――ここに暮らす剣聖ディック・カローンの身柄を僕に引き渡す。

 どうです? これなら皆さんも納得できるんじゃないですか?」

 

「な、なんで急にディックさんの話に?」

「……だがそれで俺たちで助かるなら悪くないんじゃないか?」

「ばっかおまえっ。あんな悪人の言葉なんて信じられるわけないだろっ」


 2階建ての建物の上にて。

 予想通りの反応を見せる村人たちを見下ろして、ベルベロ・ベロッティは彼らに見えないようほくそ笑んだ。


 ベルベロの提案に最初は戸惑っていた彼ら。しかしその内容を理解するにつれ、次第に恭順の声が増えていく。きっとその要求があまりに軽かったからだろう。

 やはり人間は脆く、そして愚かだ。目の前にエサをぶら下げられれば、例え足元にマグマが広がっていたとしても飛びついてしまう。

 

 噂を消せないのであれば、それに逆手に取って上手く誘導してあげればいい。

 我ながらよく考えたものだ。流石は僕っ。


「おい、ベルベロの野郎っ。なんでディックさんの身柄を求めるんだ? 

 捕まえた後は一体全体、なにをするつもりだっ」


「ふっ。なに大したことはしませんよ。

 僕の目的はただ一つ――英雄たる彼を大勢の前で辱めたい。たったそれだけなんですから」


 鼻息を荒くする村人に、ベルベロは正直に真実を告げる。


 実際、今回のこれはただの意趣返しに他ならなかった。

 そもそもディック・カローンの殺害やルルーナ村の壊滅だけを考えれば、新四天王のフーマを差し向ければ終わりなのだ。

 それがこうして策を弄してまで彼を追いつめようとしてるのは、彼女の勅命があるから。人魔大戦時にディックに煮え湯を飲まされた彼女は、復讐の機会を今か今かと待ち望んでいたのだ。そして今回、ベルベロがその役割を任せられた。


 彼女は言った、「かの英雄の哀れな最期を期待しているぞ」と。

 であるならば彼女の溜飲が下がるよう、とびっきり悲惨な最期でなければならない。その中でベルベロが思いついたのは「人間のために死力を尽くした彼が、人間に裏切られてその一生を終える」という筋書きだった。

 本当なら殺害まで村人たちの手で行われる予定だったが、こうなっては仕方ない。「根も葉もない噂を信じた馬鹿な村人たちが、自分の命欲しさに彼を売った」と聞けば彼女も満足してくれるだろう。


「大勢の前? それに、辱めるだって?」

「まさか、ベルベロは親子丼クソ野郎じゃなくて、両刀クソ野郎なのよっ!?」

「ふざけんなっ。お前の性癖に俺らを巻き込むんじゃねえっ」


「っ!?」


 何故か憤慨し始めた村人たち。

 親子丼? 両刀? 彼らは一体何を言ってるんだ? と完全においてけぼりを食らっていると、正面の商人ギルド支部のバルコニーから一人の男が現れた。



「ふん。よく儂の前に姿を現せたものだな、ベルベロ・ベロッティよ。

 交渉など不要。お主の罪、ルルーナ支部の支部長たるこの儂自ら裁いてやろう」



 ……。

 …………。



 時が少し遡り、ベルベロが「ディックを辱める」と宣言した場面にて。


「あわわわわ。支部長っ。

 自称ベルベロさんがとんでもないことを言い出しまたよっ」


「あ、あの堂々とした態度っ。まさか本当に……」


 相変わらずな様子の職員と村長に、グスタフ・ロレンフォは白い目を向けていた。


 彼の主張を聞いても考えは変わらない。彼は噂に乗じてベルベロ・ベロッティと名乗っているだけの偽物に過ぎない、というのがグスタフの結論だった。

 その証拠に、自称ベルベロは自身の要求をあっさりと翻した。

 妖魔を操る能力などないのだ、もし要求が高すぎれば自身の嘘がばれてしまう。だからこそ、手が届きそうな範囲の中で一番大きなトロフィーを求めた。それがかつての英雄、ディックというわけだ。

 例えどういう展開になろうと、最終的に彼の企みは全部バレることになる。だが、きっと彼は一時的に注目を集められればそれでいいのだろう。


 驚くほど世俗的な子悪党。対応するまでもない。

 やはりこのまま静観するのが最善か。


「む。まてよ」


 とその時、頭の中にひらめくものがあった。

 ――この状況、もしや脱出に使えるのでは?


 今更兵士たちに村を出る準備をさせるのは難しい。

 では逆に、何らかの大義名分があったらどうだ?


 例えば、ベルベロと名乗る彼を一度捕らえて始末した後、「ベルベロは牢を脱獄して森の方へと逃げていった」と周りに嘘をついたら……

 奴の追跡を理由に、兵士たちを動かせるのではないか? 

 それで包囲を抜けられさえすれば、こっちのもの。彼を村の外で殺したことにした後、自称ベルベロの嘘に騙されてしまったとか適当な言い訳をすればいい。

 ルルーナ村についても現状の孤立状態が問題なのだ。外から応援を呼べればどうとでもなる。むしろ村を救った英雄だと感謝されるかもしれない。


 まさに驚天動地。起死回生の一手。


「ふ、ふっふっ……」


「支部長? うわっ。気持ち悪いからやめた方がいいですよ、その顔」

 

 馴染みの職員の無礼な態度も気にならない。

 ベルベロは外用の正装を身に纏い、意気揚々と職員に指示を出した。


「お主、兵士たちに号令を出せ。

 あやつを全力で捕まえるぞ」


「し、支部長っ。信じていましたよ、私はっ」


「グスタフさん、あんたって人はっ」


 目を潤ませる二人を置き去りにして、正面のバルコニーへと躍り出る。


 指針は決まった。

 目標は村人たちに彼が本物だと思われた状態での捕縛。

 さりとて、村人たちの前で突然兵士たちに囲まれたりしたら、罪を問われたくない一心で嘘を認めてしまうかもしれない。


 であるならば、やるべきことは彼の説得だ。

 自称ベルベロの与太話に乗った上で、「お前の嘘は分かってる。だから大人しく捕まった方が身のためだぞ」と言外に迫るのだ。

 向かいの建物の屋根に立つ自称ベルベロを見据え、グスタフは鷹揚に腕を組んだ。


「ふん。よく儂の前に姿を現せたものだな、ベルベロ・ベロッティよ。

 交渉など不要。お主の罪、ルルーナ支部の支部長たるこの儂自ら裁いてやろう」


「と、とうとうグスタフさんが表に出てきたぞっ」

「やっぱり支部長が正義の味方なのねっ」


 おお、とどよめく阿呆な群衆たち。

 その上で自称ベルベロが不快そうに眉を寄せた。


「……あなたは確かグスタフ・ロレンフォさんでしたか。

 驚きました、あなたのような人間が表舞台に出てくるとは……」


「なに。お主の言動があまりに見るに堪えなくてのぉ。

 年長者としてたまには大馬鹿者を叱ってやろうと思っただけじゃ」


「……はっ。大馬鹿者ときましたか。

 でもそんな態度を取って本当にいいんですか? 僕は今この瞬間にも、周りに控えた三千体の妖魔たちにこの村を襲わせることもできるんですよ?」


 歪に口角を上げる自称ベルベロに、やはりそうかとグスタフは確信を深めた。

 もし本当に妖魔を操る笛とやらを持っているのであれば、即座に使ってしまえばいいのだ。それをせず言葉だけで警告している姿勢こそが、嘘の証拠に他ならない。

 きっと彼は自分が付いた嘘に引っ込みがつかなくなり、内心では「どうかこれで折れてくれ」と戦々恐々としているのだろう。大体、三千体とか妖魔大戦時にも滅多に聞かなかった数字だ。明らかに盛りすぎである。

 追い詰められた彼を刺激しないよう、グスタフは温和な笑みを浮かべる。


「ああ、分かる。儂には全て分かっているぞ、お主の罪も焦りも。

 だが――同じ人間として許そうではないか。なに、人間だれしも間違いを起こすのだ。きっと皆も分かってくれよう」


「同じ、人間……? 間違い? それに許すだって?

 この僕を、人間のお前が?」


 不安定な声音で、小刻みに体を揺らす自称ベルベロ。

 もしやこちらの真意が上手く伝わっていないのだろうか? だとしたら多少変でも「お前の嘘に気付いている」と分かってもらわねば。


「ああ、そうじゃ。

 お主も儂も名前を捨てればただの人間に過ぎない、そうであろう?」


「ただの、人間、だって?

 っ、ふ、ざ……」


「なあ、二人は一体何の話をしてるんだ?」

「ばか。きっとグスタフさまには私たちには分からない崇高な考えがあるのよ」


 顔を真っ赤にした自称ベルベロがその場で地団駄を踏もうとして、寸前で止める。

 がりがりと荒っぽく頭を掻くと、彼は知性を灯した瞳をグスタフの方へ向けた。


「……落ち着け、僕。取り乱したら人間の思うつぼだ。

 分かりました、グスタフさん。どうやら僕たちの間で誤解があるようですね。

 では一度、立場の違いというものを分からせてあげましょう。周りの人間たちを見ていてくださいっ、これが僕の力ですっ」


「な、にっ」


 自称ベルベロが持つ杖から生み出された炎の球が、空中へと射出される。

 目の前で起こった確かな奇跡。さりとてそれは火球ファイアーボールというただの火属性の初歩的な魔法に過ぎない。

 

「な、何であいつ今魔法を撃ったんだ? 妖魔を操る笛は?」

「さ、さあ?」

 

 一瞬の沈黙の後、辺りに微妙な空気が広がっていく。


 ――もしここでグスタフが数分でも待っていれば、部下から報告が入って気付けたのだろう。彼の魔法がただの合図に過ぎず、本当に妖魔を動かすだけの力を持っているのだと。


 だが何も知らないグスタフは、単に彼がやけを起こしたのだと勘違いしてしまった。むしろ素直に嘘を認められない彼に憐れみを感じてすらいた。

 だから放ってしまったのだ。彼の仮面を剥がす、決定的な一言を。



「訂正しよう。ただの人間ではなかったの。

 ――お主は魔法が使えるすごい人間じゃ。誇っていいぞ」



「……ああああああっ。二人そろってこの僕をコケにしやがってっ。

 いいだろう、こうなったら全部やめだ。目にもの見せてやるっ。

 ――来い、フーマっ。この村にいる全員を皆殺しにするんだっ」


「おいおい。事前の筋書きと違うじゃねえか。

 これはどういうこった、ベロッティよぉ」


 耳を引き裂くような絶叫と同時、自称ベルベロの横に一つの影が舞い落ちる。

 巨大な虎が二足歩行しているかのような異様な造形をしたそれは――間違いなく妖魔だった。


 なん……だと……? 妖魔を操る笛云々は出鱈目ではなかったのかっ!?

 

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