13 進展
「……ねえ。
あんたって今までずっと一人でここに泊まってきたの?」
色々あった入浴イベントを終えて。
布団の中でまどろんでいると、隣の布団で寝転がるリズが突然そんなことを聞いてきた。
「? ん。お金もあったし」
「そう……」
意図が分からなくて適当な返事をする俺に、頬を固くするリズ。
その声音はいつもよりずっと湿っぽい。
なんだろ? 何か暗くなるような――って、そうか。リズ目線だと、俺は両親を失った後、すぐにホテル暮らしをさせられてるように見えるのか。
あれ。それじゃあ監視とか言ってたのは建前で、単純に
いや、違う。もしやその両方?
「
実際の10歳の行動を思い出せば、ありえそうな話ではある。
うーん、わからん。
まあ、どっちにしろリズは良い子ってことは変わらないか。
原作時代での狂犬っぷりを知ってるせいで何となく気後れしてたけど、案外年相応の普通の女の子なのかもしれないな。
せめて俺に対する誤解は解かないと。
「別に、大丈夫。一人は慣れてるから」
「そう。
……あたしもよ。あたしもずっと一人だった」
ぽつりと零れたその言葉を最後に、部屋は沈黙に包まれる。
違うんだよなあっ。俺が言ってるのは「(休日はよく部屋に引きこもってたから)一人に慣れてる」ってだけで、リズみたいに重くないんだよぉ。
俺の父さんと母さんは普通に存命だし、きっと今も元気にしてるんじゃないかなあ――って、あれ。おかしいな、二人の顔がぼやっとしか思い出せない。友達とかとの記憶も何となく曖昧のような……。
ひえっ。ひょっとして異世界転生の代償ってやつか?
自分が自分じゃなくなるみたいで結構怖いなあ、これ……。
「大丈夫よ。きっと何とかなるわ。
今までもこれからもね」
「ひゃっ」
唐突にリズに手を握られ、つい変な声が出る。
肌越しに伝わってくるジットリとした体温に狼狽えていると、彼女は悪戯っぽく口角を上げた。
「それにもし妖魔が攻めてきたしても、あたしのお父さんが力を込めていた剣、レーヴァテインがあれば何とかなるんでしょ?」
「……ん。火炎剣レーヴァテインは凄くつよい。
どれくらい強いかっていうと新四天王を全員瞬殺できるくらい」
「あはっ。何よ、それ」
からからと心底楽しそうに笑うリズ。
は、破壊力高いなあ。俺がティナ推しじゃなかったら死んでいたぜ。
ってか、やっぱりゲームよりだいぶツン度が低いみたいだ。こんなに可愛い子が「は? 殺すわよ?」を連発する狂犬ちゃんになるのか……。あんまり見たくないいなあ。
何かの役に立つかもしれないし、一応助言くらいはしておこうかな。
「これから妖魔の時代が来る。
あなたの父親が殺されるのはただの始まり。英雄とその子孫たちが人知れず殺され、何個もの村が滅びることになる」
「……そう」
「でも大丈夫。そのうちきっと英雄が現れる。
全ての鬱展開を吹っ飛ばしてくれる、英雄が」
それがゲームの主人公というやつだ。
いわばここはプレイヤーのカタルシスを高めるためだけに作られた世界。そしてリズたちはこれから否が応でもその人生を歪められるのだ。
うーむ。なんとも業が深い。
そう考えると、やっぱり目の前の彼女には幸せになってほしいなあという願いが頭の中でぼんやりと広がっていった。
……最も、彼女に剣を持たそうとしてる俺が言えた義理じゃないけれど。
「また夢の話?」
「そうかも、ね。……おやすみ、リズ」
「? ええ。おやすみ、ティナ」
不思議そうなリズから視線を外して、布団にくるまる。
あーやだやだ、久しぶりに暗くなっちまった。さっさと寝て忘れよう。寝るのは最強の防衛手段なんだから。
「お姉ちゃん、それに英雄の子孫、か。
……まさか、あんたは――」
……。
…………。
「し、支部長。どうやら昨日の騒ぎはまだ収まっていないようです。
今日も村人たちが支部の周りに集まって例の主張を繰り返しています」
「ぬぅ」
村人たちに謎の押しかけ騒動があった次の日の朝、支部長室にて。
ルルーナ支部支部長のグスタフ・ロレンフォは、彼女の報告通り大勢の村人たちが眼下に集まっているのをカーテンの隙間から確認して頬を歪めた。
てっきり時間が経てば終息すると思っていたのだが、事はそう簡単に運ばないらしい。
よもやあんな噂話をそこまで信じるとは……本当に民衆というのは度し難い。
「ど、どうするんですか、グスタフさん?
これではもう逃げる事なんて……」
額に汗を浮かべて、そう聞いてくる村長。
実際、噂の拡散と兵士たちの裏切りによって当初の計画は断念せざるを得なくなってしまった。ここまでグスタフの実在が知れ渡ってしまえば、後々つっこまれた時に「最初からいなかった」という弁明と整合性が取れなくからだ。
それに妖魔の群れを突破するのに護衛の兵士が必要な以上、彼らの心象に背く行動もできない。
まさに八方塞がり。これからどうするべきか……。
とその時、窓の外を見ていた職員が声を上げた。
「あっ。見てくださいっ。
誰かが向かいの建物の屋根の上に乗っていますよ」
「ふん、どこの馬鹿だ? どうせファンクあたりだろ?」
「い、いえ。それが全く身に覚えのない男のようで……」
「なに?」
再び窓に視線を向ければ、確かに対面の建物の屋根に謎の男の姿があった。
マジシャンのような黒の燕尾服に身を包んだ、中肉中背の男。その顔に張り付けられた薄っぺらい笑顔は、何処かの詐欺師を思わせた。
何かが起こりそうな気配に興味を惹かれ、グスタフはこっそりと窓を開ける。
これで外の音も聞こえるはずだ。
「だ、だれだ、あれ?」
「さあ? 少なくともあたしは見たことないけど……」
どうやら集まった村人たちも状況を把握しかねているらしい。
困惑に満ちた声が広がる中で、屋根の上の男は仰々しく一礼する。
「おやおや、みなさんお集りのようですね。
ではまずは自己紹介といきましょうか。
――僕の名前はベルベロ・ベロッティ。商人ギルドの影の支配者にして、今回の妖魔騒動を引き起こした張本人です」
「えええ、ベルベロさんって存在したんですかっ」
「そ、それじゃあまさか本当に――」
はっ。空け
ただの愉快犯に決まっておろうっ
目を白黒させて振り向く職員と村長に、内心で毒づく。
彼らの前ではあえて沈黙を貫いてきたが、そもそもベルベロ・ベロッティなんて
今回広まった噂は、どこかの子供が考えたただの与太話。
それがグスタフの中での結論だった。
恐らく目の前の彼も噂に便乗してただ目立ちたいだけの人間だろう。あるいは彼こそが噂を流した張本人なのか。どちらにしろ碌なものではない。
「ああ、どうか勘違いでしないで下さい。
僕はここに来たのは――他でもない、交渉をするためです。お互いがハッピーになるような、そんな交渉を」
「交渉、だって? ふざけんじゃねえ、誰があんたなんかとっ」
「そうよそうよ。小さい子にあんなひどい子をしておいてっ」
紛糾する村人たちの前で、男は深刻そうに眉を寄せる。
そうして「ええ、皆さんの怒りは分かっています」と大きく頷いた。
「勿論、今更申し開きをするつもりはありません。それだけの悪事を重ねてきましたから。
ただ流石の僕も今回はやりすぎたと思っているですよ。こうして皆さんまで巻き込んで、随分と多くの敵を作ってしまいました。いくら影の支配者と言えど、その権力には限度があります。
憎き仇敵の殺害という当初の目的は達成できたわけですし、ティナ・ルターのことは綺麗さっぱり諦めてもいいでしょう。
ただしその代わり、一つだけ条件があります。
――ここに暮らす剣聖ディック・カローンの身柄を僕に引き渡す。
どうです? これなら皆さんも納得できるんじゃないですか?」
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